こんばんわ。

現在23時を回りました。

今日の昼ごろ妻が『バーベキューに行ってくるわ!!』っていって出ていったので、コミュ障の私は友人と飲み生ビールにいって20時帰宅。


まだ妻と子供が帰ってないガーン


しばらく待つも帰ってこない。


風呂に入ったあとも帰ってないアセアセ




…もしかしてキャンプなのか!?




…ラインをしても返信なしガーン




会話をさかのぼってみたら昔グランピングいきたいっていうてたなぁ…


もしかして、それって今日か!?




今日はもう寝ます。。。


今日は仕事が早く終わったので同僚と一緒にセミナーに参加しました。

「お金と健康と働き方」について。

セミナーというものに抵抗は多少ありましたが、得るものが多かった。

色々読書してきて、忘れかけてた知識がリマインドされる感覚。

特にrice workでなく dream work をする。
食べるために働くのではなく、夢のために働く。

小出恵介さんが謹慎中に読んでいたsbiの北尾社長の「なんのために働くのか」に通ずるものがありました。

comfort zone にいる自分に明日死ぬなら後悔はないかを問いかけ、正直そんなにないなーとは思いながらも、もっと自分を成長させたいと思う自分がいました。

自分にとって働くとは。

1.適度なストレスを感じ仕事を通じて成長すること。

2.今の仕事以外でも他でも通用するスキルを身につけて心のゆとりをもつこと。

具体的に述べるのは野暮ではないでしょうか。(イチローの引退会見の引用)

ま、とりあえず失敗して成長していきます!









2024年、令和6年に改刷される新紙幣。

その壱万円札を飾る渋沢栄一さんの「論語と算盤」。 

気になったので読んでみました。



現代書籍に慣れた私には難解な言葉の数々…

ただやはり資本主義の父と呼ばれるだけあって富に対する考え方、その富から派生する人生を豊かにする方法などが記述されてました。

●正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができない。
●私は常に精神の向上を富とともに、進めることが必要であると信じている。
●与えられた仕事にその時の全生命力をかけて真面目にやり得ぬ者は、いわゆる功名利達の運を開くことができない。
●商業の道徳はどうしても、立て通すようにして、最も重要なのは信である。

頭で反芻し自分に落とし込もうと思う一冊でした。

渋沢栄一の年表を見ていてハッと気が付きました。渋沢の誕生は1840年、死没は1931年。山縣有朋は1838年に生まれ、死没は1922年。つまりほぼ同じ時代を生きています。渋沢は大蔵省の役人を経て民間で事業家となります。

山縣は対照的な人物です。すでに奇兵隊時代から軍資金を横領している。明治維新後の陸軍省でも、懇意の商人に多額の公金を貸してキックバックを受け取り、バレそうになると彼に罪をかぶせて自殺を強要しました。いわゆる「山城屋事件」です。

自殺を強要している山縣

最終的には陸軍の最高権力者となり、首相にまで上りつめます。しかし政府にいながらこの人には「公」の意識がなく、自分の利益と権力拡張ばかり考えているようにしか見えない。彼が死ぬと、陸軍はいきなり陸軍大学の入学候補者から長州出身者を全員落としています。実は部下たちからも嫌われていたんですね。

会社を含めて日本の組織には、どうも山縣有朋タイプの人が圧倒的に多いように思います。そして不思議なのことに、そういう人物についていく人が結構たくさんいるのです。短期的には自分たちも利益があると思っているのでしょうか。

漫画版では物語は渋沢栄一の部屋に幽霊となった山縣有朋が現れるところから始まり、対照的な2人の人生を振り返りながら進みます。

読み終わった時、『論語と算盤』で渋沢が言いたかったことが自然と頭に残るかと思います。『論語と算盤』は論語の解釈というより渋沢栄一の「生き方の美学」です。

元首相の山縣の国葬は、関係者しか出席しない寂しいものでした。一方民間人だった渋沢の葬式には一般人がたくさん来ています。かれはそれだけ人気があったのです。この違いはやはり、その人の「美学」の問題でしょう。

社会は利害関係を重視した繋がりが多いことは確かです。それだけを追求すると、世の中は山縣のような人間ばかりになってしまいます。

しかしながらそこで互いの気持ちが繋がっていたら、人間ならば嬉しいはずですよね。

渋沢の文章を読んでいると、「お金を儲けるだけでいいのですか?」と問いかけられているような気がします。




今日から新生ピーチになります。

利益の出ているピーチが関東需要を取り込むために、赤字のバニラエアを飲み込むかたち。

記者会見ではピーチちゃんとバニラくんの結婚式映像が流れたそうです。

そして、関西人と関東人の声がこちら


バニラ!!

おいっ!!!

なめてんのか!!!ムキー

関西人じゃないけど方言を否定するんか!!
 
まあいいけど。
江戸時代京都。

この方は商人道を説いていました。

「まことの商売は、先も立ち、我も立つことなり」

近江商人の【三方よし】にも似てますよね。

本当の商売というものは、商売する相手もうまくいき、自分自身もうまくいくというものでなければならない。いわば、相手ももうかり、自分だけが儲かればいいというものでは決してないということ。

そして、

「売利を得るは商人なりの道なり、商人の売利は士の、禄に同じ」

利益は尊いものだ、ということ。

営業する身としては心がけたいところだ。