わたしのなかは、
「私が感じ思ったこと」が100%だ。
本を読んでも、誰かの話を聞いても、
すべて自分というフィルターを通っているから
自分以外のものが入り込む隙間はまったくない。
たぶん他の人も同じはず。
国連の事務総長だろうが、ローマ教皇だろうが、
自分100%で生きている。
人と意見が違い、感じ方が違うのはあたりまえで
もし一致していると感じたら
それは思い込みか、情報不足だろう。
違うのがあたりまえだからこそ
たまに重なる部分があるように見えると
とてもうれしくなって、そこを過大評価してしまう。
私は私と同じ感じ方をしてくれる人を求めている。
でもそれは、ちがうから求めているのだということを
忘れないでいたい。
磁石でもイオンでも
同じ極性のものは
絶対にひきあわない。
同じものを求めていても
その存在に惹かれるのは
やはり自分とは違うからだ。
私は私が100%。
あなたはあなたが100%。
そんななかで0.1%でも
他人のことを考えようとしてくれること
そのものがありがたい。
まさに有り難い。