~5日目~ (FIRENZE-VENEZIA)


午前中はフィレンツェの市内観光。目的地は、フィレンツェの象徴、ドゥオーモ。そして、高さ107メートルのクーポラから街を見渡すこと。日本でも大ヒットした映画「冷静と情熱のあいだ」で一躍、日本で有名なイタリアの観光地となった。しかし、上に行くまでの螺旋状の狭い階段はきつく、先が見えないということは、とても苦しいことであった。階段を20分近く登ると、そこに待っていたものは映画で見たそのままの景色だった。フィレンツェにあるすべてのものが、そこからは見えた。風景画のような、芸術的な景色。辛かったことを見事なまでに忘れさせてくれた。そういう素晴らしいものを見るためには、多少の代償は必ずある。そう、虹を見るためには雨を我慢しなくてはならないということだ。その景色はいつまでも、人々を癒してくれるに違いない。しかし、残念だったこともあった。それは、素晴らしい景色を台無しにするような落書きが数多くあり、その多くは日本語であったことだ。確かに、イタリア語や英語も多く書かれていたけど、そんなことが落書きをする理由になるはずがない。とても恥ずかしいと思った。せっかくの景色に泥を塗るような行為だと思う。


その後、フィレンツェのお土産の代表格とされるマーブル紙のお店へ。職人の手で一枚一枚作られているそれは、機械では絶対に出せない色であり、芸術であった。店自体も優しくて温かくて、落ち着いた店で、店員の方もおれたちにすごく親切に対応してくれた。一回行っただけで、ファンになってしまうような、そんな店。マーブル紙のように、その街の伝統のもの、そういうものはどれだけ便利な世の中になったとしてもなくならないでほしい。友人たちは、その店のいくつかを購入し、とても嬉しそうであった。


午後は移動。花の都から水の都へ約3時間の電車の旅。途中、サッカーチームがある街として知っていた街をいくつか通った。ベネチア到着。駅の前にすぐ、水上バスが観光客を出迎えている。’水の都’と言われているだけあるなぁと思った。おれたちももちろん水上バスを使っての移動であったが、基本的には普通のバスと何ら変わりはない。お金を払って、目的地まで行く、ただそれだけのことだ。けれど、ベネチアという街は、そんな普通のことでも、’特別’に変えてくれる。何というか、街自体が歴史同様、どこの国にも属さないような自由な雰囲気を漂わせている。これが独裁政治にも傾かなかった強さなのかもしれないと思った。


おれたちは水上バスを降り、サンマルコ広場を通って宿泊のホテルを目指した。街中は、道がとても狭く、人が一人通ると、すれ違う人は歩きにくくなる。しかし、そんな窮屈な道を通り抜けてサンマルコ広場にでも行ったものなら、そこはとんでもなく広大な広場に感じるであろう。これは、きっとサンマルコ広場を際立たせるための街の演出なんだと思った。


ホテルに荷物を置いた後、市内観光。夜の7時を回ったところだった。街の中にいくつもあるお土産のお店、そのほとんどがカーニバルの仮面かベネチアングラスであった。特にベネチアングラスに、おれは興味を持った。ヴェネチアン共和国の繁栄を映す芸術品、すごくきれいであった。こんなものが何百年も前からあったなんてとても信じられない。1個くらい買って帰ろうかと思ったが、日本に持って帰るには、あまりにも不安が大きすぎた。壊れたらどうしようと思うほど、それぞれがとても繊細に作られていた。


夕食はホテル近くのトラットリアで。おれが注文したピザが本当に美味しかった。日本にはないようなピザで、ハムが美味しいということもあるだろうが、生地もトマトソースも今まで食べたピザとは明らかに一線を引く味であった。「そう!これ。」と、思わず口にしてしまうような、求めていたピザであったので、この夜はとても良い気分で眠りにつくことができた。

~4日目~ (ROMA-FIRENZE)


朝早くホテルを出発、電車でフィレンツェへ。おれにとって、海外で初の電車移動。窓の外は、「世界の車窓から」に出てくるような景色がどこまでも続いた。それでも飽きずに眺めることができたのは、脚光を浴びることのない’普通のイタリア’もしくは普通の家々を見ることができたからだ。実際に行かなければ感じられないもの、そういうものと出会えた気がした。


お昼前にフィレンツェに到着。日曜日の午前中だったせいか、人通りが少ない。ローマと違って寂しい印象を受けた。ホテルに荷物を置き、近くのカフェで昼食を取った後、フィレンツェ観光。街を歩くと、露天の多さに驚く。革ジャンやTシャツやサッカーのユニホームが所狭しと売られていた。ちなみにフィレンツェの街のマークは百合の紋章。ドラゴンアッシュみたいでカッコイイなと思った。フィレンツェといえば、やっぱり「冷静と情熱の間」でも有名になったドゥオーモ。しかし、この日は上まで行けないとのことであったので、次の日に行くことにした。


ドゥオーモ近辺を見て回った後、ヴェッキオ橋へ。橋の素晴らしさよりも、そこから眺める景色に感動した。ローマと違って、落ち着いた気分で観光している自分に気づいた。おれは、こういうのをイタリアに求めていた。橋の上に立ち遠くを眺めると、時間がゆっくり流れているのを感じる。その感触は、毎日急かされるように生活していたおれにとって、あまりに温かく優しかった。そんな気分のまま、橋のすぐそばのウィフィツィ美術館へ。美術館というのはいつだって、静かな期待を抱かせてくれる。その感覚がたまらなく好きだ。少しの物音さえ許されない空間の中で、作品の一つ一つを丁寧に見る。あらゆる作品たちがおれに’何か’を伝えようとしていて、その度におれは気の利いた言葉を探していくのだった。時代を超えて、偉人たちと会話しているような感覚の余韻を残したまま、おれたちはこの美術館を後にした。


その後、カフェで甘いチョコレートを飲み、ブランド街へ。おれは日本でもそうだけど、ブランド名や有名度でモノを判断しない。むしろ、ブランド好きと思われるのが嫌で、そういうのを避けて生きてきた。あくまで基準は自分の中にある。けれど、ブランドに魅せられて、笑みを浮かべる人は嫌いではない。


一度ホテルに戻り、夕食へ。おれたちは、トラットリア・アンジョリーノというレストランへ行った。店内はやや薄暗く、それが逆に良い雰囲気を出していた。店員が着ていたシャツも、イタリア人にとても良く似合うストライプのシャツですごくかっこいい。席に着き、メニューを見ると、すべてイタリア語で書かれていたので、どんな料理だか分からなかった。でもこれが、海外に行く時の楽しみの一つでもある。何が出てくるか分からないドキドキ感。とりあえず、料理の名前で良さそうなものを一つ選び、運ばれてくるのを楽しみに待った。しかし、おれの前に置かれたのは、ふつうのペンネであった。ちょっと、拍子抜けしたが味はすごく良かった。美味しいペンネだったと思う。みんな、注文したものに満足だったらしく、ホテルまでの帰りの道は、良い気分で歩くことができた。

~3日目~ (ROMA)


昨日同様、朝食はホテルのバイキング。 パンやクッキーやヨーグルト、日本でも食べられるものなのに、特別においしく感じられた。前にも書いたが、朝食がおいしいということは重要で、良い一日になることを予感させる。これは、日本でもできることなので、実践していきたいと思った。


この日最初の目的地は、トレビの泉。バロック様式のダイナミックな噴水は見るものを魅了させる。彫刻と水の相性がとても良く、優雅で和やかな気持ちにさせてくれた。そして、水の中に沈む投げ入れられたコインもまた、この場所のひとつの重要なアクセントになっているような気がした。次におれたちは、映画「ローマの休日」でも有名なスペイン広場へ。せっかく来る機会を持てたのだから、一度日本で映画を見ておけば良かったと思った。ここで恋人や友人と待ち合わせなんかしたら、やっぱりカッコイイ。渋谷のハチ公前や新宿の小田急改札前なんかで待ち合わせるよりも、やっぱり全然カッコイイ。「じゃー、12時にスペイン広場で」みたいに約束とかしてみたいなぁ、なんて思ったりもした。


昼食はマクドナルドへ。一度くらい行くかなぁと思っていたけど、こんなに早く行くとは思わなかった。味は日本のそれとあまり変わらない。昼食中、隣の席に座っていたローマの子供たちが、おれたちをじろじろと見ていた。イタリアに来て初めて、自分たちは外国人なんだ、ということを意識した。


この旅は、男2人、女3人の旅行であり、午後の行動は二つに分かれて自由行動となった。女性陣は買いモノ、そして我々男性陣はサッカーのASローマとラツィオのホームスタジアムである、スタディオ・オリンピコを目指した。ここは、90年イタリアW杯で決勝戦を行った場所。何より、小学校の時から憧れていたセリエAのスタジアムに自分がいけることが嬉しかった。ここで、マテウスがワールドカップを掲げ、中田英寿がスクデットを取ったと思うと、高鳴る胸を押さえることができず、ただただ興奮した。しかし、このスタディオ・オリンピコ、行くまでが本当に遠かった!ホテルから何時間歩いたか分からない。途中で道を聞いたのだが、ビックリされ、馬鹿にされた。「歩いていくなんて信じられない!あんたたち馬鹿じゃないの!」多分そんなようなことを言っていたと思う。本来はバスか電車で行くらしかった。それは、長時間歩き、疲れ果てた両足が教えてくれた。そういえば、行く途中の公園で散歩中のドーベルマンにおれたちは追いかけられた。信じられないことに、ドーベルマンを野放しで散歩させていたのだ。おれたちは、疲れていることも忘れ、全力で逃げた。結局、飼い主の一声でドーベルマンはおれたちを追いかけるのをやめたが、本当に怖かった。飼っている動物を可愛がっているのは飼い主だけ、他人に迷惑をかけることなどあってはならない。それは万国共通であってほしい。動物が苦手なおれたちには、その時、切実に思ったのであった。ちなみに帰りも徒歩。あたりがだんだん暗くなっていったせいもあり、二人とも無言の帰路となった。


ホテルに着くと両足かなりの筋肉痛。次の日の観光が心配だったこともあり、近くで夕食を済ませ、早めに眠ってしまった。



~2日目~ (ROMA)


ローマ観光初日。眠らずにいたせいか、身体の調子がおかしい。しかし、ローマを観光できる喜びは、何にも変え難い。朝食は、ホテルで簡単なバイキング形式のもので済ませた。飛行機の時間が長かったせいか、久しぶりにちゃんとしたものを食べた気がした。朝食後、一人でホテル近くの売店にタバコを買いに行った。外は少し寒かったが、眠ってないおれにはすごく気持ちの良い風であった。


本日最初の目的地は、パンテノン。古代ローマ帝国を感じさせる建築。力強い帝国の象徴とされる建物であった。それから、ナヴェーナ広場を通り、バチカンのサンピエトロ寺院へ。広くて大きくて、何より人がたくさんいた。一応おれにとって、海外三カ国目。建物の中には入らなかったが、ここがカトリック教徒にとって重要な意味を成す場所だということは、十分に理解できた。バチカンを後にし、次の目的地、真実の口へ。思っていたよりも小さな場所であった。観光客のあまり来ておらず、知名度のわりには、地味な印象を受けた。でも、一応口の中に手をいれ、思い出の写真は残しておいた。


そろそろお昼の時間となっていたため、とりあえずおれたちは昼食をとることにした。イタリアに来て、初の外食。最初はパスタかなと思い、注文したところ、味といい量といい満足できるものではなかった。そんなことを悔やみながら、次の目的地、フォロ・ロマーノへ。ここは、パンテノンと同様、ここぞローマ帝国!と思わせる古代の巨大な彫刻が立ち並んでいた。この場所は何でもない普通の石とかにも特別な意味がありそうな気がした。おれたちが生まれる何千年も前に、こんなすごいものがあったかと思うと、古代の多くの偉人たちを尊敬せずにいられない。一つ一つの彫刻が繊細に彫られていて、それらが街中に普通にあることに感心してしまった。そして本日、最後の目的地、コロッセオへ。この場所も古代ローマ帝国において重要な意味を持つ場所。ちなみにコロッセオとは円形競技場のこと。行った日は、改修中であったため、どのあたりで戦いが行われていたのか理解できなかったが、歴史の重みは深く感じることができた。この日の観光は、タイトルをつけるのであれば、「古代ローマ帝国の建築めぐり」といった感じになるであろう。


この日の行動はすべて徒歩であったため、その後一休みということで、ホテル近くにあるテルミニ駅の中のカフェへ。ここでおれは一つ学んだ。注文をする時、’カフェ’と言ったら、日本で言うエスプレッソが出てきたのだ。エスプレッソは本来、食後に一口で飲むコーヒーのことで、この時おれが望んでいたものとは明らかに違った。そしておれは、もうこの旅では、’カフェ’と注文しない、と決めたのであった。


夕食はみんな歩き疲れていて疲労度が高かったため、ホテル近くのトラットリアへ。トラットリアとは、日本語で言うと軽食堂みたいな感じ。おれは、ピザを注文したのだけれど、日本のものと明らかに違うとは思わなかった。残念ながら、これぐらいなら充分日本でも食べられるとさえ思った。前日、全く眠っていないおれは、ホテルに戻るとすぐにベッドに倒れこみ、夢の中へ。

2004年、1月から2月にかけて友人とイタリアに行った思い出。



~初日~ (Tokyo,Moscow,Roma)


みんなとの集合時間に1時間も早く着いてしまった。「期待」と「不安」が、交通量の多い交差点のように、幾つもいくつも駆けていく。世界的に治安の良くない情勢の中で、安全で楽しい旅がイタリアで待っていてくれているであろうか。それでも学生生活の締めくくりとなるこの旅に期待しないわけにはいかなかった。


行きの飛行機は東京ーモスクワーローマという経由で目指すことになっている。相変わらず、飛行機という空間は、狭くて退屈で息苦しい場所だ。進んでいく機体のすさまじい音は、おれを眠らせてはくれない。


日本から10時間かけてモスクワに着いた。だが、ここで予期せぬ事態が。。。なんと、モスクワの空港が大雪のため着陸できないとのことだった。急遽、モスクワからロシア第二の都市サンクトペテルブルグの空港へ。真冬とはいえ、おれたちの旅はいきなり出鼻をくじかれることとなった。


やっとのことでモスクワに到着。もう随分と予定時間をオーバーしている。モスクワの空港は、とても寂しい感じがした。暗くて静かで、何より行き交う人々に笑顔がない。おれたちは早くここから抜け出したい気持ちでいっぱいであった。


予定時間より随分と遅れてローマのレオナルド・ダ・ビンチ空港へ到着。深夜3時をまわったところだ。時間が時間だけに誰も歩いてはいない。店ももちろん閉まっている。どの交通機関も眠りにについてしまっていた。しかし、ラッキーなことにテルミニ駅へ向かう一台のバスを見つけ、それに乗り込みホテルを目指した。(このバスはきっと、飛行機が遅れたために出た臨時バスだったのであろう。)


ホテルに到着したのは、朝方4時半であった。こんな時間にやってきた日本人に対しても、ホテルの人が親切に対応してくれたのが有り難かった。部屋に入り、とりあえず、シャワーへ。シャワー室は今までに見たこともないくらい狭い空間であったが、少しでもさっぱりした気持ちになれただけで、なんだか安心した。眠ってしまうと起きられる自信がなかったので、そのまま眠らずに2日目を迎えることにした。





家の近所に古着屋ができた。そこには、仕事帰りにほぼ毎日寄っている。おれが行く時間は、閉店間際ということもあって、いつも客は誰もいない。店内は狭く、かばんやリュックを持っている時は歩きにくい。流れている曲は、一応洋楽だけれども、コンポの調子が悪いらしく、いつも音が飛んだりしている。おれが店の中に入っても、店員は特に何も言わない。


けれども、その店に入ると不思議なことに、おれはすごく落ち着いた気持ちになる。薄暗い店内で、おれはなんとなく癒されている。仕事で嫌なことがあっても、店に入るといつの間にか忘れている。いつも、どんな時だって、決して高圧的にモノを言うわけではなく、おれの要求に静かに応えてくれる。


店員はいつもストレスがまったくないような、そんな感じに見える。きっと、ただお金のためではなく、好きだからやっているのだろう。そもそも、この店自体が商業的な匂いが全くしない。でもこれが古着屋なんだと思う。というか、そうであってほしい。最近は、原宿なんかに大型の古着屋ができていて、そういうのも嫌いじゃないけど、なんとなく違和感もあった。狭くて薄暗くて、ただ洋楽のロックの音だけが聞こえる、みたいなの方がおれは好き。


今の自分にとって、その店に行くことは、1日の時間軸の中でとても重要なことだ。何回か買ったこともあるが、その店に行くことは決して買うことだけが目的ではない。これは、東京に来て見つけた、数少ない楽しみの一つだ。そういう楽しみに出会えて本当に良かった。


一日中、自分の好きな服に囲まれ、好きな音楽を流し、本でも読みながら、ずっと座っている。客が来て何か聞かれれば、ただ自分の思っていることを言うだけ。生計を立てるということを考えなければ、なんて素晴らしい職業なんだと思う。まさに、人生を楽しむための職業!、なんて思ったりもしている。実に、羨ましい限りだ。いつも、そんなことを考えながら、おれは店を後にする。



人はよく’自由を手に入れたい’なんていうかっこいい言葉を使う。

「自由」って何だろう?

おれは昔からその疑問を抱き続けていて、今もその確かな答えは見つからず、そしてこの先も見つからないと思っている。たとえば、「自由」というものが、ある種の時間的なもの、又は場所的なものであるのなら、おれの答えはずっと前から出ている。


「完全な自由とは、人間にとって不必要なものだ。」


ほとんどの人間は、何かに束縛されていないと生きれない動物である。たとえば、おれたちは法を持つ国家に存在しているわけで、守らなければいけないルールの中で、日々生活をしている。もし、明日から一生自由にしていいよ、なんて言われたらどうしていいか困ってしまうだろう。何日かは幸せを感じるかもしれないが、多くの時間に退屈が付きまとうに違いない。大事なのは、バランスだ。何かをしなければいけない日があるからこそ、何をしてもいいが日が待ちどうしくなるわけで、毎日自由なら、それはもう自由でもなんでもない。


でも、「自由」って抽象的で不完全な言葉なのではないか、そんな気もしている。その不完全さゆえ、人間の心を惹きつけるのではないか、完全な言葉ではないゆえ、おれたちの理想を膨らますのではないか。

最終的にたどり着く答えというものは、たぶんどこにもない。

村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」を半年くらい前に読んだ感想。


読むことに飽きない素晴らしい作品。近未来小説にかけては村上龍さんの右に出るものはいないと思う。書き下ろされてからもう15年も経っている小説であるのに、まるで現在の様子を描いているようなリアリティー。日本と諸外国の関係性を見事なまでに当てている。


果たして、主人公・鈴原冬二はファシスト(独裁者)であろうか。それは、人それぞれ思うところがあるだろう。

ただし、民主主義国家といえど、強烈なリーダーシップを持つ人は必要だと思った。特に疲れた時代には、そういう人材が望まれることがある。ドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニもまた、疲れた時代に突如として現れた。今、疲れているこの国が小泉順一郎という人を望んでいるのも、そういう背景があるに違いない。もちろん、小泉さんをヒトラーと同じとは思っていないけれど。


この本を読んでまず思ったことは、非常に力強い作品であるということ。本を読んでそういうふうに思ったことは初めてであった。小説というのは、面白いとか面白くないとか、そのどちらかということでは決してない。

’力強い’という感想もあっていいと思う。人間は強いものを見るとまず、憧れる。’強さ’というのは、どんな分野でも支持されるし、絶対的な存在として受け入れられる。この作品は怖い部分も多く含み、鈴原冬二の考えや行動にすべて賛同というわけではないが、少なからず、強さは感じた。


読んでいる時、また読んだ後、得体の知れぬパワーをもらった気がした作品。出会えてよかったと本当に思える作品。




ヨーロッパでは「カフェ」というのは、コミュニケーションをとる場所。人と人の触れ合いの場所。仲間と集まっていろいろな話をする場所。仕事の合間でも、一息入れる場所。それがヨーロッパでは文化であり、特別なことでもなんでもない。すごく羨ましい。眩しすぎる。


こういうゆっくりとした時間や場所は今のおれにあるだろうか。日本人にあるだろうか。「疲れた時代」だと思う。疲れた時代の疲れている労働者たち。忙しいからカフェに行く時間もないのではなく、忙しい時こそ行くような、’余裕’を持つ、そういう文化がこの国にも早く根付いてほしい。


仕事の日は、朝起きてから夜眠るまでずっと、次に何をしなければいけないかを考える。時計に恋をしているわけでもないのに、おれは一日に何度も気になって見てしまう。玄関マットみたいに、一日中寝転んでいたら、どんなに楽だろう。そんなことすら考えてしまう。


カフェの話から少しずれてしまったが、おれが感じているのはカフェというのは時間を気にせずに過ごせる場所ということ。一日に15分でいいから、落ち着いた気持ちで、時計を気にせず、コーヒーでも飲みたい。

そしてそれが個人のレベルではなく、労働者の’当たり前’になるような、そういう時代、そういう文化をおれは待ち望んでいる。




目を閉じると、何年も前の記憶が蘇り、しばらくの間、そこにいたくなる。

古き良き日の思い出、誰にだって心に眠る安らぎの花園。


僕の周りには、たくさんの笑顔が無数の輪を形成し、雲一つない晴れ渡った空の下、僕は’自由’という旗を高らかに掲げる。発する言葉がすべて真実の毎日で、嘘をつくことを知らないあの頃。夜空の星たちに託した大きな希望が、背中を優しく押してくれ、僕はピュアな視野で夢へ近づくことを信じていた。


ところが、順風満帆であった緩やかな流れが、次第にその速度を速め、僕は徐々に高い壁があることを知るようになった。努力だけでは解決できぬ問題、理解できない社会のルール、他人のそして自分の心にも汚れた部分があるということも。


知ったその時は受け入れられずにいたことも、何がきっかけでかは分からないが、いつの間にか受け入れていたりする。それがたとえ、汚い大人の知恵だと思っていたことでも、成長への階段だと、身勝手で強引な解釈によって平気で受け入れていた。


やがて視野はだんだん暗くなる。夢なんか目を閉じて眠っている時にしか見なくなり、理想を語る言葉が見つからなくなっていった。晴れ渡っていたはずの空は、何重にも重なった層の雲で覆われ、今にも雷が落ちそうだ。そんな中、僕は小さな船で激しい流れに負けじと、先へ進もうとしている。


時の流れが徐々に「今」に近づいているのに気づいた。そして僕は、ゆっくりと目を開け、何かについて深く考える。「いま」と「むかし」を天秤にかけても何も変わらない。搾り出した唯一の答えは、シンプルな虚しさだった。