アパートの鉄扉を開けて外に出ると、ふっと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
4部屋づつ2棟で構成された敷地の真ん中には金木犀の木が植えられている。
鼻から深く息を吸い込み、駆け足で階段を降り駐車場の一番端に停めてあるネオに向かう。
今の時間は自分以外に誰も駐車していない。
週末には決まってさくらが遊びにくるようになったので、彼女の車を停められる場所を確保しなくてはならない。
とりあえず2台x2台で仕切られている真ん中に停めてもらっているが、本来駐車するようなスペースではないし、他の住人にも迷惑だろう。
朝一は第三に向かい、とりあえず釘を見る。
ドキドキ動物ランドが消えてからは金に余裕があったせいか、楽に稼げた事に慣れたせいか、あまりパチンコに身が入らなくなっていた。
ハネモノもそれなりに新台が入っていて、隼、おむすび君、ピカ五郎、大脱走などが設置されていたが、ハネ全盛期に比べると明らかに役物が辛く出玉が悪かった。
権利モノは朝の1時間のみ持ち球ルールで基本一回交換だったため、余程釘を開けた時以外は触れない。
デジパチも毎日回る台があるわけでもなく、釘だけ見て他のホールに遠征することが増えた。
とは言え、他のホールもルールが緩いわけでもなく、第三より良い釘の台にありつけたかと言えばそんなことは無くて、むしろ打った事のない見知らぬ台ばかり設置されていたので、第三で打つ時より明らかに緩い基準で台に座っていた。
初めて見た台は打ってみないと分からない事が多いし、それ以上に知らない台は全部打ってみたかったのだ。
まあ結局、稼げる台を絞って行くとハネモノか権利モノに落ち着くことになるのだが。
隣県に入ってすぐの国道沿いにラッキーと言ういかにもな名前の店が新規オープンしたらしく、坂本さんが通っているという。
最近の第三はちょっと渋すぎるし、しばらく違う店に行くのも良いかもと少し遠いが行ってみる事にした。
ラッキーはオープンしてから1ヵ月余りだったが、客付きはそこそこ。
あまり規模の大きい店ではなく、地元の正体不明ジジババが大量にいるくらいで、俺のような道を外した若者は見かけない。
ぐるりと店を一周してみると、初めて目にしたものすごく興味を惹かれる台を見つけた。
役物が真ん中にあって、その直上に三桁の7セグのパネルが埋め込まれている。
構造はハネモノっぽいがどうやら権利モノらしい。
店のPOPには
「1/29→1/2.9、同一図柄揃いで次回まで、〇〇Aで終了」
と書いてあった。
--実はCRセブンアップと言う名前の三洋の権利モノなのだが、この時はパチンコ店のラッキーと役物のウサギ(ラッキーラビット)が結びついたのか、ずっとCRラッキーラビットだと思っていた。
1シマ導入されていたがあまり客付きは良くなく、遠慮なく釘を見放題だったので、一番良さそうな台を選んでキープした。
中央通路のパッキーカード販売機で3000円をオレンジのパッキーカードに換えて早速打ち始めてみる。
ハネモノの様に左右ハカマ下(落とし)にチャッカーがあり、センターにも同様にチャッカーがある。
権利モノらしく、落としはスルーチャッカーになっているので玉持ちは悪い。
チャッカーを通過すると役物の羽根が開き、上手く拾われて役物に入った玉が上下に動いているウサギの役物のアシスト得たり得なかったりして、手前真ん中のCHANCE穴にうまく入賞すると役物上部の3桁デジタルが回転する。
プロセスはまんまハネモノで、Vが1/29で大当たりするわけだ。
数字の3つ揃いで確変、末尾がAで当たると通常。
出玉は1回辺り2400発で平均出玉は4800発程度となる。
換金率は2.5円。ルールはなんと無制限だから、ざっくり2回/千円回ればボーダーは余裕で超えるだろう。
スペック的には甘い。店も甘めに使っているようでそこそこ回る。
だが、1/29が全然当たらない…。
3万円目のパッキーカード残り500円でようやく当たる。79回転。
数字3つ揃いで確変だったのが救いではある。
この確変は3連荘で終わったが、とりあえず持ち球遊技になったので胸をなでおろす。
7000発もあれば飲まれることはないだろう。と思うもハマって単、ハマって単で出玉を全て飲まれてしまった。
こうなるとPOPの1/29も何だか信じられなくなって来て、坂本さんの隣に座ってしばらく愚痴ってたらスッキリしたので、一旦ラッキーラビットはリリース。
残りのパッキー500円どうしようと店内を歩くとジジババに大人気のCRフィーバーワールドが一台空き台になっていた。
フィーバーワールドは1/3確変、2回ループのフルスペックで3段階設定付き。
一番使われるであろう設定3(パチンコの設定は1が最高なのだ)の大当たり確率はなんと1/420の低確率。
つまり確変で当たる確率は1/1260であって、一日打っても確変で当たらないのは日常茶飯事である。
同じメーカーでドラム搭載の見た目が凄く面白そうなフィーバーネプチューン(1/391)も全然当たらないし、こんなの当たるわけないよね。
とか思いながらも箱を積んでいるジジババをかき分け席に座ると、流れる様に500円残のパッキーカードを挿入していた。
これが混んでいるシマの魔力!とか思いながらハンドルを回して玉を弾くが全くヘソに入らない。
パワフルなんかもそうだが、液晶が大きいと風車からヘソまでの距離が遠くて回らない調整にしやすい。
500円の半分くらい画面が動かず、恥ずかしさを通り越してイライラし始めたころ、ようやくワープルートからステージに乗った玉が左右に揺れ落ち、ヘソに吸い込まれた。
保留を点けようとそのまま打ち続ける。
画面ではリーチになっているが、やはり全くヘソに入らない。
なにこれ正気??とイライラが最高潮に達した時、一旦外れた中出目が再始動してなんと大当たり。
しかも良く見れば確変絵柄だ。
店員が「おめでとうございます!」と予定された2箱分の空箱を後ろに置いて無制限の札を台横に挿して行った。
俺はイライラしすぎて全く嬉しく無かったし、当然に両隣も全然嬉しくないだろう。
大当たり中もずっとヘソを見ていたが、やはりあまりヘソに入らない。
何でこんなに客付き良いのだろう?と考えるが、「新しい台だから出そうに違いない」で絶対に完結してしまうので考えのをやめた。
確変終わったら即ヤメと決めて消化し始める。
確変中は止め打ちで玉が増えるし、連荘が絶妙に綺麗に(ノーマル→確変→ノーマル→確変)続いたので、あまりにも回らない台に座ってしまった自身への怒りの溜飲を下げたが、持ち球の有利性を使えないのはやはり無駄に思えて複雑だ。
連荘は続きに続き、24連荘した。
席は動けないくらい玉の詰まった箱で囲まれている。
保留消化を見届けて即、台上の呼び出しランプを付けて店員を呼び、邪魔な箱達をジェットカウンターに運んでもらう。
3分後にようやく席から出られるようになって、さらに待つこと数分。
店員から渡されたレシートを見るとなんと60000発。
「新しい台はやっぱり出るな」
もちろん皮肉である。
そんなわけはないし、普段適当に座った客が運良く箱を積み上げるのを見て「運パチが」とか人を小馬鹿にしている奴がこういう勝ち方をしていいのか?
良いも悪いも結果は結果なんだから受け止めるべきなのだが、「こうあるべき」の矜持を持っていると、それを簡単に認めるわけにはいかないのである。
運の方向性が強くても弱くても納得がいかないのは多分病気だ。
この店にはラッキーラビットを打ちにしばらく通うが、結局あまり良い結果は出なかった。
そして金木犀の香りが透明になってきた頃、地川から「明日帰るので会いましょう」と電話があった。
転落への歯車が動き始めたのだ。