面接時のキーワードは「習慣化」。
今、話をしてくれている内容が、
面接用にブラッシュアップされて
いるものなのかどうかは、分かる。
その構成力は、自分の力なのか、
それとも、他者の力を借りてるのか。
それも、話を聞いていけば、分かる。
見た目、話し方、話す内容・中身で
ある程度の「そのヒト像」を創って、
そして、いろんな角度から確かめる。
感じた「そのヒト像」は、正しいのか。
その人の行動は、信念に基づくか。
ようは、行動は「習慣化」されてるか。
それらによって、判断をしている。
この習慣化。社会に出ても同じこと。
そして、ルールに関しても、同じこと。
「あれをしなきゃ」「これをしないと」
っていうことがあったとして、それが
できていない時、つまりは、習慣化
されてないのは、必ず理由がある。
その理由は、人それぞれ。
ただ、理由はなんであれ、
習慣化してない人にも
ちゃんと
習慣化させないといけない。
それが社会のルールならば。
習慣化への方法は
いくつかあるんやろうけど、
基本的には2つだと思う。
◆やりたくなる⇒習慣化する
◆やらせ続ける⇒習慣化する
自主的にできるようになる(つまり、
行動の根底に染みついていく)か、
強制的にやらせる(つまり、激しい
抑圧をかけ続けていく)しかない。
後者の場合、嫌々やっていくから
継続して締め付けてく必要があり、
その締め付けがなくなった時、
できるように習慣化されてるか、
できないように逆戻りするか、
ってのは、その人次第だと思う。
だから、
後者の方法をとってきた自分は、
間違っていたのかもしれない。
指摘を続けていけば、習慣化され、
そして、その人の、血肉となって、
脈々と、引き継がれていくものだ、
っていうふうに思っていたけれど、
そうでもないんだな、と、思った。
習慣化に向けての
強制抑圧の時間の問題、
(ようは、もっと長時間が必要)
かもしれないけれども、やっぱり、
強制では、何にも残らないかも。
だから、自主性にシフトしたけど、
これもまた、案外、根付いてない。
なので、
どの方法が正しいか分からんが、
レベルの低下は、お客様に迷惑を
かけてしまうことにつながるから、
何が何でも改善を図っていきたい。
それが、たとえ、劇薬だったとしても。
でも、根本が変わらないのならば、
その抑止力がなくなれば、同じこと。
だから、本当は、なんとかして、
「やりたくなる習慣化」にしないと、
なんの意味もない、ってことになる。
これは、どうすればいいんやろか。
自分の半生を振り返ってみると、
染みついた習慣は自主発生でなく、
劇薬効果であることの方が多い。
だから、やっぱり、
それでいいのかも。
ま、どっちでもよいか。
とにかく、できるようになること。
このことが、最優先。
アプローチ方法は、
何だっていいはず。
とりあえずは、
思うようにやっていきたいと思う。