みなさま、こんにちは。Lynnです。
今日は「迷う、辷(すべ)る、そして辻」と題してお届けします。
ちなみに、前半は「辻(つじ)」の字からの連想をもとにしたモノローグです。
明日の新月を前にした備忘録のような記事ですが、おつきあいいただけるとうれしいです。
* * *
「辻」という言葉がある。
今で言う「交差点」「十字路」。
そこで行き交う相手は
敵だろうか? 味方だろうか?
ふとそんなことを思うのは
「辻斬り」という言葉があるためだろうか。
出発点も到着点も同じとは限らない人と出会うこともあるのが「辻」。
* * *
「このまままっすぐ行けばいいのだろうか? それとも、右か左、どちらに曲がればいいのだろうか?」と、道をたずねたり、たずねられたりすることも多くある場所が「辻」。
ふと思えば、「辻」と「迷」は似ている。
意味ではなく、文字の見た目が。
「辻説法」は「辻斬り」と異なる。
斬ろうとしているのは人ではなく、“迷い”なのかもしれない。
…といったように、
今のわたしにとってはますます連想が進む「辻」という言葉なのだけど、みなさまはいかがかしら。
* * *
「辻」は、今さら言うのもなんですが、
一本道ではないということ。
一本道で、向こうから来る人と行き交うだけでも、後ろから来た人に追い越されてすれ違うだけでもない。
だからこそ、
「辷(すべ)る」でもなく、
「迷う」でもなく、
「辻」。
蛇足ですが、
「辻」は漢字ではありません。国字。
先述の「辷る」も国字。
出発点も到着点も異なる相手との、言うなれば、来し方行く末も異なる人と出会うこともあるのが「辻」。
会って意気投合して共に行くも、
合わず分かれ(別れ)るのも
「辻」。
もしかしたらわたし自身も
何らかの辻へ進んでいるのかもしれません。
2026年の新月の前日に。