誰か見た人、いるかな。
家に帰ってテレビを見て、
感動しすぎてしまった。
マツコと有吉の番組で、
日本三大○○、みたいな
コーナーがある。
そこで取り上げられたのが、
自分の中の、今までで
一番好きなプロ野球選手。
京都、花園高校出身、
元ヤクルトの伊藤智仁。
同じ年代の野球好きなら
絶対知ってる、大投手。
武器は高速スライダー。
新人離れのピッチングで、
防御率は0点台、そして、
奪三振の日本記録を樹立。
でも、大ケガで、戦線離脱。
当事、野村監督に酷使され
潰された、と、言われてた。
2年間のリハビリのあと、
見事、カムバックをする。
高津の不調から、抑えを担当。
途中からにもかかわらず、
7勝2敗19セーブ。
150キロを超える豪速球と、
分かってても打てないスライダー。
登板するだけで、大歓声。
「絶対、なんとかしてくれる。」
そんな存在だから、憧れた。
しばらく活躍した後、
またケガをしてリハビリに。
伊藤智仁のプロ現役生活の
半分以上は、リハビリ生活。
球団からの引退勧告。
でも、あきらめない。
当事最大の年俸ダウンを快諾し、
現役選手にこだわり続けていた。
そして、
4年間のリハビリのあと、
2軍戦に登坂予定になる。
2軍戦にもかかわらず、
伊藤の登板を事前に知った
多くのファンが集まった。
リリーフでの登場。
大歓声があがる。
注目の、第一球。
150キロの豪速球は、
109キロになっていた。
過去の躍動感は、何もない。
一瞬静まる球場。でもすぐに、
観客の応援は、響き渡ってく。
「がんばれ!」「いけるぞ!」
まるで、スローボールを、
黙々と、投げ続けていく。
結果、内野安打と四球2つ。
マウンドを降りた、その4日後、
伊藤智仁は、引退を表明した。
「最後、みんなと一緒に、
ボールを投げたかっただけです」
11年間、ほとんどリハビリ。
でも、ずっとあきらめない。
豪速球も高速スライダーも、
戻ってはこなかったけれど、
ずっと闘い続けてた姿に、
社会人なりたての自分は、
とっても勇気付けられた。
比べるもんでもないやろけど、
自分はこんなにも懸命に実直に
闘い続けようとしてるやろうか。
おそらく、日々、妥協点を探し、
この程度のパフォーマンス、を、
最低限にして、過ごしている。
一生懸命でないってわけでなく、
頑張ってるけど、なんていうか、
上限ラインを引いているような、
それで、良し、としてるような、
なんとなく、そんな気がしてた。
この番組で、伊藤智仁を見て、
やっぱ、その想いは間違いでない、
ってことを再認識したからこそ、
言葉だけでなく、しっかりと、
実行していかないといけない。
「絶対、
なんとかしてくれる。」
どうせやったら、
そんな存在でいたい。
そのためには、まだまだ
努力が足りんってことやね。
自己満足全開、やけど、
ま、こんだけたくさん
伊藤智仁選手について
書くことかできて、
なんか気持ち良かった。