「時々ベートーヴェン」vol.5~交響曲第4番 | しじみなる日常

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ひとつひとつは小さな蜆(しじみ)でも、蜆汁になったときの旨みは格別な幸せをもたらしてくれます。私の蜆汁は「クラシック音楽」。その小さな蜆の幸せを、ひとつひとつここで紹介できたらなあと思っています。

30代半ばから約10年間のベートーヴェンは、ロマン・ロランの言葉を借りれば「傑作の森」という作品の円熟期にあたります。


ノイガスという人が1806年頃に描いたベートーヴェンの肖像画を見ました。

ベートーヴェンの支援者であるリヒノフスキー侯のために描かれたものと、ハンガリー貴族ブルンスヴィック家のために描かれた2枚の肖像画で、雰囲気は弱冠違いますけど2枚はよく似ている絵です。

共通しているのは、凛々しさとみなぎる生命力。30代半ばの男らしいベートーヴェンの姿。惚れ惚れするステキな絵です。


さて、1806年というと、交響曲第4番変ロ長調op.60が書かれた年でもあります。

この4番は、交響曲第3番変ホ長調op.55「英雄」同第5番ハ短調op.67「運命」にはさまれてわりと地味な存在ですが、私はかなり好きです。

私が選んだ録音は、フルトヴェングラーでもトスカニーニでもワルターでもありません。

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団。2005年の録音です。


この演奏は本当にスゴイ!壮年期のベートーヴェンの交響曲を82歳(録音当時)の爺さまが指揮したとはとても思えない、キビキビした若々しい演奏です。

この演奏を聴いていると、第4番という交響曲は働き盛りのサラリーマン(ウーマン)への応援歌という気がしてくるのです。


第1楽章は夜明けから始まります。

「あ~今日も仕事か・・・」とため息をつきたくなる、疲れたうんざりした目覚め。

その暗澹たる気分を、いきなりオケのダーン!という盛り上がりが払拭してくれます。

「さあ、今日もがんばろう!」とギアチェンジするこの転換が好き。

ここは楽譜片手に、街を颯爽と闊歩するベートーヴェンが見えるようです。


そういえば私にも、以前はテーマソングがあったことを思い出しました。

イヤな仕事がある日、どうしてもやる気のおきない日は、会社に向かう道すがらこのテーマソングを頭の中で鳴らすのです。エルガーの行進曲「威風堂々」第1番やヨハン・シュトラウスの「ラデツキー行進曲」とか。でも、今度からはこの曲にしようっと。


第2楽章はAdagio。普通こういうゆったりした楽章には「癒し」を期待してしまうのですが、さにあらず。

「今日は平穏に過ぎてくれるかなあ」と思っていた一日が、なぜか夕方近くになって仕事が山のように舞い込んで裏切られた方もいるかと思いますが、まさにそんなカンジ。

ゆったり安らいだ音楽が、時折ざわざわと緊張感を持つのです。「あーこれは嵐が来るのか?」みたいなところもあるし、最後はガツンと気合を入れるように終わります。

また、憎たらしいほどミスターSがメリハリをきかせているから、ちっとも癒されない楽章ですよ。わはは。


第3楽章。この楽章はちょうど金曜日の午後みたい。

あとちょっと働けば休日だー!!!というワクワク感に満ちています。

休みの日は、とりあえずゆっくり寝て、あれをしてこれをして。そんな期待感。

ほら、そうすると、そのまま休日の第4楽章へ突入です。

ここは楽しい。楽しいけど、あっという間に過ぎていく。

そして、週明けに待っている仕事がふつふつと頭によぎってくるのです。仕事のもやもや感がだんだんはっきりと形を持って強くなっていくのです。

そして、「さあ諸君、来週もがんばりたまえ」とあっけなく終了。そんなあ~。


ベートーヴェンはこの当時、ブルンスヴィック家の令嬢でダイム伯爵と結婚したものの夫に先立たれ未亡人となっていたヨゼフィーネと恋愛関係にありました。

歌曲「希望に寄せて」op.32や、ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」は、彼女との恋愛が影響しているようです。

難聴、そして1805年のフランス軍によるウィーン占領という激動の時代にありながらも、ベートーヴェンの創作意欲と、そして女性への真摯な愛情には頭が下がります。

この人の生きることに対する前向きさが、この第4番のシンフォニーにもよく出ていると思うのですが、いかがでしょうか?

生きている限り前向きでいたいです。仕事にも趣味にも恋愛にも。私はそう思いました。