ー9日目ー (Salzburg-Vienna)
連日の冷たい雪、しかし、今はそれが当たり前に感じる。この朝のおれは、前の日の夜のワインのおかげで早く眠れたため、幾分気持ちの良い目覚めとあった。この日も移動日、電車で2時間50分、旅のファイナルの地、ウィーンへ。ザルツブルグを去ることは、少し寂しい気がした。あの素晴らしい街並みを、おれは次にいつ見ることができるだろうか。いや、もしかしたら、もう二度と見ることができないのかもしれない。列車がどんどんザルツブルグから離れていく。おれの気持ちは、窓から見える風景がどれだけ変化しても、しばらくの間、あの川沿いの美しさから離れずにいた。
ウィーンに到着。駅から出て、おれたちがまず出会ったものは、冷たい雪に加え、なんと強風。この旅の中で最も難しい天候であった。ウィーンと聞き、最初に連想するものは、やはり音楽。モーツァルト、ベートーベンをはじめ、ブラームスやシューベルトにヨハン・シュトラウス。小学校の音楽の教科書に出てくる偉大な音楽家たちのほとんどが、全盛期はこのウィーンで活躍した。ザルツブルグも’音楽の都’であるが、このウィーンは’世界一の音楽の都’である。
おれたちはまず、悪天候の中、この旅最後の宿探しをした。しかし、今回もまたザルツブルグ同様、難しいものではなかった。ミュンヘン、ザルツブルグで泊まった宿には、ヨーロッパ中にいわゆるチェーン店があり、このウィーンにもそれがあったからだ。しかし、宿の名前は同じでも、中身は全く異なっていて、幸運なことにこのウィーンの宿は、ミュンヘンやザルツブルグよりもきれいで設備が行き届いていた。
荷物を置き、おれたちは市内観光へ。まず向かった先は、ウィーンに来たら、誰もが必ず訪れるといわれているシェーンブルン宮殿へ。この宮殿は、ブルボン家のベルサイユ宮殿を意識したものと言われ、ハプスブルク家の権力を誇示するものとして、ベルサイユをはるかにしのぐ大規模な計画で建てられた。16人の子供を生んだハプスブルク家の女帝・マリア・テレジア。その末娘のマリー・アントワネットは、15歳でフランスのルイ16世と結婚するまで、夏の宮殿としてここで育った。また、モーツァルトが6歳の時、この宮殿でマリア・テレジアの前で演奏した時、同席した7歳のマリー・アントワネットに求婚したというエピソードもある。おれたちは、この宮殿の見学ツアーに参加したのだけれど、世界史で出てくる話もたくさんあり、本当に興味深く、有意義な時間を過ごすことができた。ちなみに、宮殿の黄色は、マリア・テレジアが好んだ色と言われている。
その後、おれたちは、「ウィーンの象徴」あるいは「ウィーンの魂」といわれるシュテファン寺院へ。この寺院は、ウィーンの街のほぼ中心にある。寺院の横の塔は北塔と南塔があり、南塔のほうが高く、137メートルの高さを持っている。これは世界の寺院で3番目に高いらしい。おれたちは、エレベーターのある北塔に昇った。(南塔は、階段しかなかった)。そこからは、下からは見えなかった寺院の屋根のデザインや、ウィーンの街並みがよく見えた。ウィーンという街はやはり、芸術的な街だ。。モダンな建物はないが、すべての建物が歴史的建造物に見え、一つの大きな博物館にやってきた気持ちになる。ここはどういうところなんだろうと、興味がわくものの中には、実はなんでもない普通の建物もあったりする。こういう街で暮らしているのだから、芸術家が多く生まれるのであろう。この街には、そこら中にアートの匂いが、漂っている。毎日、当たり前のように、芸術に出会えるウィーンの人々が、ただただ羨ましかった。
寺院を出たおれたちは、ウィーンのメインストリート・ケルントナー通りへ。この通りには、音楽の都を証明するように、様々なストリートミュージシャンが音を奏でていた。彼らは、歌は歌わず、楽器を演奏するのみ。バイオリンやチェンバロ、アコーディオンの美しい音色が街を彩る。中には、ガラスのコップを使って、美しい音を出すミュージシャンもいた。おれたちが歩いていると、一人の老人が近づいてきて、「セイジ・オザワ」とおれたちに語りかけてきた。これは、イタリアに行けば、イタリア人が日本人を見ると「ナカータ」と言う類のものであろう。それが、ここウィーンでは、日本が誇る世界的な指揮者なのだ。老人は名前を言っただけで、すぐにどこかへ去ってしまったが、おれはこのウィーンでも有名になっている日本人がいることに、悪い気分ではなかった。
少し休憩を入れようということで、おれたちは通り沿いの一つのカフェに入った。カフェで過ごす、くつろぎのひととき。おれは、ウィーンに来たら、ぜひカフェに行きたいと思っていた。音楽にそれほどなじみのないおれにとっては、カフェに行くことが、ウィーンの一番の楽しみであったのだ。日本でもカフェに行くことが大好きであった。時間がゆっくり流れているような雰囲気、コーヒーとケーキの絶妙のコンビネーション、個性を感じる様々なインテリア。日本でも、買い物に行った時は、必ずといっていいほどカフェに立ち寄った。そこで友人達と話したりすることが大好きであった。カフェは決して高圧的にモノを言わず、静かにささやくようにおれを迎えてくれる。おれは、どんな言葉を返していいものか迷うほど、嬉しい気持ちになる。カフェには、おれの理想がすべて、詰まっている。もう何もかもすべて。本当に好きなものばかりに囲まれているような、そんな感覚。大好きな友人、大好きな話、大好きなコーヒーと甘いもの、大好きなインテリア。人は、そんなものに囲まれると、幸せな気持ちになる。それがおれにとっては、カフェなのだ。ゆっくり流れているはずの時間が、気が付いたときには思っていたよりずっと流れているのは、きっとこのせいだ。
ウィーンのカフェに入ったときには、理想の空気だと思った。すべての人が、不自由なものを抱えていない。誰もが、自分の家にいるように、自分の時間を本当に自由に、または自然に、その時間を過ごしているように見えた。薄暗い店内、だからこそ生きるインテリアの数々、コーヒーにカップに、ケーキに皿に、細部までのこだわり。おれは、こういうのに出会えるのをずっと待っていた。ウィーンの伝統的なカフェは、おれにとっては明らかに、スターバックスなどとは違う。それは、一言で言えば、空気だ。
特別な気持ちになった。今まで感じたことのないような、浮力感。それが、喜びだと気付くまでしばらく時間がかかった。おれにとって、ある種の幸せは、高級車に乗ることでも、広い家に住むことでもなく、大好きなカフェに行くことなのかもしれない。
至福の時間を終え、おれたちは、まだ見ていないストリートなどを歩いた後、旅の中では、少し高めのレストランに入り夕食をとった後、ホテルに戻った。夜、ホテルのベッドの上、おれは財布を見ると若干ではあるが、余裕があることに気付いた。ガイドブックを見ながら、最終日の自分の行動を想像してみる。何に使えば、良い想い出になるのだろうと。でも答えは、もうすでに決まっていた。本をしまい、灯りを消して、目を閉じる。夢の世界に行き着いたおれは、カフェで甘いケーキを食べながら、最高に嬉しそうに笑っていた。