手術翌日。


ICUのさくらは相変わらず膨大な管に縛り付けられていたが、
私の心は少しばかり落ち着いて冷静に周りを見られるようになった。

管の行く先を眺める。


口には人工呼吸器。
鼻には、溜まりすぎた胃液を排出するためのチューブと

体温センサー。
胸には心電図の電極が貼られ、
傷口は縫合の後透明なシートでカバーされていた。
下腹部から出血や腹水を抜くためのドレーンが出ている。


背中には温度調節のため、水が循環している管が設置され、
胴体は動かないようにベスト型の帯で拘束されていた。
そればかりか手足も包帯でベッドの柵に固定され、その姿はさながら
解剖を待つちいさなカエルのようだった。


腕の動脈にはAラインが取られ、血圧測定と採血に使われていた。
太腿には、中心静脈カテーテルの代わりに入れたカテーテルが

挿入されている。
(太腿から入れて、心臓近くまで管を伸ばし、太い血管に

 薬剤などを流し込むのだ。 糖分の多い輸液や、刺激性の強い薬は

 普通の点滴では入れられないため。)
それと導尿。


いやはや、よくもこれだけ考えたものだというくらい管だらけ。

手足の末梢点滴や、大腿静脈カテーテル(PI)からは

たくさんの薬などが流し込まれていた。

ブドウ糖が入った維持液。
頻繁に採血して耐糖能を確認し、小刻みに濃度を上げ、

電解質も随時調整される。


ニカルピン
(降圧剤…心筋や冠動脈を収縮させるカルシウムの作用を抑え、

 血管の内腔を拡げる)
ラシックス(利尿剤…むくみを取る目的も)
ドルミカム(鎮静剤…集中治療の人工呼吸中の鎮静)
モルヒネ塩酸塩 (鎮痛剤…激しい疼痛の鎮痛・鎮静)
その他、1日1回静注で
抗生物質(名前は聞かなかった)と
デヒドロコール酸 (利胆剤…飲み薬「ウルソ」と同じ作用)
が投与されていた。


他にもあったのかもしれないが、ICUの処置はあまりに

多岐にわたり迅速性も求められるため、

素人の私には把握しきれなかった。


私は胆汁をさらさらにして流す「デヒドロコール酸」が入った

シリンジポンプを凝視し
「さくらちゃんの胆汁をどうか流してやって!」
と心の中で何度も祈った。

胆道閉鎖症の場合、葛西術前には利胆剤が投与できない。
(却って行き場のない胆汁が溢れてしまい、

 黄疸が悪化する可能性があるため。)
利胆剤を使えるようになったというだけで、この時は希望を感じた。


相変わらず各種センサーはちょっとでも閾値を超えると
ポーン…
と音を立てるが、よくよく冷静に見てみるとだいたい

大したことがないか、センサーがうまく読み込まれず

音を発してしまったかであることがわかる。


それでもスタッフは律儀かつ迅速に確認に来た。

ただ、昨日の術直後と比べるとその雰囲気は確実に和らいでいた。

処置は頻繁で、代わる代わる医師がやってきては

Aラインから少量の血液を採ったり
エコーをかけたり全身状態のチェックをしたりしていた。


私は、担当看護師から「手を握ってあげたりしていいですよ。」

と言われたので、こわごわさくらの手を包んだ。
細い指を丸めたちいさな手は、温かかった。


よく頑張ったね、

今日もお兄ちゃん元気に保育園行ったよ…等々話しかける。

ICUへ一度に入室できるのは原則として2名までなので、

我々夫婦と両親は交代で さくらと面会した。


手術翌日は比較的落ち着いていて、昨日は病状そのものの

ことで乱れきった私の心も

「まずはこの手術のダメージから回復しよう」ということに集中して
一段穏やかになった。