羊水は日々増え続けて、私はお腹が重くて息苦しくて寝返りもうてない程になっていた。

芽生は羊水が飲めていない。

私のお腹はどんどん大きくなった。

眠れない日が続いた。

 

芽生の胸水は入院時

「まだ抜けるほど溜まっていない。」

と言われていて、それ以降は日によって

「少し減ってる気がする。」

「やっぱり増えてる。」と、喜んではへこんで気持ちが忙しかった。

 

そんな中、先生から胎児胸腔穿刺術の話をされた。

私のお腹を通して芽生の胸へ針を刺し溜まっている水を抜くという処置だった。

「そんなことができるんだ…。芽生、痛いかな…。」

しかし、芽生の命の為できることは何でもしようと思っていたので返事は即答だった。

「お願いします。」

 

2017年3月23日 

麻酔でぼーっとしている間に胸腔穿刺術は終わった。

麻酔のおかげで久しぶりにぐっすり眠って気付けば術後3時間も経っていた。

そこで芽生はとてもおりこうさんでスムーズに処置が進んだこと、胸の水は右から39ml.左から36ml.抜けたことを聞いた。

 

おりこうさんだったね!!

すごいね、えらいね!

誰よりも早くお注射しちゃったね!

 

どうか、どうかこのまま水が溜まりませんように。

これを機に事態が好転しますように。

 

しかし、次の日先生に診てもらうと穿刺前と同量の水が芽生の胸にはすでに溜まっていた。

溜まっている「水」は「リンパ液」だと分かった。

予想通りだった。

 

先生からはシャント術の話が出た。

次の段階だ。

へこんでる暇はない。

そう思いながらも心は正直でシャワー室で泣いた。

水音で周りを気にしなくて済む。

思いっきり泣いた。

私は何度お腹に針を刺されても、痛みには耐えてみせる。

だから、どうか芽生が痛みを感じていませんように。

面談の日がやってきた。

私たち夫婦と主治医の先生、新生児科の先生、看護師さんと5者面談だ。

想像していた通り、話の内容は厳しいものだった。

 

・おなかの中で亡くなる可能性が非常に高いこと

・奇跡的の生まれてきても何らか障害がある可能性が高いこと

・今できる治療はないこと

・母体にもミラー症候群の影響が出てきていること

 

入院時40,000だった私のHCGの値はこの時300,000を超えていた。

日々増える羊水に息苦しくて夜も眠れなかった。

尿も出にくくなっていて、むくみも増えてきていた。

 

日々悪化して苦しむ私の姿を見て旦那は

「妻は、もっと悪くなるんですよね?どうにかできないんですか。」

と先生に聞いてくれたが

「改善方法は妊娠を終わらせるしかない。しかし、今の段階で子供を産むことも中絶することもできないんですよ。」と。

 

私たちには選択することすら許されない。

何もできない。

”待つ”こと以外何もできないのだ。

 

終わりの見えない入院生活

将来への不安

一向に良くならない病状

何もできない現状


私は限界だった。

「じゃあ、もう私かこの子が死ぬのを待てってことですよね?それ以外、何もできないんですよね!!」

声を荒げて泣きながら先生に言った。

先生はそんな私に

「おなかの子に愛情を注いであげてください。おなかを撫でて話しかけて、今一緒に過ごせる時間を大切にしてください。」と言った。

 

正直、何きれいごとを言っているんだ、と腹が立った。

そんなことしてこれ以上愛着が沸いたら、この子が亡くなった時に耐えられないじゃないか。

 

面談が終わり、夜ひとりでベッドで今日のことを思い出していた。

そのとき思った。

初めておなかの子と自分の立場を置き換えてみた。

もし、私が今病気になって”ほぼ助からない”となった時、

誰もそばにいてくれなかったら・・・?

 

「もう死ぬんだから、辛そうな姿見たくない。」

「会っちゃったら、そのあと辛くなるから。」

なんて、誰もお見舞いに来なかったら・・・?

 

そんなの絶対嫌だ、寂しすぎると思った。

 

そうか、そういうことか。

何を自己中心的に考えていたんだ。

こんなに簡単なことか。

 

そう思えたら心が軽くなった。

応援しよう。話しかけよう。

おなか、たくさん撫でよう。

一緒に頑張ろうね。

一人じゃないよ、一人になんてしないよ。

今日も生きててくれてありがとう。

 

心からそう思えた。

 

日々の入院生活の楽しみはお見舞いだった。

 

1番来てくれたのはママ(実母)だった。

なんでも相談できて弱音も吐ける本当に心強い存在だった。

元々、ママのことは大好きで、母親であり一番の親友だ。

でも今回のことで親の有難みを本当に本当に感じた。

今思えば、ママは自分の娘と孫、2人の心配していたんだもんね。

片道1時間半以上かかる病院にお見舞いに来て、来ない日には電話をくれた。

心身ともにどれだけ辛かっただろうね。

頭が上がりません、ありがとう。

 

そして親友も来てくれた。

今回の入院のことは基本的に誰にも話していないし話す気にもなれなかった。

だけど、親友2人とは会う予定を入れていたためキャンセル連絡の際に一連の出来事を伝えた。

すぐにお見舞いに来てくれて、私より泣いてくれた。

毎日のようにLINEをくれて3人でくだらない学生時代の思い出とか延々話した。

思わずプッとベッドで一人笑っちゃりして、本当に気が休まった。

有難いなぁ…2人と出会えた、自分の人生に感謝。

ちなみにお見舞い品は、自分じゃ買わないちょっと良いシャンプーとコンディショナー。

これ、すごい嬉しかった!

良いにおいで髪もサラサラでシャワータイムが楽しみになった!!

私も誰かの長期入院の時はぜひプレゼントしようと密かに決めた(笑)

 

私の体は、いろんな数値が日に日に悪くなった。

おなかの子は良くも悪くも変化があまりなく、自分の体だけどんどん悪くなっていくのが許せなかった。

こんなに頑張ってくれてるのに、私の体がダメなんじゃどうしようもない。

先生から「今のうちに」と外出許可が出た。

1泊2日で帰った自分の家は見ただけでなぜか涙が出た。

旦那と同じベッドで眠れることが嬉しかった。

病院へ帰るとホームシックにかかった。

たかが1泊だったのに…こんなことなら家に帰らなきゃ良かったと思う程、寂しかった。

 

2017年3月20日

病院へ帰る車の中で、おなかの子の名前は

「芽生」

メイにしようと決めた。

私たち夫婦の間に芽生えた大事な命。

どうか生きて生まれてきてくれますように。

そんな思いを込めて。

 

結局、名前に込めた願いは叶わなかったけど、芽生は私たちの中で永遠に生き続ける。それに変わりはない。

とても良い名前!自画自賛です♡