私の母は大変優しい人でした。家に遊びに来た友達からよく羨ましがられたものです。
子宮筋腫を患い、全摘出手術を受けましたがその後ホルモンバランスの崩れから躁うつ病になり、私が15歳の時に亡くなりました。
中学三年生になったばかりの春に体力測定で学校はその日は午前中だけでした。お昼に家に帰ると玄関の戸が開いていて、中からテレビの声が小さく聞こえました。
当然母がいるものと思い家に入ると、信じられない光景が目に飛び込んできたのです。私は全身の毛が逆立ち、大声で叫びました。なんとか警察と父の職場に電話をし、しばらく一人で部屋の隅で膝を抱えガタガタ震えながらお巡りさんが来るのを待ちました。
両親はクリスチャンであり、教えによれば自死は天国へは行けないとされています。私はこんなに優しい母が病気によって苦しみ、それでも天国に行くことができないとされていることに矛盾を感じ、泣きながら祈りました。
母がどうか天国に行けますように。そしてもし長い時間がかかったとしても行けたのならば自分の前に姿を現してくださいと。でも幽霊だと怖くて逃げてしまうかもしれないので、何か怖くない方法でお願いしますと(笑)
しばらくは学校から誰もいない家に帰るのが嫌でした。鍵を開けて家に入るとどうしても当時の光景が脳裏によみがえり、緊張しました。
母のいない生活に慣れてきた一年後のことです。使い捨てカメラの余ったフィルムを使うために二階の部屋で姉たち二人がふざけあっている写真を撮りました。二階の部屋は両親の寝室で家庭祭壇があり、イエス様、マリア様の像があります。
現像した写真を見ると、家庭祭壇のマリア様の像が倒れています。地震もないのにどうしたんだろうと思いながらパラパラと写真を眺めていると、白いもやのかかったような失敗写真と思われるものが何枚かありました。
最初は気付きませんでしたが、あれ?何か写ってるなと思い、よく見るとそれは紛れもない母の笑顔でした。似ているのではなく、誰が見てもはっきりと顔の表情が見てとれます。テレビや雑誌の心霊写真などでよくある曖昧さは全くありません。
姉に見せると間違いないと言って泣いていました。
母は斜め上方を嬉しそうに満面の笑みで見つめ、視線の先にはなにやら神様の杖のようなものが見えます。アングル違いで同じような写真が2~3枚撮れていました。
その時すぐには思い出せませんでしたが、一年前のあの日、ガタガタ膝を抱え、震えながら夢中で祈った私の祈りは天にきちんと届き、叶えられていたのです。
母は天国に行けたんだ、そう確信しました。
何かの本で、霊界にも写真屋さんがいると読んだ覚えがあります。
心霊写真を作るために霊界で仕事をしているそうです。今回は神様の杖を演出の道具として使い、構図を決めて私宛にメッセージを込めて写真を贈ってくれたようでした。とても嬉しかったです。
これは私にとって、死後の世界があり、真摯な祈りは必ず聞き届けられるという確かな証拠となり、大きな心の支えになりました。
もう8年前になりますが、母は霊界でどうしてるかなと思い、信頼のおける方にリーディングをしてもらったことがあります。母からは私に対して生前の感謝とともに、死後は霊界から私がひとり寂しくないように一生懸命働きかけてくれていたそうです。
私は母が亡くなったあと、中学3年生の時ですが毎朝家に自転車で迎えに来てくれる友人ができ、帰りも声を掛けてくれて一緒に帰ってくれました。クラスメイトも気の合う友人が多く、一番楽しかった想い出があります。
亡くなっても変わらず優しい母でした。
他界した身内の者や友人・知人は、今なお実在の人物であり、地上にいた時と同じように、あなた方のことを気遣ってくれていることを忘れてはなりません。彼らはもはや言葉で話しかけることはできませんし、あなた方もその声を聞くことはできませんが、あなた方のすぐ身のまわりにいて、何かと面倒を見てくれています。
シルバーバーチ 今日のことば より
