我が家はみんなゲームが大好きだ。
SWITCHなんかは勿論のこと
脳トレとかクロスワードとか
とにーかくその手の本は
百均のだろうと一般書だろうと
何冊買ったか分からないくらい
パズルや脳トレ含むゲームが好き。
いや……あの、哺乳類の子供ってさ、
虫や魚類みたいに生まれた瞬間から
命懸けの生き残り一発勝負
……じゃなくてさ、
親と共に生活する期間に
仲間や兄弟と遊びながら
生きる術を学ぶ猶予がある訳じゃん?
まぁほら、現代の人間の場合は
狩猟採集の脳裏よりも
数字で出る事+世渡り+パフォーマンス
みたいなのを要求されてる気がするけど
人気のあるスポーツやゲームって
大抵、狩猟採集とか縄張り争いとか
集団同士の抗争じゃん?
やっぱ本能捨てられないよね。
群れで作戦立てて獲物であるボールを追う、
そんな最たるスポーツである
バスケやってる時にたまに感じたもん、
「何か遺伝子レベルでこの感じ知ってる」って。
仲間と獲物を追う感覚って言うか。
職業による役割分担が細分化した結果
狩猟採集からこんなにも遠く離れたのに
人間って動物だった頃の本能を
疑似体験を発展させた
ゲームとして置き換えたんだと思う。
猫がネコジャラシで遊ぶのと同様に
持て余した本能を無意識に昇華してる。
だから嬉しいんだよ、成功すると本能的に。
他にも群れの中で優位に立った時の高揚感とか
投げたゴミがゴミ箱に綺麗に入った時とか
凄い原始的な達成感に未だに左右されちゃう。
アタシは違うわよ!!
動物みたいなあんたと一緒にすんな!!
……みたいなのも多分そう。
他者と違うと信じて上に立ちたがるのも
群れで生きる生き物のイケイケグループの特徴。
拗らせた上昇志向ってより
もう一種の習性なんじゃないかね。
群れの力のあるオスに気に入られたくて
メスが気合い入っちゃったり
メス同士で争うのも哺乳類あるあるだと思う。
で、ゲーム。
よく「勉強」と「ゲーム」に分ける人いるけど
どっちもやってみて思うのは
あんま変わんねぇんじゃねぇかなって。
遊びってのは不思議なもので
頭使わないとまず出来ない。
鬼ごっこ、かくれんぼ、ドロケー、色鬼
子供がキャッキャ遊んでるそれらは
身体能力に併せて
即時の判断力まで要求される物ばっかりだ。
必死にやってきた身としてそう思う。
私の経験上なんだけど
ポケモンとかRPGにどハマリするタイプの子は
基本的に勉強は仕込めば必ず出来る。
興味があれば、そう誘導すれば
勝手に学んでいくつーか。
反して「そこまで勉強させんでもいいかなぁ」
って子はFPSって言うのかな、
スプラトゥーンとかコールオブデューティとか
戦いメインの感じのが
好きな子が多かった(黒猫調べ)。
因みに私はどっちも好きです。
バイオハザードとファイヤーエンブレムで
何回朝日を見たか解らないくらいだが
私が「30分持たん……」ってのが
どうぶつの森とかSKYみたいな
コミニュケーション重視のゲーム。
決してつまらないとかではないんだけど
「……で、ずっとこれ続けるの?」
みたいな気持ちが勝る。
娘達、すまない。
よく「速読か何かやってた?」と
聞かれる事が人生で何度かあったのだが
これは前にも書いている通り
幼稚園の年中の時にやったドラクエⅡのお陰。
「……スライムでけいけんち1の2G貰える……次のレベルまで54でくさりかたびらが480Gだから後……」
みたいな計算が自然に出来るようになった。
ある日、最初のタイトル画面でいじったらしく
スピードがfastになってしまい
街の人から王様までものすごく早口になり
そして戦闘も恐ろしいスピードで進みだし
ひぇえぇえぇ!?何これ!?
とプレイしている間に
ウィンドウに出た文字を
そのスピードで読めるようになり今に至る。
速読でも何でもない、
ドラクエⅡのfastのスピードで
ゲームをやっていただけだ。
いや、やる羽目になった。
これは私本人にも凄い有難い事で
元々、本つーか文字を読むのが好きだったから
1度に2行読めるようになった故に
同じ時間で2冊3冊読めるようになるも
「本当に読んでる?」
「どんなお話か先生に説明して」
なんて試してくる大人が頻繁にいたので
「疑ってるのか……じゃあすぐ説明出来るように話をまとめながら読むか……」
と言う癖もついた。
ドラクエの更に有難いところは
キャラクターのレベル上げや
装備や備品の充填と併せて
常に「目的」や「課題」が課せられるところ。
そこで「次は何をしたらいいか」が判っても
それを達成するには
ひたすらモンスターと戦い経験値とお金を得る、
引いてはキャラクターのレベル上げに併せて
行く先々で揃えられる最強装備と
回復アイテム等の備品が必要となる。
問題集と凄く似てる、と思う。
ザコを倒して経験値を稼いでレベルを上げて
装備や備品を揃えた上で
その土地のボスに挑む、
基本問題→応用問題→発展問題の流れ。
そしてそれを現実世界である
幼稚園や習い事やお勉強の合間に
達成しなくてはいけないのだ。
こちらはこちらで戦いが始まる。
そしてロンダルキアの洞窟に差し掛かり
最大の挫折を経験した。
祖母がマッピングに参加してくれたが
まぁ落ちる落ちる、落とし穴に落ちまくる。
これ本当にクリア出来るんだろうか……
私が余りにも思い詰めているのを見かねてか
「本屋さんにこういうのが売ってたから買ってみたのだけれど」
と、祖母が攻略本を差し入れてくれた。
「これで洞窟クリアしてもズルしたみたいだよ」
「地図だと思えばいいんじゃない?迷わないために地図を見る事は悪い事ではないでしょう?」
5歳の私はロンダルキアの洞窟に屈したのだ。
これまで何度も棺桶2つ引きずって
ほうほうのテイで街に辿り着き
街の周りをグルグル回って
経験値とお金を稼いでいた王子達に
カンニングしてスムーズに事を進めるのは
何だかうしろめたい気分だったけど
それから新しいゲームを買って
我々姉弟が行き詰まるごとに
祖母が攻略本を買ってきてくれた。
結果、ロンダルキアの洞窟のような困難に
無知で挑んではいけないと思い知った。
ルートを知らないで山に登る事を
正しいと思ってた自分の未熟さよ。
予習と言う概念も攻略本で培った気がする。
因みに祖母はゲーム賛成派で
「おばぁちゃーーんやってぇえ」
と私の弟にコントローラーを渡され
「おばあちゃんだって上手く出来るか分からないよ?」
と言いつつも参加してくれて
「よければいいのね、こうやって·····」
とカットマンをノーミスで倒すようになり
「規則性がある気がする、ジャンプで避けられるように飛んできているから」
と初代イエローデビルも撃破した人物だ。
いやぁ……ゲーム肯定派の大人がいると良いね。
初めて我が家にファミコンが来た時
何故か父親が3つ買ってきて
「何で3つも!?」と母と驚いたら
レシートをそれぞれの袋にテープで貼り
「品薄に乗じて高値で売り捌いてる人がいるらしいから、残り2つは他の買えないお家の子の為に買った定価で譲ろうと思って」
と、地域のジモティー的なチラシに載せたら
すぐに親子が2組来られた。
お子さんがいない方の場合は
何を言われても全て断るように、
そう父が母に言っていた通りだ。
玄関先で渡す母の後ろで見ていたのだが
「まさかセイキの値段で譲ってもらえるなんて」
とか
「本当にこのレシートのテイカでいいんですか?」
と言う旨の言葉を何度も言っていたので
子供ながらに違和感を覚えて
「おばあちゃん、セイキの値段って何だろう?テイカってどう言う事?タダであげるんじゃなくて買った時のお金で譲るのに何であんなにお礼言うのかな?」
そう祖母に聞いてみた記憶がある。
それで正規の値段とか定価とか
小売とか仕入れとかをザックリ知った。
元学校の先生だった祖母だけど
実家は靴問屋だったからか
この辺はその辺の人より詳しかった。
買う奴がいるから売るんだろ理論つーかで
転売ヤーが悪いとは別に感じないけど
「私の場合はその労力でフツーに働いた方が向いている」
とは昔も今も自覚してる。
自分の向き不向きは
出来る限り知っといた方が良い気がする。
これでスーパーマリオが出来るぞ!!
そう喜び勇んで開けた包みの中には
全く知らない絵のパッケージに
青いカセットが入っていた。
「お父さん……何これ」
「売り場の店員さんに、今1番面白いソフトは何ですかって聞いたらこれだって凄く勧められたんだ」
「ロックマン……聞いた事ないなぁ」
これが我々姉弟のゲーム人生の始まりである。
因みに弟と祖母は
熱心なロックマンフリークで
スーファミでロックマンの等身が変わり
「何だか凄く変わったわね·····映像としては凄く綺麗になったけど·····」
「こんなのロックマンじゃない」
となるまでは
とにかく毎作楽しみにプレイしていた。
もうその頃には弟は
独りでバンバン進められるようになり
ラスボス戦は父と祖母と私と弟で
手に汗握って盛り上がった。
「おばあちゃーんやってーって言われていた頃が何だか懐かしい」
と祖母はたまに笑っていた。
それから20年ほどが経ち
職場のテーブルに無造作に置かれていた
携帯電話の着メロでハッとなり
居てもたってもいられず
持ち主に話しかけてみた。
「それ、スネークマンだよね?」
「えっ?猫さん、ロックマン知ってるの?」
ってのが我々夫婦の本格的な馴れ初めである。
まぁキューティは最初見た時から
めちゃくちゃ可愛いって思ってはいたのよ、
社長が連れてきて
「見て~、可愛いでしょ!!アタシの新しい彼氏だから!!」
と肩に手を回されるも
「え?違いますけど?」
とか真顔で返しちゃうような奴だが
まさかのロックマン繋がり。
ゲーマーはゲーマーを呼ぶ。
因みに弟の奥さんも
超美人かつ才媛ながら
知り合った経緯は格ゲー仲間らしい。
姉弟ともゲームがキッカケで結婚するとか
ゲーム、恐るべし。
何なのこの姉弟。
「何でお前みたいな趣味で人殺してそうなガラの悪そうな奴にあんな綺麗な奥さんが·····」
「俺も姉貴に全く同じ事言っていい?」
「本当に嫁子さんはこんなんで良いのか·····もっと他に幾らでもいたと思うが·····」
「だから俺も全く同じ事を思ってるからね!?」
絶望的に計算が出来ないと言うか
生活費の固定費と言う概念も
最近まで無かったらしいキューティだが
ゲームや歴史の登場人物の名称や
数値に関しては本当によく覚えている。
我々みたいに何かが決定的に欠けてる人間と
ゲームは物凄く親和性が高いのかもしれない。
ゲーム嫌い!!ゲームなんてやらない!!
って人には何度か会ったけど
生もの食べられない人を見る感覚だよね、
「別に良いけど·····勿体ねぇなぁ」
特にお母さんに多いのが
ゲーム=悪、みたいに考えてる人な。
やった?
ちゃんとやってみてそう判断してる?
CERO指定はちゃんと見て子供に与えてる?
小説は良いけど漫画はダメ!!
みたいな奴と併せて信用出来ないなぁ。
現に娘の小学校でもそんな先生がいたのよ 、
文庫やハードカバーは持ってきて良いけど
漫画はどんなものでも絶対ダメって先生。
「つまり……幻冬舎アウトロー文庫は小学校に持って行って良くて漫画日本の歴史はダメなんか……?」
問題は文字が多いか絵が多いか
じゃなくて内容だろ?
ゲームにしたって同じ事が言える。
私も「うぇえ」って拒否反応が出て
途中で投げたゲームは確かに存在する。
シナリオではクロックタワー3とか
戦闘のやかましさで音を上げたのが
素晴らしきこの世界とかゼノブレイドとか。
後は以前、中学生の女の子に勧められた物で
「何これ……絵は綺麗だけど物凄いサディスティックな内容だったりしないよな……」
と恐る恐るやってみたところ
「何故か収監されている二枚目の取り留めのない愚痴や泣き言を聞かされパシリやらされてそいつを覗き見をするゲーム」
とかも非常にやっててしんどかった。
ときメモはそこそこ面白かったのに
女性から勧められる女性向けのゲームは
金持ちのババアがやりがちな
美形揃いの逆ハーレム方面か
ホストに食い物にされる感じで
イケメンにパシリにされるゲーム多過ぎない?
勧められたから齧った中で言えば
駆け引きの余地が殆ど感じられない
星の王子さまで言うと、飼い慣らされてる。
飼い殺されてるに近い。
私がそう感じたそれらが一部の女性から
絶大な人気があるらしいのが
キャバクラとホストクラブの違いについて
何となく答えが出た気もする。
私みたいなゲスい人間に
女性向けの恋愛シミュレーションゲームは
エベレスト並に敷居が高かった。
何が悲しくてゲームの中まで
男を相手にしなきゃならねぇんだね。
様々な美女に様々な手法で
徹底的に罵られるとかならまだ解るが
そこは単に個人の性癖の違いだね。
夜空の煌めきの数だけ星が存在するように
人の数だけ性癖が存在しているのだから
そっくりな色で煌めく相手と
出会えたら良いね·····
私はそんな奴と絶対会いたくねぇけど。
ここで盛大に反感を買ったであろうが
好きなものは好きで良いし
嫌いなものは嫌いで良いんだよ、お互い。
問題は自分と違う人とどう折り合って行くか、
ある程度は棲み分けするにしたって
たまに交流したり遭遇したりする訳で
その時にどう思ってどう対処するか、
そこなんじゃないかね。
そこで自分と異なるからって
異なる相手を貶めたところで
何の解決にもならんよ。
爬虫類が指に顎を載せてきただけで喜ぶ私が
イケメンのパシリを喜ぶ人を
否定する権利はない。
悦びを感じる対象が異なる、ただそれだけだ。
にしてもさ、これを書きながら
SWITCHのゲームボーイアドバンスに入ってた
ファイヤーエンブレム 封印の剣やってんだけど
これ、20年くらい前の作品なんだってね。
まぁ現にボーイアドバンスって時点でそうか、
でもゲームに関わらず
音楽にせよ文学にせよ映画にせよ建造物にせよ
良い物は何十年経ってもやっぱ良い。
認める人が多い=不朽の名作
ってのは大前提にしても
知名度のあるなしに関わらず
個人的な超名作ってのがあるよね。
私もゲームのプレイリストを作るとしたら
killer7とノーモアヒーローズと
UNDERTALEと妖怪ウォッチとホロウナイトと
バイオハザードとサイレントヒルと
ドラッグオンドラグーンは2まで
UNDERTALE入れるならMOTHERもか、
ついでにdeltaruneも期待値で入れとこう
·····とまぁもう枚挙に遑がない。
名作多すぎ問題。
でも何だろうな、好きである対象を
1つだけ選ばなきゃいけないなんておかしい。
好きな物が多すぎて1つに絞るなんて無理!!
ってくらいが個人的にはちょうど良い。
ゲームで一緒にバラモスを倒しに行った我々は
それぞれ違うところで生活しているけど
「何で猫は武闘家武闘家魔法使いでパーティ組んでんだよ!?僧侶いなきゃ無理だろ!!」
「えぇ?だって装備にお金掛からないし回復は装備の少ない武闘家に薬草たくさん持たせれば転職まで事足りるでしょ?」
「俺、コイツと同じ武闘家とかやだ!!戦士が良かった!!」
「そんな事言われても戦士はお金かかるしすばやさ低いから入れたくないんだよ。まぁ良いじゃん、本当の仕事じゃなくてゲームなんだし」
「猫~トイレ貸して~トイレどこ~?」
自分をゆうしゃにするのは共通でも
友達をどの職業にするかでモメて
ゲームやりすぎじゃない?
っておばあちゃんやお母さんに言われたら
持ち寄ったミニ四駆を走らせたり
なけなしのお金でカードダスを回しに行って
更になけなしのお金で駄菓子を買ったりして
新しい秘密基地の話なんかでまた盛り上がり
将来は俺らみんなでさぁ·····
なんて夢を実現前提で語れるその雰囲気。
名作ってさ、
その頃の自分の境遇と併せて刻まれるよね。
我が子と我が子の友達たちと
またあの生活が戻って来るなんて
思ってもみなかったんだけど
ゲームにしても本にしても映画にしても
何にせよ、名作が増えるっていい事だよね。