いつもありがとうございます。ミズです。
このブログにお越しいただき、感謝いたします。
今回は仕事に関するお話になります。
みなさんの中には、ミズさんと同じシニア世代で、すでにリタイア組に入った人もいるかも知れません。
一方、現役真っ只中で、お仕事を頑張っておられる方々もいらっしゃることでしょう。
今、「頑張る」と言いました。
一口に頑張るとは言っても、本当にそうかどうかは、意外と分からないものです。
ここでも、「主観」と「客観」の問題が出てきます。
いくら主観的に頑張っていると思っていても、周りの評価がそれほどでもない。
イヤ、むしろ低い方々もいるのではないでしょうか。
そのため、日頃から不平不満を抱えているだろうし。
「こんなに頑張っているのに、こんな扱われ方をするのなら、いっそのこと会社を辞めてやろうか。」
と思い詰めて、でも、生活があるから簡単には決断できず、ヤキモキしている方もいるはずです。
今日は、この「頑張る」を、改めて考え直してみたいと思っています。
あえて、頑張るを定義するとしたら、どうなるでしょうか。
もし、「長時間労働」とだけ認識しているならば、残念ながら、それは少し違うかも知れない。
もちろん、頑張っていることの一側面としてはその通りで、定義として間違ってはいません。
ただ、それが全てではない。
こんなことを言うと、
「毎日残業までして、必死に仕事を片付けようと努力しているのに、何てことを言うんだ!この人でなし!」
と怒る方も、きっといると思います。
実際、ミズさんはこんな発言をして、相手の反感を買い、面と向かって怒鳴られたことがありますので。
それほど、分かってもらえないことも多いんです。
しかし、それでも言わざるを得ない。
長時間働き続けることで、ストレスが溜まり、身体を壊してしまう前に、頑張る “ 中身 ” を見直してみませんか、と。
頑張るのいちばん大切な部分は何かというと、ズバリ「成果」です。
「単位時間あたりの生産性を上げる」ことこそが、本当の意味での「頑張る」になります。
よく考えてみてください。
成果を出すことが、そもそもの仕事の「目的」だったはず。
そのために、必死にお仕事に取り組んでいるのであって。
それが長時間かかるか短時間で済むかは、“ その次 ” の問題なんですよ。
いや、できるだけ短い時間で同程度の成果を上げることが、本当の意味での「頑張る」です。
なぜなら、結果を出すのに1時間かかる仕事を、仮に10分間で出せたとしたら、残りの50分間は?
その時間を使って、他の人の業務を手伝うこともできるし、残業せずに帰ることもできます。
周りの人たちも喜び、自分も疲弊しないで済みます。
みんなが利益を得られる結果を出せたら、胸を張って「自分は頑張っている」と言えるんじゃないでしょうか。
以前書いたことがありますけど、若い頃のある時期、ミズさんは税理士事務所に勤務していたことがあります。
その当時は、本気で税理士を目指していました。
ただ、試験勉強と税理士事務所での激務とで、精神的に参ってしまって、数カ月で退職したんです。
昔だと、繁忙期の税理士事務所では、長時間働くのが当たり前で、徹夜なんてザラにありました。
ミズさんも、徹夜で仕事をした経験があります。
たまたま知り合った税理士さんがいたので、ある時、「繁忙期は連日遅くまで頑張っていらっしゃるんでしょう?」と聞いてみたところ。
それに対する答えは意外なものでした。
「いや、繁忙期でも遅くまではやりません。事務所の方針なんです。」
「多少残業したとしても、せいぜい30分から1時間程度。」
「でも、その時間内に絶対終わらせないといけない。納税の期限があるので。」
「むしろ、そっちの方がずっとシンドいです。ウチに帰り着くと、ドッと疲れが出ます。」
この答えを聞いて、「なるほど」と感心しました。
頑張るの本当の意味って、まさにコレだな、と。
そこで、彼の言葉に着想を得て選んだのが、今回のテーマなんです。
では、次に「成果を出す頑張り方」を考えてみましょう。
成果を出すためには、ひとつは「作業レベルのスピードを上げる」ことが必要でしょう。
ただ、どうしても個人差は出てきます。
熟練度にもよるし、元々手さばきが早いタイプもいるので、その人にとっての “ 天井 ” が出てくるのは仕方ありません。
これ以上スピードを上げられず、期限に間に合いそうにないと予想されるならば、その時は、他の人に助けを求めてもいいと思います。
それも、実は、“ 頑張るの一部 ” だからです。
「成果を出すことが仕事の目的」でしたよね。この場合は、期限内に終わらせることになります。
そのために本当にヘルプが必要なら、そこをキチンと説明すれば上司も分かってくれます。
もうひとつは、「ムダを見極め捨てる」こと。
この点については何度もお話していますが、なかなか分からない方も多くて、実に困っています。
頑張るを長時間労働と短絡的に考えがちな人の、いちばんの盲点はコレです。
自分なりのやり方を崩せないし、崩されたくないわけ。
それでムリを重ねて、「火事場のクソ力」風に乗り切ろうとします。
でも、それは「ここ一番」の時に発揮されるべきもので、日頃からそれでは、すぐに燃え尽きてしまうのがオチです。
その “ 自分なりのやり方 ” にムダが潜んでいるのは、周りの人たちには “ 岡目八目 ” で明らかなんですけど。
本人だけには、どうしても分からないんですね。
哀れというか、こっけいというか。
それと、意外に責任感がありません。これも特徴的なところ。
責任を感じるのであれば、期限厳守で間に合わせるべきなんですが。
「自分はギリギリいっぱいまで頑張っているんだから、間に合わなくても仕方ない。」
こうくるんです。
でも、例えばですよ。
必死に作成しているそのエクセル表、本当に要ります?
色を塗って、フォントを変えて、計算式を入れて、スクショまで貼り付けて⋯、本当に必要ですか?
電卓を叩いて合計が合っていれば、それで済ませられるのでは?
こんなことがアチコチに見られます。
「成果を出す」を「単位時間当たりの生産性を上げる」とイコールで結べていないから、こうなるんです。
その “ 悟り ” が開ければ端折れるものです、実は。
以上、成果を上げるための頑張り方を2つほど挙げてみました。
同じ成果までたどり着くのに、人によって、かかる時間に大きな差が出るのであれば、ムダな作業が混じっているのは間違いありません。
それを、どうか受け入れてほしいと思います。
頑張るの真骨頂に気付けたら、周りの評価も変わると思いますよ。
それでは、またお会いしましょう。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。