朝の7:30に泉涌寺を訪れました。
大門はまだ閉まったまま。
寒かったので車の中で、しばらく待っていました。
お寺の朝はとても静かで、ちょっとした音でも響き渡り、
一日のはじまりを告げているようでした。
午前8:00になりました。
「開門!」というお坊さんのテノールのような響く声に合わせ、
大門が少しづつ開いていきます。
泉涌寺の大門が開くことは、めったにないそうです。
貴重な瞬間に出くわしたような思いでした。
皇室との関りから「御寺」称される泉涌寺。
毎年3月中旬に行われる涅槃会では、
お釈迦様の入滅を描いた涅槃図が掲げられます。
江戸時代に描かれた涅槃図は、縦15m、横8mあり、日本最大の大きさを誇ります。
今年は3月8日~17日まで一般公開されます。
この期間内、まだ拝観時間前の朝粥付特別拝観にやってきたのです。
初めて見上げる涅槃図は、すごく大きくて、かなり重たそう。
これを人力で吊り下げるのですから、かなりたいへんな作業だろうということが見て取れました。
真ん中には、大きな大きなお釈迦様。
その周りには、お釈迦様の死を嘆く菩薩様、弟子たち、王族に、一般の人、
そして、拝観時間内の公開では見られない裾の方には、動物たち。
皆がそれぞれにそれぞれの立場で、お釈迦様の死を悲しんでいました。
あまりにもお釈迦様に陶酔していた方は、ショックのあまり気絶している姿も描かれていました。
大きな大きなお釈迦様は、安らかなお顔で、
頭を北に向け、顔を西に向けて、眠っているようでした。
とても気持ちよさそうな眠りに見えました。
ふと、先月2月の終わりに他界した母の姿と重なりました。
病院に駆けつけ、「お母さん」と手を握って間もなく「ピーッ」と音が鳴りました。
でも、安らかな顔で眠っているようでした。
お通夜とお葬式を済ませた後、母の夢をみました。
車いすに座って、たくさんの人に囲まれながら、
歌に合わせて、楽しそうに手拍子をしていました。
歌は下手だったけど、歌うことが好きだった母。
音楽が聞こえると、いつも楽しそうに手拍子をしていた母。
みんなに祝福されながらとても嬉しそうでした。
私たちの姿に気づいた母は、
車いすから立って、私と妹の方に歩いてきました。
そして、何かを言いました。
残念ながら、聞こえなかったのか覚えていなかったのか、何を言ったのかはわからないままです。
でもきっと、「姉妹仲良くしなさいよ!」と言ったのだと思います。
もっと長生きしてくれると思っていたけれど・・・
とても悲しかったけれど、ここまでよく頑張ってくれたという言葉しか出てきませんでした。
ちょっと太っちょの母。
片肘をついて手のひらを頬にあてたポーズで、いつも寝ていた母。
とても純粋で、おっとりしていて従順だった母。
家族のためにといつも我慢ばかりしていたけど、何一つ文句を言わなかった母。
恐れ多いですが、なぜか、大涅槃図のお釈迦様とだぶって見えました。
極楽浄土に行っても、きっとみんなから愛されていることだと思います。
「お母さん、歩けるようになってよかったね!きっと幸せになってね!」