3月6日
紹介された病院へ。

心臓が張り裂けそうな程の緊張の中、エコーをじっくり見てくれた先生。
診察が終わり
「ご主人は一緒ですか?」と。
2人で先生の話を聞く事になった。

第一声は、
「赤ちゃんが少し浮腫んでいます。」
…え?浮腫み?
あの、二日酔いとかでなるやつ?
馴染みのある言葉に一気に体の力が抜けた。
なんだ、大した事ない。浮腫みか…。
と、次の瞬間
「赤ちゃんの命に関わる重大な症状です。いつ亡くなってもおかしくありません。」

頭が真っ白になった。

え、浮腫みでしょ?私もなったことあるし…
でもすぐ治るやつじゃん…

そこから、胸や腹に水が溜まっている事、上手く羊水を飲めてない事、それで羊水過多になっている事…ミラー症候群の事…母体にも影響が出る事…他にもたくさん説明された。
必死に涙をこらえていた私の手を旦那はずっと握っていてくれた。

近所の産婦人科や市立病院で言われた事を元に、たくさんの可能性をネットで検索していた。
辛い治療が必要かもしれない…
なにか障害が残るかもしれない…
いろんな病名を目にして予想を立てていた。
でも「死」という事は考えもしなかった。
先生から言われた病名は
“胎児水腫”
私が調べたどの病名とも違った。
初めて聞く名前だった。


「何か質問ありますか」
「…赤ちゃんは今、苦しくないんですか。」
「大丈夫、お母さんのお腹の中では赤ちゃんは居心地良いはずです。」

安心した、
そして自分の口から出た言葉に驚いた。
あぁ、私、お母さんなんだ…
あんなに自己中心的で自分自分っていつもなってる私が、自分より赤ちゃんの心配するんだ…

「すぐ入院しましょうね。いつからがいいですか?」

2日後に入院が決まった。
家に帰って旦那と抱き合って泣いた。
怖くて辛くて不安で…
赤ちゃんはどうなるの
私はどうなるの
なんで私だったの
なんで私達夫婦だったの

神様なんていないと思った

忘れもしない、この日。

わくわくしながら向かった妊婦健診。
お腹の子は娘だと判明していて、この日はちょうどひな祭りで、来年の初節句を想像しながらいつもの様に鼻歌交じりに歩いて向かった産婦人科。

診察室へ入り、お腹の大きさを測るためにベッドに横たわった時に私の横で看護師さんが先生に
「あれ…今…何週でしたっけ、先生。」
と言った。
「24週2日だよ。」
「…え?」
胸騒ぎ
なに、なんでこんな会話してるの?
「先生、ちょっと診てください。」
「…あれ、お腹大きいね…。」
私は初産だし、お腹の大きさなんて人それぞれだと思ってたし全然気にしてなかったけど、先生達から見たら異常な大きさだった様子。
その後エコーを見て
「〇〇さん、羊水がね、少し多いんだよ。でも原因はここではわからない。紹介状書くから市立病院に行ってみようか。」と。

病院から出て旦那に電話。
声を聞いた瞬間泣いてしまい、すぐに帰ってきてくれた。
旦那と市立病院へ行き、3人もの先生が診てくれたけど、言われた言葉は
「〇〇さん、ここでもハッキリわからない。もっと大きい病院に行きましょう。」

安定期も過ぎて当たり前にもう大丈夫だと思っていた。
すぐにでも紹介してもらった病院に行きたかったけど、その日は金曜日でもう夕方で…診てもらえるのは月曜日だと言われてしまった。
ひたすらに泣いた。
でも、まだどこか他人事で、きっと大した事ないだろうと心のどこかで思っていたんだと思う。

月曜日が待ち遠しかった、嫌な意味でだけど。

2017年3月3日
この日から始まった…
いや、この日から気付いた。
自分のお腹の中で何が起こっているのかを。

改めて、ブログ再スタート。

登録してから、ほぼ放置していたブログをまた始めてみようと思ったのは私が死産を経験したからです。

平凡な自分の人生に、こんな事が降りかかるなんて思ってもみなかった。
入院中、たくさん検索して色々な人のブログを見ました。
毎日不安で苦しい中、同じ様な思いをしている人が他にもいる、自分1人じゃない、という事実は本当に心強かった。
なので、こんな私でも誰かの…ほんの少しでも、私が感じたような気持ちになってくれれば。

あと、自分自身の心の整理として。
誰にも言えない、言いたくない気持ちもここに吐き出そうと思って書き記すことにしました。

自己満足なブログです。
気まぐれ更新していきます。