「時々ベートーヴェン」vol.2~ピアノ三重奏曲第4番「街の歌」 | しじみなる日常

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ひとつひとつは小さな蜆(しじみ)でも、蜆汁になったときの旨みは格別な幸せをもたらしてくれます。私の蜆汁は「クラシック音楽」。その小さな蜆の幸せを、ひとつひとつここで紹介できたらなあと思っています。

「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)のベートーヴェンの項をつらつらと見ていたら、意外なほどに管楽器のための作品が少ないことに気付きました。

協奏曲は1曲も書いていません。室内楽では、五重奏曲、六重奏曲、七重奏曲、八重奏曲などがありますが、ほとんど1800年までの初期の作品なのです。

1800年に書かれたホルン・ソナタヘ長調op.17という作品を見つけましたが、これはチェロでも奏されるようで、ホルンでのCDはすぐには入手できず断念しました。

そんな中、私の目を引いたのが、1797年に作曲されたピアノ三重奏曲第4番変ロ長調op.11「街の歌」です。

ピアノ・トリオというと、普通ピアノ、ヴァイオリン、チェロと思っていたのですが、この曲はピアノ、クラリネット、チェロのために書かれているのです。

もうひとつ、同じ編成の三重奏曲op.38がありますが、これは七重奏曲変ホ長調op.20の編曲なので、厳密にこの編成のための曲はこのop.11のみ、ということになるようです。

私が聴いたCDはタッシの演奏です。1977年の録音。

ここで、「ああ、タッシね」と了解した方と、「タッシ?何それ?」と疑問に思った方といらっしゃると思います。

私は後者。そこで、勝手に後者の方が多いと決めつけて、少し「タッシ」の説明を。

タッシ(TASHI)とは、1973年にアメリカで結成された室内楽アンサンブルです。「タッシ」とはチベット語で「幸運」を意味するそうです。

メンバーは、ピーター・ゼルキン(ピアノ※言うまでもなくルドルフ・ゼルキンのご子息です)、フレッド・シェリー(チェロ)、リチャード・ストルツマン(クラリネット)、アラン・フォーゲル(オーボエ)、ロバート・ロウチ(ホルン)、ビル・ダグラス(ファゴット)。

もう今は活動していませんが、武満徹が曲を書くわ、小澤征爾と共演するわ、70年代にすごく活躍していたグループなのです。

第1楽章は3つの楽器のトゥッティで始まります。

「のだめ」じゃないけど、まさに「楽しい音楽の時間デス」といった始まり方。冒頭からワクワクしますよ。

この楽章は、耳をダンボにしてよく聴いていると、クラリネットがすごい!というのが分かります。

低音から高音まで満遍なく使って、かなり高度な技術も要求されているように思います。

その点、このストルツマンのクラリネットは軽やかでよどみなく滑らかで、実にステキです。

第2楽章Adagio。

チェロで始まる子守歌のよう。クラリネットとピアノが続きます。

何というか、すごく懐かしい感じです。郷愁、哀切、安寧、そんな感情がまぜこぜになったような。

ピアノが静かに締め括るラストがすごくいいです。

第3楽章は主題と変奏から成っています。

主題は当時ウィーンで流行したJ.ヴァイグルのコミック・オペラ「海の男の愛情」という作品の三重奏の旋律から取られています。だから「街の歌」なのですね~。

これが踊りだしたくなるような主題ですよ!

またベートーヴェンの変奏が実に巧み。ピアノがダラララララと転がる変奏。チェロとクラリネットの素朴な変奏。打って変わって両者の技巧的な変奏。暗鬱な変奏があったと思ったら、今度はピアノの伴奏で行進しているようなクラリネットの変奏。チェロの流れるような旋律にピアノとクラリネットが加わった春のように軽やかな変奏。最後はピアノのコロコロと転がる演奏にクラリネットとチェロが乗っかって終わります。ブラヴォー!!!

この曲、なぜクラリネットで書いたのか分かるような気がします。

第3楽章の主題は、当時ウィーン子たちがしょっちゅう口ずさんでいたのではないかと思うのです。それをベートーヴェンも耳にしていて、自分でもつぶやくか、一緒に歌うかしていたのではないでしょうか?

こういう庶民の流行歌は、クラリネットのほうが素朴でよく似合っている気がするのです。

クラリネットの替わりにヴァイオリンを使った演奏(録音はこちらのほうが多い?)も聴いてみたのですが、絶対クラリネットのほうがいいです。ずっとくだけた親しみやすい雰囲気になるのです。

ちなみにこの主題、解説によると、フンメル、ヴェルフル、ヴェルナー、パガニーニなども作品を書いているそうです。よっぽど人気があったのですね。


タッシ, ゼルキン(ピーター), フォーゲル(アラン), ストルツマン(リチャード), ロウチ(ロバート), ダグラス(ビル), ベートーヴェン, シェリー(フレッド)
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