賢くなるほど責任を避けたがる | lyd

lyd

「Live Your Dreams」⇒『夢に生きよう』

今まで何度もお世話になってる
渋谷の社長のブログから抜粋。

****************
仕事を始めたばかりの20代のころは、「私にやらせてください!」「全責任をもって必ずやり遂げます!」などと、鼻息荒く、ある意味勢い任せで言えた人でも、実際に大きな責任や、重圧を背負ってみると、それは自分の想像をはるかに超えるものです。また、痛い目にあったりして現実の厳しさを思い知ると、今度は迂闊なことが言えなくなります。そうして、年齢を重ねるに従って、若い頃の上記のような言葉は出なくなり、慎重を期して熟考したり、苦い思い出に躊躇しているうちに、気が付くと、責任を避けたがるようになっていくのです。そんなパターンの人が意外なほど多いのですが、これはとても勿体ないことだと思います。しかも、賢くなった人ほど、責任を負うことを避ける傾向が出てくるように私は感じているのですが、本当にそれは賢いのでしょうか?
****************

ようするに、
「責任を負うこと避けたがる人を
 リーダーに据えてはいけない」
っていうことであり、このことは、
当たり前のことなんやろうけど、
頭が良くても、仕事が優秀でも、
とても大切な人望があっても、
意図的であろうが、なかろうが、
振り返った時に、結果として、
無責任な行動をしてしまうなら、
リーダーはできないんだと思う。

で、続き。

****************
会社組織において、責任を負う覚悟がある人は、それだけでもかなり見どころがあります。冗談で「トラブル処理がうまいから出世したんだよ」と言われる役員もいるのですが、何が起きても最後は自分が全責任を負う覚悟がある人には、大事な役割を任せられるのです。人は大きな役割を任されて、責任と重圧を背負い、難しい試行錯誤を繰り返す中で成長していきます。
****************

これは、ホンマにそうだと感じる。

別に自分を崇めるわけでないけど、
何があっても、途中で放り投げる
っていうことは、絶対しなかった。
どんなにしんどくてもムカついても
理不尽でも納得のいかない状況でも
文句は言うし、ネガにはなるけど、
放棄することはなかった、と思う。

では、
責任の放棄、無責任とは、何か。
これは【これ!】ってものでなく、
振り返ってみたら、自分で分かる。
(あー、無責任な行動だったな)
って、少しでも感じたんだったら、
相手側は、その倍以上、感じてる。
自分のモノサシで判断はできない。

思うようにならないから、
逃げたいし、消えたいし、
もう全部、放り投げたい。

それだと、何も解決しないもんな。

変に賢くなったりしないで、
変に取り繕ったりしないで、
変に自分を押し曲げないで、
明るく楽しく元気よくイキイキと、
当然、自分だけでなく、みんなが、
がんばっていければいいなと思う。

理想なんやけど、
理想くらい掲げておかんとな。