先に書いたほうがいーんでないかなというネタは日々増えていくのですが
私の気分と最良と不器用さによりあえなく先延ばしになっているものが・・・が・・・
いつか突然一気にどどどどーんと続々公開、なんて展開もあり得なくないです。
ブログ記事の話ですよって独り言です今更ですね。ばみゅーたです。
正直なところ申し上げますと、ただ今ひじょーに嫌な気持ちど真ん中であります。
サークルの会長さんが
まじめすぎるプラスアルファの頭固すぎるかけるの人の意見をあまり聞き入れない人なので
仕事を色々と一人で抱え込むは(あくまで私の主観的に)神経質すぎるくらいの配慮をし過ぎて
サークル全体メンバーへのお知らせ用のメーリスで
抱え込んだ結果生じたストレスやむしゃくしゃを、厭味ったらしく書きつけていたからです。
一番上に立てば必然的に考えないといけないことも増える。
下についていた時とは比べ物にならないくらい増える。
あまりに多すぎて、どうしよう、っていう気持ちに陥ったりすることだってある。
一つ片づけても、また一つ問題が出てきて、
その問題を片づけても、やっぱりまた更に問題が出てきて。
ひどいときはいくつもいくつも同時多発的に問題が生じるときだってある。
でも、だからって、
それを必ずしも一人で打破しないといけない必要性なんてどこにもない。
少なくとも、サークル内ではそうだ。
サークル=一つのチームプレーなんだから、
社会的な公的な団体ってわけじゃないんだから
営利的な団体じゃないんだから、
というかいってみれば、たかだかただのサークルなんだから、
いつもいつもそれを一人で打破しないと、という責任感に
病的なまでにとらわれる必要なんてない。
それに、本音を言うなら、甘ったれんじゃねえって思う。
(ちょっと前述の意見と矛盾してるかな?)
本位であれ不本意であれ、上に立つものになったからには絶対不可欠なこととは、
どんな問題が起こっても、いつどんな時も平常運航であること。
もっと平たく言えば、でっかい器を自分のうちに用意しておくこと。
問題やむかつくこと、いやなことが出るなんて当たり前だから、
んなことにいちいち動揺していたら自分が持たない。
一番上である自分が持たないということは、
下についているもの全体に支障をきたすということ。
そこん所を今の会長さんはわかってない気がする。
わかっていたとしても、軽んじているような気がする。無視しているような気がする。
容易にパニくらず、
思い通りにいくわけないと悟り、
まあとりあえずなんかあったらそのときだ、とどっしり構えて
順々に対処していけばいい。
それに、一番上がそういう風にうそでもどっしり構えていてくれると
下だって安心するし、バランスも保たれる。
人間性が安定しているんだってわかったら、下は一番上に尊敬する気持ちを持つ。
究極言えば、上に立つものは人間性がものをいうところはあるでしょうが
自分という人間がどういうときであっても器の大きさをちゃんと保てているのなら
いくら癖が悪いところがあっても、何とかなっていくものなんじゃないかなと思うのです。
上に立った経験なんてたかだか一回、
しかも少人数の中でのリーダーというちっさい組織の中での一番上、
という経験値しか持ってない私の意見なんで
決して正しいものではないという自信もありますが、
そんな私の意見でも、思いの強さは同じくらい自信があります。
自分で言っててごちゃごちゃしてるけど、でもこれも私の意見。
はあ・・・今日は別にこんなことを書きたくてパソコン開いたわけではないんだけどね。
でも、どちらにしろテンション下げ目な感じにはちっとばかしなるような話なのですが。
昨日の記事にも書いてあってとーり、昨日は花火大会に行ってきたのです。
最初は下宿仲間の女の子一人と約束していたのですが、
他の下宿仲間の男どもの予定もあうかなー、と思って声かけて見たところ
二人ともいけるということで、四人で行ってきたのです。
私の中での花火大会のイメージは、ひどく固定されたものでして。
いかんせん実家にいたころは、地元の花火大会の花火が家の目の前で上がってるんで
「花火は家で見るもんや~外に出なくていいんや~」という温室バカ育ち的考えでした。
でも今回は。
浴衣着て下駄履いて、
レジャーシートやらゴミ袋やらを敷いて見物できるところ陣取って、
屋台で初めてチョコバナナ・・・じゃなく今はバナナチョコと呼ばれるもの買って食べて、
人混みかき分けて歩いて、花火見て、、、
すごく新鮮でした。
すごく楽しかった。
すごく嬉しかった。
そして何もかもすごく鮮明だった。不思議なくらい。
んで、一人で変にセンチメンタルな気分に入り浸っちゃった。
もしかしたら、まともにこうやってみんなで集まって
一緒の時間をいつものようにのび-と過ごせるのは、これで最後かもしれないと。
今年最後とか言う意味じゃなくて、
今後も含めてこれが最後なんじゃないかと。
私は10月から一年間、自分の将来のための勉強にいそしむ。
下宿生仲間の一人は、三年生になったら大学を一年休学して
声優の専門学校へ一年間通う。
下宿生仲間のもう一人は、大学は休学しないものの、
三年生になれば自分の将来のための勉強をやるために、サークル活動を少し控える。
もう一人は、まあ特にそういうのはないけど
教職の授業をとっているから、それのために忙しくなる。
みんなそれぞれの事情で少しサークルから離れる。
そして、それぞれの場所で新たな関係を築く。
そこで、今よりもずっといい仲間に出会うかもしれない。
いい環境に恵まれるかもしれない。
そして、今の仲間に違和感を覚えだして、距離を置きだすかもしれない。
心地よさを見出して、新たな関係の中になじむかもしれない。
もしかしたら、サークル同士、という共通点すら、なくなってしまうかもしれない・・・
そんな可能性だって無きにしも非ず。
私も、みんなも。
この先どうなるかわからない。それは私もみんなも一緒なのだ。
でもそれは決して悪いことでも何でもない。
何かの必然なのだ。
どこかに流れ着いた結果がそれだったというだけの話。
そう考えると、この瞬間がすごく愛おしく感じてしまって。
すごく貴重でありがたい気がしてしまって。
花火が妙に、いつもよりきれいで、儚くて。
そのあと、帰りの電車での大混雑が予想されるということで
皆と相談して花火が全部打ちあがる前に早めに引き揚げ、
惣菜買い込んで、下宿仲間の一人の家でそれ食べて、という感じで過ごしました。
切ない気持ちになったけど、私自身、変わることは悪いと思ってない。
だから、今の関係だって、すうごく楽しいと思うけど、
なるようにしかならない、と思っている。
人と人とのつながりなんて、実は簡単に変わってしまうものだから、
自然淘汰を繰り返して最終的に残るものが
今いいと感じているものと必ずしも一致するわけではない。
なるようにしかならない。
だから結びつきだとかなんとかに、絶対的な信頼は置けない。
それは悪いことじゃない。そういう風にできている。
それだったら、自分に信頼を置いて、とりあえず前に進むしかない。
やれることをやるだけやって、「あとはなるようになれ」と思うしかない。
私の部屋には二つの観葉植物がある。
一つは順調にすくすく育っている。
もう一つは少しずつ元気をなくしている。
まるで今の状況を物語るように。
さすがに枯れさせるのは嫌だから、この間手入れしたけど、
少しでも元気になるように、いい方向に向くように手を加えたけど、
もしかしたらそれは余計な手出しだったかもしれないけど、整えてみた。
あとはこう思うしかない。「なるようになれ」
だから私は悲しくなんかならない。
寂しいと思うかもしれないけど、傷つくことはない。
私は流れにあらがわずただ受け止めるだけだ。
ただ、みんなが帰省から帰ってきたら
もう一回くらいどこかに行けたら嬉しいな、と思ってる。
BGM:神威がくぽ(ぽんP) "distance"




