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女ひとり旅ですがなにか? -城と仏像が好き-

城好き、仏像好きの旅人です。
旅の記録や、城の事、仏像の事をメインに書いていきますw

前日の夜から急行はまなすに乗って、一路札幌を目指した私。
札幌には、早朝6時に到着。

やっぱ、札幌は寒いよ・・・
今回の旅行。もちろん夏真っ盛りで、東京では連日32度越えの猛暑でしたが・・・旅行の必須アイテムはズバリ! カーディガン でした。
旅行は身軽に・・・で、女一人旅でありますが、オシャレ気ゼロで、ずっとTシャツとジーンズ姿で通しましたが、常にリュックにはカーディガンを入れていました。

東北の旅では、もちろん東北といえど夏なので、会津も平泉もめちゃめちゃ暑くて、私はすっかり土方焼けをしてしまいました。(女の子なのに・・・涙)
でもね、電車の中は冷房効いてて、めちゃめちゃ寒いんですよ。
たぶん、東北の方とは体感温度が違うようで、東北の電車の冷房はすげえ低い!!
もうね、ガタガタ震えるほどです。だからカーディガンは必須!
まあそれでなくても、長時間電車に乗っていると、最初は適温でも、次第に体が冷えてくるので、どちらにしてもカーディガンは必須なのです。

で、話がそれましたが、札幌は涼しかったです。
気温は26度。
札幌に来た目的は、友人に会う事だったので、特に観光はしていません。
以前に来たことあるので、もう時計台は結構です(笑)
友人と久々の再会で、13時まで一緒に過ごして、それから再び移動。
ここでは電車ではなく高速バスを使いました。
だって、札幌の交通事情ってひどいんだもん・・・鉄道なんて使えたものではないです。
鉄道で、札幌から函館まで行こうとすると24時間掛かります。
でも高速バスなら5時間!
函館には18時半には着きました。
ホテルに荷物を置いてから、そのまま函館の夜景を見に、バスで函館山へと向かいました。

函館で夜景を見るなら、函館山行循環バスを使うのが便利ですよ。
駅前から20分毎くらいに出ています。
タクシーで行く人も多いようですが、函館と言えば夜景が名所ですから、函館山の登山道が、観光の車ですごく混むんです。
でも循環バスは、路線バスなので、優先で通る事が出来るので、車の列をどんどん追い越して頂上まで行けます。
バスの中ではガイドさんが簡単なガイドアナウンスをしてくれるので、これも便利です。

私は函館に来るのは2度目です。

函館夜景

以前来た時より、気持ち夜景の明かりが少ない気がします。節電ですかね?


それと今回思ったのは、やっぱり観光客が少ない!!

10数年前来た時も、同じくらいの時期でしたが、とにかく観光客が多くて、函館山の展望台から、夜景を見ることもままならない状況でしたが・・・

今回は、割とスムーズに見れました。とにかく観光客が少ないです。びっくりです。

北海道まで、震災の影響が出ているのでしょうか・・・少し寂しくなりました。



明けて翌日は、五稜郭へと行きました。

五稜郭


五稜郭も二度目ですが、今回何が楽しみだったかと言うと、復元再建された函館奉行所を見ることです。

函館奉行所

函館奉行所


当時の写真や設計図面を基に、かなり忠実に復元されました。

函館の皆様の本気を感じました。

奉行所内部

玄関から入って、四之間から壱之間まで続く大広間。欄間の細工や、釘隠しの細工など、本当に細かく再現されています。

奉行所欄間

廊下の欄間の細工も見事ですね。

太鼓櫓

中庭から見る太鼓櫓です。

屋根の瓦も当時の瓦と同じものを再現しています。


館内では、函館戦争や函館奉行所の役割などを細か説明する資料や、当時の写真、絵図、武器などのたくさんの資料が展示されていました。

またこの奉行所の復元された経緯や、建築過程なども細かく説明されていて、もうとにかく面白い!!

見ごたえ抜群です!!ここを見るだけでも、函館に来た意味があるという感じです。


奉行所を堪能した後は、函館タワーに向かいますが、もちろん五稜郭跡の隅々までチェック

五稜郭石垣

五稜郭はご存知の方も多いと思いますが、5角形の星形の形をしています。

これはヨーロッパの城郭の形式を真似て作られたもので、稜堡と呼ばれる5つの角がある形の土塁と城郭を形成されます。

ただ土塁だと、北の土地では、冬に凍った土が春の雪解けで崩れる恐れがある為、日本の城と同じ石垣が積まれました。

写真でも分かるように角は算木積みで、全体は切り込み接ぎの美しい石垣ですね。

上部に一段出っ張っているのが分かるでしょうか?

これは「はね出し(しのび返し)」と言われる積み方で、この五稜郭の石垣の特徴でもあります。

全景

タワーから見た全景


とても綺麗ですよね。

今もなおその形が美しく残っているのは、石垣で作られているからです。周囲の堀は冬には凍結してしまいます。土塁だったら、堀が凍ったら崩れてしまいますよね。

五稜郭は、皆さんが思っているような一般的な城とは形が違います。

天守閣や本丸などはありません。近代の城郭です。

ヨーロッパの城郭に日本の城郭を融合させた実に美しい城郭だと言えます。


歳さん

タワーの展望フロアには、土方さんが居ました。

ここは土方さんの最期の地です。

函館での土方さんは、新撰組副長の時とは、ずいぶん違っています。

「鬼の副長」のイメージはここではありません。温和で優しい土方さん。

五稜郭周辺の住民からは、当時大変慕われていました。

そういうエピソードを見ると、ジーンと胸が熱くなります。これが本来の土方さんですよね。

多摩の試衛館時代の土方さんですよね。


函館を満喫して、後ろ髪を引かれつつ、再び移動。

次は青森の弘前です!!






さて北への旅二日目です。

一日目は、会津若松を堪能した後は、ひたすら列車にガタゴトと揺られて福島⇒宮城⇒盛岡と強硬な移動をしました。

鈍行なんで、寄り道せずに(あ!仙台で寄り道した!)ひたすら列車を乗り換えて8時間ですよ。

で、なんできのうそこまで強行したかというと、今日のメイン!奥州平泉へ向かう為です。

平泉と言えば、つい最近、世界遺産に認定されたばかりです!さぞや観光客が多いだろうと思ったら・・・ここもまた少ないです。

会津よりは多いですけど・・・世界遺産に指定されたら、みんなドヤドヤとくるもんじゃないですか?

平泉では、レンタルサイクルを利用しました。


まずは、高館源義堂へ

ここは、源義経が、兄・頼朝に追われていた時に、藤原秀衡に匿って貰い居館を与えられた場所です。地元の人たちは、「判官館」とも呼んでいるようです。

その後の悲劇は皆様もご存知だと思いますが、秀衡の子・泰衡の裏切りに合い、この地で義経は妻子とともに自害します。

後にここ平泉は江戸時代になってから伊達藩の所領となります。

4代伊達綱村が、義経公の御霊を鎮めるために、この地に義経堂を建て、義経の木像を納めて奉ります。それがここ高館義経堂です。


義経公供養塔

義経の慰霊塔は、北上川を望む景色のいい場所に建てられていました。

そのすぐ横には、場所の句碑があり、あの有名な俳句がここで詠まれたようです。

夏草や 兵どもが 夢の跡

せつないですね・・・

奥州藤原三代が築いた平泉の栄華を思うと、荒れた山野だけの残るこの地の景色は、芭蕉には儚く見えたことでしょう。


さて、ここからまたチャリを走らせて、中尊寺へ

麓の駐車場にチャリを置いて、駐車場の入り口に近くに、小さな小さな木に囲まれた公園(?)のような場所があり、そこに武蔵坊弁慶の墓がありました。

弁慶の墓

ほんとうかいな・・・という感じですが・・・


弁慶の最期は「弁慶の立往生」として有名ですよね。衣川での激戦で、主・義経を守るために激闘の後に、全身に矢を受けながら死して尚、薙刀を構えたまま立ち続けていたという名往生です。

まあ実際に、「武蔵坊弁慶」というヒーローが居たかどうか、実在の所は不明ですが、一応「吾妻鏡」に「弁慶」の名はあるので、そういう名前の家臣は居たと思われます。

私の中では、NHKの「武蔵坊弁慶」というドラマが印象的で、中村吉衛門が演じた弁慶が、マイベスト弁慶ですね。


さてお参りを済ませたら、いよいよ金色堂へ向かってGO!

参道である月見坂を登っていきます。

月見坂

道の両側には、樹齢300年~400年の杉の大木が続いていて、「森林浴で気持ちいい~」と思っていたのですが・・・舐めてました。この坂・・・傾斜も結構急で、その上道のりが長い・・・

風情を味わいながら散策・・・というのは最初だけで、途中で汗だくになりながらヒーヒーいって山登りです。


本堂

で、やっと本堂に到着。

ゼーゼー言いながら参拝(笑)「就職が無事に決まりますように~」(笑)


さて、次にメインイベント!金色堂です!

金色堂

残念ながら、金色堂の中は撮影禁止なので、お見せできませんが…じつにすばらしかったです。TVなどでは何度か見ていましたが、実物はすごいですね。

ほんとうにすべてが金色!!螺鈿細工も見事でした。

ここには、藤原三代…初代清衡、二代基衡、三代秀衡の御遺体が納められています。

あ、ごめん、一応、四代の泰衡の首級も奉られています。

泰衡は裏切り者なのでね。父の秀衡から、義経を守る様に遺言されていたのに、兄弟も裏切って、義経を討伐してしまいますからね。

まあ裏切り者の末路と言うのは憐れなもので、助かりたくて義経を討ったものの、頼朝は平泉を討伐、藤原氏はここで滅亡してしまいます。

命からがら逃げ延びた泰衡は、そこで家来より討たれて、首を頼朝に差し出さされるのです。

裏切り者は、また裏切られるのです。

なのでここに奉られているのは、首だけです。憐れ。

多分、あの世で父ちゃんに叱られたんだろうな~~、義経からも責められたりして(笑)


中尊寺には、立派な能楽堂があります。

能舞台

これも伊達家が作ったものです。能が大好きだったんですね。

そして松尾芭蕉の像

芭蕉

ここでも有名な句を詠んでますよね

五月雨の 降り残してや 光堂

朽ち果てた中尊寺の数々の堂の中で、金色堂だけは金色に輝いていたと言います。

これもまた、侘び寂びですね。

さて、中尊寺を後にして、またチャリを走らせて一路、毛越寺へ

毛越寺と書いて、もうつうじと読みます。

ここは、藤原の基衡と秀衡が、伽藍を建てまくった栄華の象徴たる場所です。

もちろんすべて燃えてなくなり、現在は遺構しかありませんが・・・

毛越寺

いやあ、それでも敷地の広さと、人工的に作られた池とか、庭園の見事さは、ここに建物があったらすごかっただろうな~~という想像は出来ました。

こういうのも含めて、なんというか、平泉は、栄華衰退のもの悲しさの残る美しい場所ですね。


平泉の散策が終わり、チャリを飛ばして駅に向かいました。また移動ですよ。

で、運のいいことに、駅に着いたと同時に雨が降り始めました。

ずっと天気が良かったのですが・・・

ここから青森へと移動します。

青森に行く目的は、今はとりあえず札幌行の夜行に乗る為です!!

後程青森には戻ってきて、ゆっくりと観光いたします。

という訳で、急行はまなすに乗って、一路海を渡り北海道へ!

急行はまなす

寝台車です!!

私は雑魚寝の寝台カーペットを予約しました!!

これでも十分寝ていけました~~w

朝には札幌です。

もうちょっと時間が経ってしまいましたが…
今年の7月末で、晴れて(?)プー・・・もとい旅人になった私です。

で、旅人になったので、早速、自由旅へと行ってきました。
忘れないうちに(いやもうすでに忘れ始めてますが)記録として書いておきます。

7月11日~7月17日まで7日間、東北&北海道フリーパスを使って旅をしてきました。
これ、東北復興の為のお得切符で、たったの1万円7日間JRの在来線が乗り放題と言う旅人には夢のような切符なのです。
いつも愛用している「青春18切符」よりすごい!!

この切符の良い所は、いちいちJRの職員に切符を見せなくても良い所!!
自動改札が使えるのです!!それも7日間!!

私はボランティア活動は何をしていいか分からなくて出来ていませんが、東北を旅して、たくさん美味しいもの食べて、たくさんお土産買って、その土地にお金を使う事で、復興に役立ちたいと思います!!

という訳で、怒涛の旅の一日目!!

6:49上野発で、一路北へ~

最初に向かった先は、会津若松!!

白虎隊像

駅前にて出迎えてくれたのは、白虎隊の少年兵。

会津といえば、白虎隊と言うくらいに有名ですが、とても悲しい物語ですよね。

さてここから若松城へと向かう訳ですが、駅から少し遠いので、循環バスを利用します。

駅前からバスに乗って10分ほどで、若松城こと鶴ヶ城へ到着します。

鶴ヶ城は、利休七哲の一人、蒲生氏郷が築いた城です。

内堀と石垣

内堀から見た石垣です。美しい打込み接ぎの石垣ですね。絡まるツタが良い感じで雰囲気を出しています。

武者走り

武者走りのある石垣です。これは北出丸から大手門に向かっていくと左手に見られます。

敵襲があった時に、大手門の上に兵を走らせるためのものです。

鶴岡城天守閣

鶴ヶ城天守閣です。

層塔型5重5階の天守です。

築城当初は望楼型7重の天守でしたが、その後加藤明成の時代に、現在の形に建て替えられました。しかしこの天守も明治になってから、政府軍により解体されてしまいます。

本当に明治政府は碌な事しないよな!!

現在の天守は、昭和40年に鉄筋コンクリート作りで再建された模擬天守で、中は現在博物館になっています。

野面積み

天守台の石垣は、野面積みでした。最初に築城した蒲生氏郷の時代を考えると、まだ野面積みが一般的だったはずです。

大手門や北出丸などは後から作られたのでしょうね。同じ城の中でも、作っている過程の中で、時代が分かるのも、石垣を見る面白さでもあります。

さて、この会津若松で、早速色々と買い物をしました。

赤ぺこグッズとかねw

それで私が気になったのは、とにかく観光客の姿が少ない事…というか、ほとんどいない!!

鶴ヶ城を見ていた時、私以外には3人しか居ませんでした!!

こんなに有名な観光地なのに!!と思いつつ、売店で買い物していたらお店の人が

「どこからいらしたんですか?」というので

「東京からです。東北を周る旅をしています」と答えると

「来てくれてありがとうね」と頭を下げられました。

更に駅に戻る為に乗ったタクシーでも

「観光に来てくれてありがとうね」と言われました。

会津若松は福島県です。「福島県」というだけで、原発のイメージがあるのでしょうか?

地図を見てもらえるとわかりますが、会津は、福島県の中でも内陸で、果てしなく新潟寄りです。原発なんて全然関係ありません。これもまた風評被害なのでしょうか?

すごく残念な気持ちになりました。それと共に、私なんかにお礼を言ってくださる地元の方たちの心情を思うと、居たたまれなくなりました。

早く元通りになると良いよね。

さて、ここからまた電車に乗って、仙台へ向かい、そこで夕食に牛タンとビールを美味しく頂いてからまた移動!

その日は、盛岡で1泊いたしました。