アラレのモンローウォーク


爆弾第3期 義援金の交付の行方に注目!!
          アラレのモンローウォーク

★実働している団体に交付されない
 MUMが追いかけてきた震災当初からの経過→:現実 パンチ!



ドキドキはったろうさん どぶ板計画⇒詳しく見る
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援金とします⇒ユキ


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こんなの創めました

アラレが やってきた(^O^)/

あれから・・・初めて ポロポロと汗



はったろうさーん
目
ありがとうございます

⇒ http://ameblo.jp/houmonsara/


アップこの仔は はったろうさんち
法たんドキドキ









封筒を開ける前から ジワーーー


ああ もう  泣いていいですよネあせる






ポストに入っていました



なんとなく


手に取った瞬間・・・・


ほんわりと






アラレ アラレ

あの小っちゃい頃のアラレです










ジャンプの練習をしていた頃のアラレです










毎日 居る事が当たり前のアラレが逝ってしまい

生活のリズムが ちと とれないような・・・




パッカンの音に

カッツンの匂いに

素早く反応する アラレ



6時 と18時を 寸分たがわず知らせてくれる アラレ

まだ 懐かしいというより

恋しいです



引き取った事に何度も何度も 自問自答した日々もありました




でも 死に水をとるかのように

まだ 意識の有るアラレに

主治医がコットンに含ませた水で口を拭いた時に・・・・



出てきた言葉は

アラレ ありがとね  ありがとね




やはり 私にとって ありがたい存在だったんです










本当は人間 またやりたくないんですが

修行が足りない私は 宿題をたくさんやり残しています




また 人間に生まれたら

またアラレに逢います
  




アラレ ありがとネ また逢おうネ

明日 蓮華寺に迎えに行ってきます








暮れに退院して・・・明けになり
いつも 6時きっかりに 『ご飯!!』と鳴く


元旦
静かな 朝  『ご飯』が聞こえない

2日 やはり 食事を摂らない


3日 朝  ベットにのせて寝せようとすると
私をじぃーと見上げて
じぃーっと じぃーっと見つめている


あの時に 何か言いだけで
でも 聞きたくない気持ちの私は わざと目をそらす


アラレ
子供の時に うまく歩けなくて


でも ベットに来たがるだろうからと ジャンプの練習を何度も何度も



ねこじゃらしで遊びながら
毛布で小さい山を作り そこへジャンプ



アラレ ジャンプ覚えて良かったネ

おかげで mumの足は傷だらけだけど
朝 起きると アラレは私のお腹の所で寝ていたネ





アラレ ありがとネ
また 逢おうネ



ゆきが逝ってから 主治医の『大丈夫』はてなマークの問いに
『私は ある日 突然 子猫を拾います』と宣言




雨がザーザーの夜中に 子猫の鳴き声
目の前に現れた猫に 『連れて行って 何処にいるの』

案内されて たどり着いたらびしょ濡れて
伸びきった アラレ



でも 大きな声で鳴いていたネ






後で わかったのが・・・その仔が アラレの母猫
後日 私の知人宅に里子に出した仔




2014年 1月6日 午後10時頃

アラレ 永眠

もう忘れてしまいましたか? 命はあります

心はいつも一緒 ~福島の "あの子達" と共に~

ディア ママさんブログより 以下 転載

ダウン




「何かにとり憑かれているよう」
「何でそこまでして福島に行くの?」


妹によく言われていた言葉です。

 

自分でもそう思いました。


アラレのモンローウォーク

 


「あと1日、いや数時間早くここに来れていれば・・・


心の底から悔やんだ「タマちゃん」との出会い。

 

それ以降は一層給餌活動を休むなんて出来なくなりました。

 


 

とあるポイントについて目に飛び込んできたのは、

冷たいコンクリートの床に横たわる

痩せこけた1匹の白猫



既に息耐えた亡骸と思えたその白猫さんが、ゆっくりと本当にゆっくりと

前足を動かしはじめたんです。

 

そして、悲しそうに搾り出すように鳴きました。
「ニャー ニャー」


私には

どうして早く来てくれなかったの

ずっーと待っていたんだよ
もう限界だよ。もっと早く見つけて欲しかったよ


そう言っているように聞えました。

寒さと飢えで衰弱した「タマちゃん」は必死に鳴いて

私達に訴えていました。


急いで獣医さんのもとに運びこみましたが「タマちゃん」は、

翌日に静かに旅立ちました。


「タマちゃん」を救えなかった。





"あの子達" が、これ以上同じような苦しみを味わうことがないようにと、

私は福島に通っています。

 


でも、いつか力尽きる日が来るでしょう。

 

その日が来る前に、出来る限り保護したいと願っています。

 

だって・・・永遠に給餌に通うなんて無理ですから。

 


アラレのモンローウォーク




これは自身が望んでやっている活動です。

 

しかし、国が見捨てた「命」と「心」を救うためには、個人の力では限界がございます。

 


もし、国に見捨てられた

"あの子達(被災動物)"を助けてあげようと思ってくださる方


がいらっしゃいましたら、力を貸していただけませんか?

 


私達に、"あの子達"を助けさせていただけませんか?

 

すくっても、救っても、こぼれ落ちていく命。
全てを救う事は出来ませんが、諦めず救うための努力はいたします。

 

どうか、私達にお力をお願いいたします。

 



・・・・・・・・・・・・・・・・



①「一時預かりが可能な方がいらっしゃいましたら、

ご連絡をお願いいたします。


ダウン

福島被災動物レスキュー RAIF



 

②慢性的に、給餌用フードが不足しております。
総合栄養食で2.5~7キロの大袋ならなんでもOKです。



ドキドキ給餌日だけ食べれるご馳走

カップ入りウェットフード」と、オヤツ「焼きカツオ」と「ササミ」も、

合わせてどうぞ宜しくお願いします <(_ _)>






送り先】 福島被災動物レスキューRAIF

 
受け入れはヤマト運輸の営業所止めになりますので、

お手数おかけいたしますが「ヤマト運輸」で送付お願いいたします。

 

〒108-0073

 

東京都港区三田2-7-16

 

ヤマト運輸2丁目センター036252

 

土井則子 (090-9953-4272)

 

上記携帯番号は伝票用です。 電話のお問い合わせはご遠慮ください。




アラレMUMのyukiより 皆様へ


震災より 時間はかなり過ぎております

しかし 福島に残された仔達の時間は あの日のまま

止まったままなんです。



皆様が 毎朝何気なく

『留守番しててね』 『いい仔にしててね』と出かける


必ず戻ってくると信じて それを見送るペットの姿

それが 日常です。


しかし 福島には もう その日常が無いんです


何日も 何日待ち続け

いくつかの季節を孤独と飢えに苦しみながら

死んでいったペット


これは他人事ですか

たかが動物ですか



いいえ 日常を奪われた生命体なんです

それは残して出て行った人間の心にも深い傷として残ります




だから せめて生き残ったもの達に 手を差し伸べて

活動されている人がいる事を知ってください


福島を我が身として  過酷な夏 厳しい冬に給餌

とレスキュー活動をしている人達を覚えておいてください

どうか ほんの少しでいいんです



皆様のお力をかしてください



ご馳走が
カップ入りウェットフードと、焼きカツオとササミなんです

ビィとンの首輪でも スワロスキーで飾ったベットでもないんです







大島 ペット同行避難可能 残してきた仔のケアも

大島の皆様へ お知らせください

まだ知らない方 残してきた仔が気がかりな方へ
どうぞ宜しくお願いします




伊豆大島:避難者のペット、東京都が受け入れ
http://mainichi.jp/select/news/20131025k0000m040040000c.html

毎日新聞 2013年10月24日 19時58分(最終更新 10月24日 20時02分)

アラレのモンローウォーク

愛猫のミニを抱く若林昇さん=東京都大島町で2013年10月23日午前9時41分、須賀川理撮影
拡大写真

 東京都島しょ保健所は、伊豆大島からの島外避難者のペットの扱いについて、同行用ケージの準備など相談活動を始めた。24日午後に出発した第2陣でも1人が愛犬を同行し、到着後に都獣医師会の獣医が預かった。都は避難先近くの動物病院などでペットを受け入れる態勢を整えているという。

 23日の島外避難者のうち若林昇さん(65)は愛猫「ミニ」をアパートに残してきたが、保健所職員や警察官らが合鍵を使って部屋を開けて保護した。連絡を受けた若林さんは「ひとまずほっとした。多くの人が心配してくれてありがたい」と話した。
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