自分で決めた道とはいえ、時に険しくもある。

 

心を悩ますもの、嫌な気持ちにさせるもの、


そういうものが、絶えずやってくるときもある。


だだをこねて、自分の欲求だけを押し付ける子供のように


振る舞いたいときもある。


それでも、カレンダーはめくらなければいけない。



けれど、そういったネガティブを見事に忘れさせてくれる日もある。


人生に何日もない特別な一日。


特別な友人からの特別なプレゼント。


なんかすごく、あったかい。


くたびれて、しわしわになった気持ちが


アイロンがけされたように、広がり伸びていく。


揺るぎないものを感じた。


プレゼントをもらったことと同じくらい嬉しいこと、


それは、彼と話ができることだ。


笑い話も真面目な話も全部ひっくるめて、


話をするということ。


学生時代は当たり前だったかもしれないが、


いまでは、それは特別だ。


自分の考えていること、思っていること、


大学時代の楽しかったこと、良い思い出、


そういうのを話せる人がいること、


それが本当に嬉しかった。


こうやって、久しぶりに友人と会って話をすることが、


いまのおれにとって、「幸福」。


世界で一番美しい言葉は「ありがとう」であり、


一番幸福なことは、誰かに「ありがとう」と言えること。


この気持ちをプレゼントとともに、大切にしたい。






(平塚のキリンの話で盛り上がれるなんて、あいかわらずなボクら)











昔から酔っ払った人を見るのが嫌いだった。自分が一生懸命伝えようとしても、次の日には忘れているような人に何か言うことに、意味がないと思っていたからだ。それは今でも、変わらない。大学のサークルの飲み会も嫌いだった。みんなで集まることは、すごくいいことで楽しいことだし、普段話す機会のない人と話すことは楽しみだったけれど、アルコールのせいで、特に大学の飲み会は、楽しい人とそうでない人ができてしまう。もちろんおれが、お酒に強ければそうは思わないのかもしれない。だから、楽しく飲んでいる人たちを責めるつもりはない。けれど、おれはほとんどお酒が飲めないため、そのような場になっていることを残念に思っている。


最近、問題になっている飲酒運転。ほんの一杯のお酒が、大きな悲しみを招くこともある。どんどん罪の意識が軽くなっている。事故を起こさなければ良いと言う問題ではない。一杯二杯ならいいのか、絶対にそんなことは有り得ない。善悪をつけるなら、そこにはゼロと言う線しかない。飲んでるか、飲んでないか、一杯でも飲んで運転しているなら、それは罪だ。飲酒運転の加害者には、もっともっと処分を重くしてほしいと思う。けれど、こんなふうにおれが書いたところで何も変わらないのかもしれない。またどこかで、大量のお酒を飲んだ人がハンドルを握る、善良な市民も通る普通の道路を。そして、明日の朝には、名前の後に、容疑者という言葉がついて、ニュースに登場する。


おれは車を乗る人間だから、最近の飲酒運転の問題は、決して無視できない。自分がお酒を飲まなくたって、同じ道路を走る誰かが飲んでいるから、これはもう気をつけようがない。本当に怖いと思う。今日も運転したけれど、あの曲がり角から車が突っ込んで来るのではないかとか、信号が青でも、交差点で赤でも止まらない車があるのではないかとか、いろいろ考えながら運転した。トラックの運転手はお酒を飲んでいる人が多いというのを、ニュースで見たことがある。彼らは、普通の乗用車をぶつけたところで死ぬことはないだろう。けれど、普通の乗用車の運転手はどうなるだろう。おそらく、軽傷では済まされない大きな悲しみが訪れ、最悪のケースも考えられる。おれは、そういう危険に満ちた道路で彼らと譲り合いなどしながら、仲良くしなければいけない。車を運転する以上、安全に運転しようと心がけることは当然のことだ。けれど、自分がいくら気をつけていても、それは100%安全ということにはならないから、ただただ怖い世の中だと思う。


本当に残念なことだけれど、最近、自分の周りでも飲酒運転の車にぶつけられて命を落とした人がいた。直接の知人ではないけれど、すごくショックであった。亡くなった方の家族に何て言葉をかけていいか分からない。小学生の子供達は、その事実をどうすれば理解できる?。加害者は恨まれて当然、家族に終わりのない悲しみを与えたのだから。だから、毎日流れる飲酒運転のニュースを聞く度、とても悲しい気持ちになる。亡くなった方には、家族も子供もいただろうにと。おれはそのニュースを、無差別テロのニュースと同じ感覚で、毎日見ている。


「ワインの中に、真実が隠されている」。

これはどこか、確かヨーロッパの国のことわざだ。要は、お酒を飲めば、互いの真実を知ることができると言うものだろうけど、おれはそんなふうには思えない。お酒の中に真実が隠れているのなら、おれにはウーロン茶にもオレンジジュースにも真実は隠れているように思う。

この窓の向こうから聞こえる虫たちの鳴き声は、あと何日の間、聴くことができるのだろうか。クーラーをつけている部屋には、絶対にやってこない美しい音色。夏の夜、ちょっとだけ涼しい感じが、すごく好き。仕事が終わって、夜すぐ近くのコンビニに行くことも、いまは楽しい。思うように行かないことが多々ある毎日で、この季節の夜の風だけが、ただ静かに期待に応えてくれる。ささやかだけど、ちょっと嬉しくなる瞬間、夏の夜は、そういうことが多い気がする。


小さな感動、感激、ちょっとだけ嬉しかったこと、そういうものはどんな人の一日にもきっとあると思う。たとえば、虹が見えたとか、背中のかゆいところに手が届いたとか、朝飲んだミルクティーがおいしかったとか、そういう日常にあふれている本当に小さな喜び。けれど、それはあまりにも小さすぎるせいか、多くの人はその瞬間の自分の感情を言葉にはせず、次の瞬間には忘れてしまっている。もし、世界中の人がそんな小さな喜びを言葉にしてみたらどうだろう。どんな簡単な言葉でもいい。とにかく形にしてみたら、、、。少なくとも、きっと今よりは、世界は良くなる。脈絡もなく、そんなことを思った。


何かの番組でユーミンの「Hello,my friend」が流れて、おれの中に急に懐かしさが押し寄せた。。心をぎゅっと掴まれたように、なんだか不思議な気持ちになるのだけれど、良い気分で、過去を懐かしむことができるような、おれにとってはそんな歌。夏の終わりは、この曲がよく似合う。自分で聴こうとして聴いたのではなく、’聴こえてきた’から、一層特別な気持ちになったのかもしれない。


やがてせみの鳴き声も止み、次第に街の色も赤や黄色に衣替え。夏の終わりは、新たな季節を呼んでくる。秋は、おれをどんな気分にさせ、どんなところへ連れて行ってくれるのだろうか。静かに柔らかく降り注ぐ秋の陽射しは、平穏な世界を物語り、透明な光の中、銀杏の落ち葉は、ちょっとばかり哀愁が漂う秋風によって空を舞う。これから始まる新たな季節、おれの中では、何が舞って、どんな事が待っているのだろう。でもおれは、それがどんな小さなものでも、この場所に言葉で形にしたいと思う。


もうそろそろ、新しい友達が来る頃かな。彼は、とてもかっこいいんだけど、金食い虫だからな、慎重にコミュニケーションを取らないと。この秋は、きれいな紅葉でも見たいから、早速彼に連れて行ってもらうように、お願いしなきゃ。



初めて海外のサッカーを肌で感じたあの日の夜のことが忘れられない。イタリア・ミラノ、スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ。通称、サン・シーロスタジアム。テレビでしか見れなかった夢の劇場が、いま自分の目の前に広がっている、そんな至福の時間。あの日の夜のことは、おれの思い出の中でも特別な場所を占めている。畏怖の感覚、驚異、なんなら波動と言ってもいいかもしれない。とにかくすべてが感動で、あらゆる感情がおれに微笑みかけているように見えた。


海外のスポーツを見て興奮するのは、おれは観客にあると思う。おれが行ったその時のサンシーロは、収容人数の半分くらいしか入っていなかったが、サポーターの熱気は凄まじかった。そしてエンターテインメント性に長けた、応援の数々。ゴール裏のサポーター達が、スタジアムをひとつのキャンバスに見立てて、一人ひとりが異なった色の画用紙みたいなものを掲げ、一つの絵、または芸術と呼ぶにふさわしいものを見たとき、おれは特別な感情に襲われた。(日本代表の試合の時に、みんなが青い紙を掲げ、スタジアムを青く染めようみたいなやつ。それを海外では様々な色を使い、一つの絵にしている。)これは、ヨーロッパでは多くのスタジアムで見られる光景だけれども、実際生で見ることができて、鳥肌が立った。たとえば、そういうのを日本でテレビで見たら、観客が盛り上がることによって、その試合内容までもが、すごく面白いものに見えるのだ。観客は、とても大きな力を持っているように見える。


現在、日本で行われている、世界バスケ。先日、その試合のニュースをテレビで見たとき、ある種の失望感に襲われた。おれはバスケットをあまりよく知らないから、試合のレベルを語る事はできないが、それでも何年に一回かの世界一を決める大会なのだから、それ相当のレベルであることは、おれでも容易に判断できる。けれども、おれの目に映った映像は、まばらな観客と、静かに座る日本人。確かに、他国の試合であったし、知っている選手もいなかったのかも知れない。それでもおれは、そんな彼らを見て、試合自体に味気ないものを感じてしまった。もし、これが熱気あふれる満員の観客の中で行われていたならどうだったであろうか。多分、この試合の結果が気になったり、どんな素晴らしいプレーが飛び出したのかなど、興味をそそられていたに違いない。


世界には行ってみたいスタジアムがたくさんある。ヤンキースタジアムもその一つだ。2003年、松井秀喜がニューヨークに行ったあの年、おれはほとんどすべてのヤンキースの試合をNHKのBS放送で見た。もちろんヤンキースは強かったし、とても魅力的なチームなのだけれど、おれは観客を見るのも楽しみの一つであった。日本のように鳴り物の応援ではなく、良いプレーには拍手、そうでないプレーにはブーイング、そういうシンプルなスタイル。おれが一番好きだったのは、ホームランを打ったバッターや、三振を取ったピッチャーがベンチに戻ってくるとき、ヒーローを称えるようにスタンディング・オベーションで迎える光景。素晴らしいと思ったし、それが世界レベルの観客なのだと思った。アメリカの四大スポーツ(野球、バスケ、アメフト。アイスホッケー)は、どのスポーツでも見られる光景だけれど、観客を飽きさせないことを徹底している。たとえば、野球ではイニングが変わる時や、ピッチャーが変わるなど、試合が中断してしまう時には、必ず何かエンターテインメントが用意されている。子供たちが喜ぶようなマスコットが出てきたり、踊りたくなるような楽しい音楽が流れたりなど。何ていうか、選手達も含めてみんなが、その試合を面白いものにするために’一体化’しているのだ。コーラやポップコーンの売り子までもが、それに一役買っている。これは、いかにもエンターテインメントの国らしいと思うが、日本ではそういうものに、はっきりとした線を入れ、区別したがる傾向があると思う。これは一言で言えば、文化なのかもしれないが、ことスポーツに関しては、おれはアメリカナイズされても良いのではないかと思う。


おれは、長期休暇が皆無の仕事で、それはある種の見方をすれば、会社として健康な状態ではないと思っている。若いうちに、たとえ職に就いていようと、いろいろな世界を見たいという希望は常に持っているし、それが自分の可能性を広げてくれるものだと信じているからだ。そしておれは、その経験は絶対に会社にも還元できると思っているのだけれど。いつも同じ場所にいて、一つの考え方しか知らない人よりも、多くの物事を、実際その場所に行って見たり聞いたりした人のほうが、時代に好まれる。可能性や選択肢は多ければ多いほど良いのではないか。


少々、ずれてしまったが、おれには行ってみたいところがたくさんある。その中でも、特にスポーツのスタジアムに行ってみたい。アメリカで言えば、やはりヤンキースタジアムには行ってみたいし、ボストンのフェンウェイ・パークにも行ってみたい。NBAも生の迫力を感じたいし、アメリカで一番人気のあるスポーツ、アメリカンフットボールも一度は見てみたい。ヨーロッパはサッカーだ。行きたい場所は、挙げればキリがない。おれには、世界に’夢の劇場’がたくさんある。あの夜、サンシーロで感じた特別な想いが、おれの人生に、あと何度書かれていくのであろう。それほど多くないかもしれないが、もしそのペンを握らせてもらえるなら、おれはできるだけ多くの特別を、これから先の人生の上に書き込んでいきたい。いまは、そんなふうにテレビで見る夢の劇場を見つめている。






歯ごたえのなくなったブロッコリーは、なぜかおれをひどく物悲しい気分にさせる。

先日、久しぶりに実家に帰った。自分が生まれ育った街を、いつもより時間をかけて歩いてみた。そこに確かにあったはずの駄菓子屋、何もなかった場所に築かれているマンション、自分のイメージしていた風景は、少々古びてしまっていることに気が付いた。新しい景色は、おれの思い出をぼんやりとしたものにさせていく。時代の流れは、おれの歴史に霧をかけているよう、どんどん見えづらいものにさせていく。おれは、この街にとって、もはやアウトサイダーなのかと、不安になる。


一人暮らしを始めて、2年半。コミュニケーションの不足した時代だとつくづく思う。おれは、隣に住む人がどんな人かも知らないし、同じアパートで名前を知っている人もいない。もちろん、相手もおれのことをそう思っているだろう。それは、どこに引越しをしてもそうだった。いまの世の中、コミュニティがどんどん、小さなものになってきている。小さくなりすぎて、自分の家の隣だろうが、外国だろうが、それはどちらも同じで、自分のコミュニティの外の人間達ということだ。たとえば、カレーやシチューを作りすぎても、おすそ分けする時代ではないし、親戚から何か送られてきても、それが友人などには渡ったとしても、隣近所には渡らない、つまりは、そういうことなのだ。


ひとり暮らしの良いところは、自分の家に自分だけのコミュニティを築けるということかもしれないが、それを気付いた途端、地域のコミュニティからは、外れなければならない。開放感と孤独感。そいつは、音も立てず、ひっそりとやってくる。部屋の片隅で静かにしゃがみこんでいて、何も言わず、表情は笑っているようにも見えるが、泣いているようにも見える。そいつは、たとえばおれが、誰かを家に招待した時などは、決して姿を見せない。おれが、部屋で一人でいるときだけにやってくる、得体の知れない何か。おれはそいつを無視することはできない。


’つながり’は極めて重要なことだ。生きてくために、何かを救うために、何かに立ち向かうために。けれども、いまの世の中、’つながり’という言葉が安易に語られているケースが多い。。たとえば、ネット上でしか繋がっていない関係は、それはとてもじゃないが’つながり’とは呼べないし、ただ単に名前だけが携帯の電話帳に入っているケースも、それは’つながり’ではない。何だかみんな、誰かと繋がろう繋がろうって、必死になっているように見える。ひとりでも多くの人と繋がれば、それだけ得点が増えていくみたいに。まるで奥行きのない単純なゲームのよう。おれは、そのゲームに参加するつもりはないし、これからもないとはっきりと断言できる。なぜなら、おれは’つながり’というのが本来、目に見えない無形なものであるということを、知っているからだ。


一人暮らしは、自分で望んだこと。自分には何ができて何ができないか、それを知りたいと思ったからだ。これまで、自分なりではあるけれど、なんとか’生活’ができている。けれども、がむしゃらに突き進む中で、失わざるを得ないものの数々。すべてを突き刺すかのような勢いと、そこに見え隠れする微かな戸惑い。照りつける太陽の下では、存在すら気付かない透明な思いが、夜ひとり部屋から空を見ると、月明かりにくっきりと浮かび上がっている。それは、尊い瞬間と呼べるかもしれないし、少し寂しい希望とも呼べるかもしれない。


今夜、仕事帰りに買ってきたコンビニのお弁当。今日は、その中に入っていた歯ごたえのないブロッコリーが、おれは一人暮らしをしているのだということを、否応なしに確認させた。

横浜のパン屋のメンバーと、毎年恒例となったBBQ。今年もラッキーなことに晴天に恵まれた。普段良く会う人もいれば、久しぶりに会う人もいる。このメンバーは、パン屋を通して知り合った人たちではあるが、仕事の話があまり出ないことが、自分にとって居心地を良くさせている。何気ない会話、下らない馬鹿話、何て素晴らしいコミュニケーションなのであろう。


おれは普段、外がどんなに晴れていても、すごい台風がやってきても、ずっと室内にいるから、何も感じない。気温だって、夏でも冬でも、暑いとか寒いとか、そういうのにも鈍感になっていく。そういう生活をしていると、気持ちよく晴れた空の下が、本当に気持ちよく感じる。自分の肌に紫外線を浴びせることは、本当に久しぶりであった。自分と話しているみんなの目は、とても眩しそうだ、みんなも同じように、おれのことをそう思っただろう。真夏の太陽の下、久しぶりの再会で、それぞれがそれぞれのことを話し、やがてそれが、’会話’になっていく。そして、その会話が新たな会話を呼び、ますます交流が深まっていく。今までだってそれは変わらないけれども、おれはその交流が深まるたび、嬉しい気持ちになる。


このBBQは、毎年、海の公園近くのログハウスで行われている。とても、落ち着いた場所で、いつだって穏やかに時間が過ぎていく。自分がすごく気持ちの良い時間にいることを感じる。肉を焼いて配るのが好きな人、その焼けた肉を待っているのが好きな人、その光景を眺めるのが好きな人、ずっと日当にいる人もいるし、日陰にいる人もいる。いろいろな人がいる、だから面白い。このメンバーは、たとえ自分が何か語らなくとも、気持ちが伝わったりするから、すごく楽だ。自分がどういう人間か、相手が知っていて、相手がどういう人間か自分が知っている、人はそういう空間にいると、知らぬ間に身体が軽くなっていることに気付く。


BBQが一次会だとすれば、二次会は場所を変えて、同年代と遊ぶ。今年はベイサイド・マリーナのスターバックスに行った。おれは、恥ずかしながら、スタバには両手で数えられるくらいの回数しか行ったことがない。みんなが好きなものや、流行っているもの、昔からおれはそういうものを毛嫌いしてきた傾向があるからだ。大多数というのは、おれの中で何の意味も持たない。多分それは、これからも変わらないと思う。みんなが気付かないような、自分にしか分からないような面白さ、楽しさを探したりするほうがずっといいし、おれの性に合っている。これは、ひとつのスタイルだ。受け入れてくれる人、受け入れてくれない人、どちらもいると思うけど、おれはこれからも、自分の好きなものを好きと言うことしかできない。


スタバでは、本当にどうでもいい話に終始した。いま、何匹の蚊に刺されているとか、爪の切り方はいつもどうだとか、そういう話。でも、そういう本当に意味のない下らない話の中に、本当の楽しさは眠っているのかもしれない。陽が落ち始めた夕暮れ時、ゆっくりとした時間に身を置き、おれは子供の時に感じていた楽しさを少し思い出せた気がした。


年に一度の、おれにとってすごく意味のある日。楽しみにしていたことが終わってしまった心には、夏の終わりの海の家のように、どこか寂しいものを感じる。それでも、当たり前のように時間は過ぎていくし、当たり前のように仕事は待っている。けれど、このBBQは、毎年行わなければいけないと、おれは思っている。メンバーは確かに仕事を通じての関係だけれど、仕事だけで繋がっている関係ではない。今後、続けていく人もいれば、辞める人も出てくるだろう。でもこの日だけは、そんなの関係ないのだ。ただ単に、毎年同じ日に、楽しいことが待っていてほしい。おれにとって意味のある日、もしこのBBQがなくなったら、おれはどうやって夏と秋を区切ることができよう。




それは、年に一回くらいかもしれないし、あるいは、月に一回かもしれない。周期に決まったものはないが、おれは小学校の時から同じ夢を見ている。場所も状況も、夢の内容も、初めて見て以来、少しも変わらない。夢はいつだって曖昧で、目が覚めたとき、記憶が不確かな場合が多い。夢はいつだって、不思議に満ちていて、学生の頃の友人と仕事先の人が、一緒に登場したり、行ったこともない場所に自分がいたりする。たとえば夢が、一つの作品であるなら、あらゆる面において不完全だ。物語の終着が一向に見えてこないし、そもそも物語の主旨が分からない。けれど。おれが小学校の時から見ている夢は、それらとは明らかに違う。簡単に言えば、それはおれにとって、とても怖い夢だ。


場所は、おれが小学校の時に住んでいた社宅の近くにある公園。そこは、すべり台があって、ブランコがあって、砂場があるどこにでもあるような普通の公園だ。そしておれは、そこで何人かの友達と、いつも遊んでいた。その公園に嫌な記憶などひとつもない。ただひとつ、この怖い夢が始まる瞬間の舞台という以外は。


この夢が始まる時、おれはいつも一人で、視線の先にはいつも同じものが見える。それは、猫だ。1匹ではない。いつも10匹以上はいて、群れを成している。しばらくの間、おれも猫達も、一歩も動かず、互いの一挙手一投足を注意深く観察している。やがて、おれは、怖くなって、そこから逃げる。猫達は猛スピードで、追いかけてくるのだが、なぜかおれも猛スピードで逃げることができ、この時点では追いつかれることはなく、ある一定の距離感を保つことができる。


おれは走り続ける。夢だから、正確に時間を計ることはできないが、おれは結構長く走っている気がする。無我夢中に、ただ追いかけてくる猫達を振り切るために。しかし、ある瞬間、さらに怖いものと出くわす。それは、またもや群れを成す猫達だ。自分の後ろにいるはずの猫達が、前方でおれを待ち構えている。後ろを振り返ると、さっきまで追いかけていた猫達は、もうどこにもいない。前方の猫達がおれの方に向かってくる。おれは、走ってきた道を戻るように、必死で逃げる。


こういうのが何回か続く。おれはずっと逃げ続けている。しばらく経つと、周りに猫が見えなくなっている。おれは、安堵し、最初の公園のベンチに座っている。しかし、次の瞬間、おれが座るベンチを囲むように、振り切ったはずのすべての猫がいることに気付く。そして、いっせいにおれのほうに向かってくる瞬間、おれは目が覚める。


相談することなど、この先ないと思うが、精神科医に話したら、どんな答えを用意してくるのだろう。しかし、不思議なことに、この夢は、疲れているときや、落ち込んでいる時に見るとは限らない。すごく嬉しいことがあった夜にも見たことがある。ゆえに、どんな気分で目を閉じても、見る可能性があることは、とても怖いと思うのだが。もちろんおれだって、嬉しい夢を見ることはある。朝、目を開けた瞬間、何となくハッピーだったときも、何度もある。怖い夢は、この夢くらいしか、思い出せないくらいだ。けれど、おれは、怖い夢は小学校の時から同じ夢を見ている。


おれは確かに、昔から猫は苦手だ。触ることもできないし、きっと近づくことすらできない。道端で野良猫を見るだけで嫌な気分になる。猫をかわいいと思っている人がたくさんいることは知っている。それを否定する気持ちは全くないが、おれは恐怖心を、一生持ち続けるのだと思う。この夢の話を友人などに話すと、「昔、何か嫌な経験でもあったの?」と聞かれるのだけれど、そういう記憶は全くない。この部分は、自分でも不思議に思っている。


誰だって、苦手なものはある。誰だって、怖い夢を見るだろう。おれは、今日のブログで、あまりに多く時間、猫のことについて考えてしまったため、少し疲れてしまった。今夜はもう、眠ることにしよう。今夜はどんな夢を見るのだろうか。人は一晩に3度、夢を見るらしい。最近は怖い夢を見ていない。今夜もその3つの部屋に、猫が入ってこないグッドラックがあればいいな。









甲本ヒロトの声が心地よい。


いま、毎日といっていいほどブルーハーツを聴いている。仕事が終わって家に帰れば、テレビではなく、コンポの電源を入れる。休日、部屋の掃除をする時も、洗濯物を干したりするときも、おれの耳に心に彼らの音楽が届く。甲本ヒロトは、おれの部屋ではCDラックではなく、コンポが住居となった。彼らの音楽は、決して難しいことをしていない、シンプルなものだ。ただ単に、得体の知れない衝動を、リズムと音と言葉にし、現実を突き刺しているような音楽。歌声も言葉も、決してきれいなものではないが、その裏には途方もない美しさが隠れている。春に引っ越してから数ヶ月、いつしか、彼らの音楽がおれの日常と化した。


現首相の小泉さんは、質疑応答にワンフレーズで応える場合が多い。けれど、「えっ、それだけ?」とは思うことは少ない。ブルーハーツも、それによく似ている。シンプルな言葉は、聞く側にはとても心地良いものなのだ。それは現在の社会も影響する。難しい言葉を並べ、理解するのに時間を要するメッセージを選ぶ政治家やミュージシャンが多いからこそ、彼らのように、伝えたいことだけを、できるだけ短く伝える手法は、おれにとっては、受け入れやすいのだ。たとえば、疲れているときや、あまり多くの物事を考えたくない時など、シンプルなものは心を癒し、安らぎを与えてくれる。


ブルーハーツを聴いていて思うこと、それは「強さ」だ。言い尽くされた当たり前の真理を、当たり前だからこそ大きな声で言っているだけの音楽かもしれない。けれども、社会に出て大人の知恵ってやつを学びだすと、人は何かに怯えるように小声になっていく。当たり前のことなら、なおさら大きな声でなんか言えやしない。だからこそ、「ブルーハーツ=強さ」に、おれの中では結びつく。もちろん、大きな声で歌うミュージシャンはたくさんいるけれど、彼らにしかない強烈な何かを、おれはいま感じている。それは多分、彼らの音楽を聴くと、あまりにも生々しい現実の彩りがおれの心の中で広がり、身体のあらゆる部分の逃走を防ぎ、強く生きなければいけないことを確認させてくれるからだろう。


古着屋に行き、ちょっと汚れていたり色褪せた服を見たりすること。それは、他のどこにもなく、その服にしか出せない’味’であると思うし、おれはそういうのを眺めたりすることがけっこう好きだ。ブルーハーツを聴くことは、その感覚に近いものがある。新品できれいな服が好きな人には、ブルーハーツの良さは到底分かりっこない。きれいなメロディー、きれいな歌声、きれいな言葉、そういうものがなくても美しい音楽はある。それは音楽に限らず、服でも家具でも同じ。ちょっと汚れていたり、傷があったりするのも、一つの魅力であり、そのものにしか出せない’色’ではないだろうか、とおれは思っている。最近おれは、お金を出して本当にほしいというものは、そういうものばかりだ。たとえば、そのジャンルに「人間」というものがあるなら、、、それは、おれの理想像であり、おれはそういう人間になりたい。


正直に言えば、おれはブルーハーツのことをあまり知らない。彼らがどういう人間で、ブルーハーツにはどんな歴史があるのかなど。もっと知りたいと思えば、きっと知りたくないことも知るようになるのだと思う。評価は単純に、CDから流れてくる音だけ。でもそれでいいと思っているし、これからプライベートな部分など調べることもないと思う。彼らが勝手にやっていたことを、おれが勝手に共感しているだけ。ミュージシャンとファンの関係の根底にあるものは、そういうものだと、おれは思っている。

「アメリカは少々、歳を取り過ぎたのかもしれない。20世紀から続くアメリカ中心の世界が、一つの喜劇であるなら、そのストーリーは、あまりにも先に進みすぎた。彼らには、もうほとんど、台詞は残っていない。」


たとえば、この世の中に石油と言うものがなければ、人々の暮らしは今よりも豊かではなかったかもしれないが、確実に人と人とが争うことも少なかったはずだ。石油は、生活水準を向上させたのと同時に、人々の中に住む憎しみまでも育ててしまった。アメリカに代表される資本主義国家と、アラブ諸国およびイスラム教との対立は、石油の利権争いを背景に、世界各地に紛争地を創っていく。


双方で1100人以上の死者を出したといわれる、イスラエルとレバノンのイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラの対立。連日、どちらかが襲撃したニュースが流れ、そのニュースに最後には決まって、悲しい眼をした子供たちが映し出される。人が人を殺すということに正しいことなんて絶対にないはず。けれど、どうしてアメリカはイスラエルの攻撃を支持するのであろうか。世界のリーダーである自覚が少しでもあるのなら、背景にどんな理由があるにせよ、まずは争いを止めさせ、関係のない被害者の続出の現状を変えるべきである。子供のけんかに親が割って入って、加勢するなんて、誰が理解できる?


イギリス・ヒースロー空港で起きた同時多発テロ未遂。誰もが、5年前のあの日のことを思い出した。あの時のアメリカのヒステリックな報道に対し、イギリスはいたって冷静な対応。イギリスにとってテロは、IRA(アイルランド共和国軍)との闘争により、慣れてしまっているのだろうか。イギリス現地の住民達は口を揃えてこう言う。「テロへの最も賢い方法は、無関心を装うこと。」確かにそうかもしれないが、おれは少し、虚しさを感じた。誰かが命を落としていることに、無関心が最も良い方法であるなんて。でも、もしかしたら、本当に残念なことであるが、これが、世界の現状の縮図であるのかもしれない。


おれは、アメリカを3度、訪れたことがある。他のどんな国よりも、エンターテインメントとホスピタリティー性に長けた素晴らしい国だと、個人的には思っている。一生忘れることのできぬ、良い思い出も多くあることも事実だ。けれど、政治・経済の強引な手法には、首を傾げざる得ない。大国であるから、大きな力を持っているから、何をしても許されるという考えは、あまりにも傲慢で、中世的な考えであるように見える。産声を上げたばかりの21世紀、彼らにはもうほとんど台詞は残っていない。これからは、世界各地の代表が集まった国連が、最も大きな力を持っていなければならない。もちろん、20世紀だって、そうでなければならなかったはずだが。アメリカは、その国連の本部がニューヨークにあるだけでも十分ではないだろうか。


21世紀は、国家の問題よりも地球の問題が大きくなっていくと思う。環境問題、人口問題、食糧問題、エネルギー問題、感染症系の疾病の問題などなど。もう、国家と国家の対立なんて言ってられない時代に突入しているのだ。事態はどんどん深刻になっているのに、どうしたら人類は生き延びれるか考えなければならないのに、どうして人と人とが殺し合う?それを、「矛盾」だと一言で片付けるのは簡単だけれど、そうはいかない。資本主義だ、社会主義だじゃなくて、黒人だ、白人だじゃなくて、キリスト教だ、イスラム教だじゃなくて、そういうことに何の意味も持たぬ、ひとりの地球人として。それぞれが何をしなければいけないか、考えなくてはいけない時代なのだと、おれは思う。


「外は、とても気持ちがよく、雲一つない良い天気。そんな眺めを見ながら、地球はソファーのような柔らかいものに横たわり、うとうとしてしまう。こんな平和な時間がずっと続けばいいと思いながら。どれくらいの間、夢を見ていたのだろう。外から聞こえる激しい音で、ふと目を覚ました。何かが落ちて、地面を叩きつけている音。それは、人々の涙なのだろうか、それとも、雨なのだろうか。もし、雨だとしても、それは20年前のチェルノブイリに落ちた黒い雨よりも、もっと残酷な雨だ。濡れてしまった洗濯物は、すぐには乾かない。地球は、どうしてもっと早く気付かなかったのだと、ただただ後悔した。」







「サヨナラ」を言う時が来たんだ。


あなたの引退を、おれは手が痛くなるまで、拍手をするだろう。


きっと何かの自然な流れが流れ、終点に行き着いたのだ。


季節の巡りで移り行く風のように。


たくさんの素晴らしい想い出をありがとう。


絶対に忘れないよ。


おれがあなたと初めて出会った、何年か前の春、


桜が咲き、気持ちよく暖かくなり始めた、あの日のことを。


おれはあなたと出会えて本当に嬉しかったんだ。


気の利いた言葉ひとつ言えたなら、もっと良かったのだろうけど。


あなたと出会ってから、おれの思い出のほとんどに、あなたはいる。


あなたは、おれの友人達からも、とても好かれていたんだ。


あなたの引退を友人達が知ったら、おれと同じ行動をするはずだよ。


みんな、とても残念な気持ちになるだろうね。


大学の時は、雨の日も風の強い日も、毎日一緒で、


合宿で遠出する時だって、朝早いのに付いて来てくれた。


暑い日には涼しい風を、寒い日には暖かい風を、おれに送ってくれたよね。


あなたと一緒にいるときに、音楽を聴くことは最高だったよ。


けれど、あなたはいくらか歳を取りすぎてしまったようだ。


あなたと同世代は、とうに引退してることをおれは知っている。


おれは、随分とあなたに無理をさせていたのかもしれないね。


だけど、あなたがいつも家の近くで待っていてくれることが、


おれには心強かったんだ。


言い訳にもならないかもしれないけど。


あなたは、お世辞にも美形とはいえないし、


特別な能力だって持ち合わせていない。


けれど、あなたの世界で最も重要な健康ということは、


他の誰にも引けを取っていなかった。


きっと、あなたの親が素晴らしかったんだね。


確か名前は、TOYOTAさんだっけ。


おれは、あなたの代わりも、あなたの親に、


お願いするつもりだよ。


最後に。本当に感謝の気持ちでいっぱいだから


もう一度だけ、言わせてほしい。


「ありがとう。」 そして、「おつかれさま。」