Blue Stardust ( I-novel SF )・・・5 | mcode

mcode

人文のジャンル:アート・科学・哲学・文学・音楽






   1989年 まり子(マリアコ)の冬





   追 憶


 凍える雨のNYが好きだった。


 赤い大地に置かれた箱庭の街。

 火星に出没した人工都市の街。

 長方形の中に、おもちゃのアールデコの立ち並ぶ街。

 チェスの将棋台の上に並べられた摩天楼の街。

 壁が落ち、荒廃し、傷付いた街。


 そんなNYしか知らない。

 だから、何気ない風景に心動かされる。

 マンホールから白い蒸気の立ち上る景色が心に残る。

 車がマンホールの蓋の上を通るたびに、

 バッコーンと音のする景色が心に残る。


 本当はNYが嫌いだった。

 幸せを感じた景色の日々よりも、

 すさんだ情景の日々の想い出の方が、

 辛くならないのは何故だろう。





   雨のニューヨーク

 
 80年代の最後の秋は、ただただ、寒かったことを想い出し
ます。当時、十八才のわたしは、手負いの獣のように彷徨する
生き方だった。
 11月26日、快晴。
朝からTVは、感謝祭のパレードの賑わいを伝えている。
感謝祭が終わると、すぐに寒い冬がやってくる。
地球の裏側まで来て、お前にはどれ程の幸せがある・・・・・・。
貧富の壁か、歴史の壁か・・・・・・お前の生き方が悪いのでは・・・。
難民の幼いわたしが、冬のNYをさまようには寒過ぎる。
どんなに寒くても、雨の降る日のNYは、好きだったことを想
い出します。

 冬の晴れた日に、ウエストブロードウェイや、ダウンタウン
をぶらぶら歩いていた頃のこと。
ダウンタウンのメインストリートにもかかわらず、道の中程に
あるマンフォールの蓋の上を車(当時、滅多にキズの無い車は
見かけなかった)が通るたびにバッコーンと音がしたり、街並
などは20年代から30年代の古いビルも多くあり、それらは
部分的には荒廃していて、綺麗だとは感じられなかった。
自分の生活も荒んでいたのだけれども・・・・・・。
ところがある日、雨が降ってきて、ふっと空を見上げ、遠景の
摩天楼や、空を切り裂くように立ち並ぶビルを見たら、NYの
街並が今までとは違って見えた。
現存するアールデコ様式の高い建物が、無言で、わたしに傘を
差し掛けてきたような気がして、その時、初めてNYの造形美
に気が付いた。
自分の生活が荒んでいる時は、足元ばかり見ていた。
NYは近くで見ていると、悪い所ばかり見えてくるのだけれど
も、遠くから見ると良い所が見えてくる。

 バハマかカリブのような、光あふれるコバルトブルーの海の
写真が壁にピンナップ。
BGMは、いつもの代わり映えのしないラテン系の曲。マリア・
カラスのソプラノに飽きたら、欧州のコンチネンタルタンゴよ
りも、ブエノスアイレスのアルゼンチンタンゴを聴きます。 
 コンチネンタル・タンゴは社交的。アルゼンチン・タンゴは
野性的に感じる。
どちらのダンスも変わらず共通するのは、男性がパートナーの
女性に対する優しさがある。男性は女性を上手にリードする。
強引ではなく、パートナーの気持ちを汲んで、激しくも優しい
動きになる。
パートナーが躓きそうになると、その重力のかかる真下に素早
く腕を差し向け、円舞するように軽やかに自分の胸元に引きつ
ける。目と目が合う。信頼と愛くるしい眼差しが得られる。
それでも男は、何事もない素振りで、ポーカーフェイスでパー
トナーをリードする。
それが、アルゼンチン・タンゴ。
砂漠の厳しさと、コンドルの野性と、月下美人の数時間の命、
儚さを知る者でなければ、ブエノスアイレスの情熱を知る男で
なければ、本物のアルゼンチン・タンゴは踊れない。

 メキシコ・ユカタン半島の先にはバハマ諸島とカリブ海が広
がる。そして、さらに大陸を南下するとアルゼンチン。
あのカリブ海のヤシの木陰は、今も旅人の乾きを癒してくれて
いるのだろうか・・・・・・。

 暖かい夏がきたら、夏休みには貧しくても陽気なラテンアメ
リカに行こう。
アルゼンチンタンゴの音楽があれば生きられる。
生きる勇気がもらえる。
十八才の 青春、お金もなく無謀な放浪の旅。
ついに、大学は留年・・・・・・。
 



   月下美人

 
 サボテン科の多年草。メキシコ原産。
夏の満月の夜、白色の大輪の花を咲かせる。
花は芳香を放ち、数時間でしぼむ。

 満月の夜の大地は、月の引力で大気の体積が大きくる。
したがって、酸素も増加。
酸素が増加して、生体エネルギ-や交感神経は活溌になる。
満月の明るい光も同じように人の身体と精神に作用。
この現象は、高気圧と同じであるが月の引力があるので、
気圧は相殺され高気圧にはならない。


  満月の夜、大気は酸素に満ちる。
  満月の夜、肉体は生体エネルギ-に溢れる。
  満月の夜、心は交感神経が目覚め脳内物質に揺れる。
  満月の夜、生命は地球の重力と月の引力のはざまに漂う。

  月光に光り輝く魔力と生命力は等価原理に準ずる。

  もしも、地球のパートナー、月が存在しなかったら、
  もしも、月が神秘的な光を放っていなかったら、
  もしも、月が引力を大地に及ぼしていなかったら、

  月光の中に魔性も生命も見い出すことはできないだろう。


 国境を越え、砂漠のフリーウェイをメキシコ・ユカタン半島
に向かって走る。
見る物はサボテンと枯れ草、時々コンドルと目が合う。
愛車のアメリカンの爆音が気にくわないのだろうか・・・・・・。
 砂漠の友よ!
お前の手負いの獣になるには、まだ、ほんの少し時間が欲しい。
目的を果たした日には、肉なり骨なり、啄むがいい。
 同じ野性の、臭いを嗅ぎ分けるものよ!
お前が大地に両翼を砂に埋める夜には、月下美人をたむけよう。
月の砂漠と、アメリカンの鉄の背に、月下美人はよく似合う。