『月下美人』
サボテン科の多年草。メキシコ原産。
夏の夜、白色の大輪の花を咲かせる。
花は芳香を放ち、数時間でしぼむ。
国境を越え、砂漠のフリーウェイを、メキシコ・ユカタン半島
に向かって走る。
見る物はサボテンと枯れ草だけだ。
時々コンドルと目が合う。
愛車のアメリカンの爆音が気にくわないのだろう。
砂漠の友よ!
お前の手負いの獣になるには、まだ、ほんの少し、時間が欲しい。
目的を果たした日には、肉なり骨なり、啄むがいい。
同じ野性の、臭いを嗅ぎ分けるものよ!
お前が大地に、両翼を砂に埋める夜には、月下美人をたむけよう。
月の砂漠と、アメリカンの鉄の背に、月下美人はよく似合う。
『ラテンアメリカ』
バハマかカリブのような、光あふれるコバルトブルーの、海
の写真が壁にピンナップ。
BGMは、いつもの代わり映えのしないラテン系の曲。
マリア・カラスのソプラノに飽きたら、欧州のコンチネンタル・
タンゴよりも、ブエノスアイレスのアルゼンチン・タンゴを聴
きます。
コンチネンタル・タンゴは社交的。アルゼンチン・タンゴは
野性的に感じる。
どちらのダンスも変わらず共通するのは、男性がパートナーの
女性に対する優しさがある。
男性は女性を上手にリードする。
強引ではなく、パートナーの気持ちを汲んで、激しくも優しい
動きになる。
パートナーが躓きそうになると、その重力のかかる真下に素早
く腕を差し向け、円舞するように、軽やかに自分の胸元に引き
つける。
目と目が合う。
信頼と愛くるしい眼差しが得られる。
それでも男は、何事もない素振りで、ポーカーフェイスでパー
トナーをリードする。
それが、アルゼンチン・タンゴ。
砂漠の厳しさと、コンドルの野性と、月下美人の数時間の命、
儚さを知る者でなければ、ブエノスアイレスの情熱を知る男で
なければ、本物のアルゼンチン・タンゴは踊れない。
メキシコ・ユカタン半島の先にはバハマ諸島とカリブ海が広
がる。
そして、さらに大陸を南下するとアルゼンチン。
あのカリブ海のヤシの木陰は、今も旅人の乾きを癒してくれて
いるのだろうか・・・・
『ニューヨーク』
凍える雨のNYが好きだった。
赤い大地に置かれた箱庭の街。
火星に出没した人工都市の街。
長方形の中に、おもちゃのアールデコの立ち並ぶ街。
チェスの将棋台の上に並べられた摩天楼の街。
壁が落ち、荒廃し、傷付いた街。
そんなNYしか知らない。
だから、何気ない風景に心動かされる。
マンホールから白い蒸気の立ち上る景色が心に残る。
車がマンホールの蓋の上を通るたびに、
バッコーンと音のする景色が心に残る。
本当はNYが嫌いだった。
幸せを感じた景色の日々よりも、
すさんだ情景の日々の想い出の方が、
辛くならないのは何故だろう。