「やらない後悔よりやってからの後悔」
みたいな話を聞く度に
そうだよなぁ、と思う。
私は幼少期より最近まで
寝る前によく思い出し怒りに苛まれていて
「私がやったんじゃないのに、何であんな事を言われたんだろう? 」
なんてその日あった事をふと思い出し
「ちょっと待て、私がやったと勘違いされてたって事なんじゃないか?」
と言う事実に漸く頭が追い付き
「あぁあぁあ何でその時に言わなかったんだぁあぁあ」
と足をバタつかせたり寝返り打ちまくる、
そんな事がよくあった。
「次あーなったらこう言う!!こうする!!」
って何とか溜飲sageな感じ。
そんな中で私に「後悔」と言う言葉を
初めて実感させてくれたのは
おこわ屋さんのおじさんの一件。
場所は西台のダイエー、
私はまだ5歳で弟は3歳とかだったかな、
習い事の帰りに寄ったそのダイエーで
「ちょっとお買い物をしてくるから、ここのベンチで待っててね」
母は食料品売り場付近のベンチに
我々姉弟を残し買い物へ行った。
弟は『ウルトラマン大百科』とか
小さいながらも分厚い愛読書を読んでいて
「お姉ちゃん、1番重い怪獣はなーんでしょ?」
「スカイドン」
「当たりー、じゃあ次はねー」
みたいな緩い会話をしていた記憶があるが
そのベンチのあったエスカレーター脇に
おこわ屋さんの屋台があり
そこのおじさんがにこやかに話しかけて来た。
「君たち、お行儀よく待ってて偉いねぇ。お利口さんだねぇ。ねぇ、おこわ、好き?おじさんのおこわは美味しいよ、ちょっと食べる?」
私と弟は固まった。
おこわは好きだ、我々は大好きだ。
しかしそれよりも
「おこわを頂いたの!?あなた達が物欲しそうな顔を見ていたからでしょう!?どうしてそんなみっともない事をするの!?」ギェエェェエ
と言う恐ろしい流れになるのは
幼稚園児と未就園児でも想像が付いた。
「あっその、いいです、お母さんに怒られるので」
とか何とか弁明する私に
おじさんは更に嬉しそうな顔になった。
「そっかぁ、ちゃんとしてるんだねぇ」
「あ、ありがとうございます」
これで終わると思っていた私が甘かった。
「じゃあ、おじさん、これから良い物持ってきてあげる。ちょっとだけ待っててね」
「えっ?」
おじさんは我々の返事を待たずに
小走りで店内から出ていってしまった。
どうしよう、絶対怒られる。
何か貰ったりしたらどう言えばいいの!?
おじさんと入れ替わりに
「ごめんなさい、行きましょう」
荷物を持った母が戻ってきた。
えっでもあの……
我々姉弟は顔を見合わせた。
おじさんは私達に何かをあげようと
わざわざ走って行った訳だが
それを説明したら母の落雷発生は免れない。
どう言えば怒られないだろうか。
「どうしたの?行くわよ、バスが来ちゃうから急いで」
そう母が弟の手を引いて歩き出したので
私も仕方なく着いていったのだが
店内を出てすぐ外にあった
焼売だか肉まんだかの屋台におじさんはいた。
私が思わず凝視してしまったのもあり
「あっ、あれ?待ってないの!?」
おじさんは少し悲しそうな顔をして
手には大きな紙で折られた
折りかけの手裏剣を持っていたんだ。
母は一瞬立ち止まるも事態が読めなかったのか
「すみません」と笑顔で歩き出したが
混乱を極めた私は為す術もなく
母の横を付いて行ってしまった。
焼売だか何だかの屋台の人は
ありゃーって顔をしていたけど
おこわ屋のおじさんが持っていた
オレンジと濃い紫色の大きな手裏剣とか
少し焦った悲しそうな顔は
今でもハッキリ覚えていて
帰ってからもずっとその事を考えていた。
「今日、何かあった?」
祖母にそう聞かれてしまったが
上手く言葉がまとまらない。
自分は何もねだってない事と
優しそうなおこわ屋さんのおじさんが
わざわざ作ってくれた手裏剣を
無碍にしてしまった事への罪悪感を
どう説明すれば良いのか解らなかったのだが
母が自室に行ったのを確認してから
祖母の部屋へ行って
「あのね、今日……」
そう順を追って話してみたところ
「そう、そんな事があったのね。じゃあ次の習い事の日は、おばあちゃんが行こうか。帰りにダイエーに寄りましょう」
「おじさんに会ったら何て言えばいいかな、謝った方が良いよね?」
「あなたが今おじさんに思っている事を、そのまま言えばいいんじゃない。バスの時間があった事も」
「そっか……」
幼稚園児の頭を絞って
何と言おうか考えに考えて迎えた
翌週の習い事の帰りに寄った
ダイエーのエスカレーター脇には
おこわ屋さんの屋台はなかった。
焼売だか何だかの屋台は入口にあったのに
おこわ屋さんがあった一角は
何か物産展みたいなのに変わっていた。
お中元コーナーだったかもしれないが
「おじさんに謝るチャンスを失った」
そこは子供ながらに深く理解出来た。
私はあの日の失礼かつ非礼極まる態度を
優しいおじさんに弁明する機会を失ったのだ。
そもそもあの時、
走って受け取りに行く事も出来たはずで
こんなに何十年もモヤモヤするくらいなら
母に怒られても次のバスを待つ事になっても
自分の気持ちに従った方が100倍マシだった。
これが私の記憶に残る限りで
人生で初めて感じた「後悔」だと思う。
幼かった我々におじさんを慮る義務はない、
欲しいとも言ってないのに
おじさんが勝手に走っていったのだ、
それで私が母に叱責を受けるくらいなら
……みたいな方向に開き直る線も考えたのだが
やはり途中で減速して息切れした。
無理だ、やっぱり罪悪感が勝る。
あんなに優しいおこわ屋さんのおじさんの
手裏剣を受け取れば良かっただけなのに
何で逃げちゃったんだろうなぁ……
「あっあれ?待ってないの!?」
あの時のおじさんの顔と声は
35年近く経ってもハッキリ思い出せる。
それだけ私にとっては衝撃だった。
譬え一方的であっても
心からの人の善意や好意を無碍にする事が
どんなにキッツいかってのを
焼き付けられた気がするよね。
そう、今思い返せば
母が我々と離れて戻るまで
そんな長い時間の話ではなかったのだろう。
でも多くの人がそう思うだろうけど
そもそもが、だ。
私なら幼い子供をその辺に置いて
自分だけ買い物なんて行かないわな。
中学生……いや小学校高学年ならまだしも。
まぁでも夕方の有楽町とか銀座で
幼稚園児や小学生の私に腕時計を渡して
「7時にマリオン前ね」
なんて事もあったので
当時は特に何とも思わなかったのだが
今思えば危ない目にも何度か遭った。
前にも書いたかもしれんけど
やっぱり有楽町にて放流されて
アレコレ見て歩いていたら
凄いお金持ち!!って感じのおじいさんに
呼び止められたんだ。
「1人なの?じゃあ家に来なさい、お菓子もいっぱいあるよ」
「でもお母さんと待ち合わせを」
「時間になるまでには帰してあげるから僕の家においで、一緒に遊ぼう?」
ってやり取りを何度か繰り返した時に
ショートカットのOL風の女の人がいきなり
「あーいたいた!!行くよ!!」
って私の腕を掴んで
物凄い力で引きずって行く。
抵抗するも離してくれない、
うわぁ誘拐されるぅうぅ!!
とパニックになったんだけど
少し離れた路地裏に入ると
壁ドンみたいな状態で問い詰められた。
「あんた、お母さんは!?……はぁ!?こんな小さな子供に時計渡してほっぽってんの!?何考えてんだろうねあんたのお母さんは!!」
話せば話すほどにひたすらキレられまくって
心臓バクバクで動けなくなり
あぁあ殺される……と思ったりしたけど
時間までその女の人は
ブチ切れながら一緒にいてくれて
お母さんが来たらサッといなくなった、
そう記憶しているんだけど
少し成長してからふと思い返して
状況がようやく飲み込めて
「あのおじいさんがどう言う気持ちだったのかはさておき、あの女の人に御礼をちゃんと言えなかったな……」
ってやっぱり「後悔」した。
化粧バッチリでキャリアウーマンな見た目に
言い方が結構キツかったから
幼い私は怖い人と誤解してしまったのだが
その人は見ず知らずの私を助けてくれたのだ、
それは間違いないと思ってる。
おこわ屋さんのおじさんに対する私と逆だ、
流しても済む事を流さなかったんだ、
大きくなった私は心からそう思った。
躊躇せず行動してその行動により
周りから自分がどう見られるかも厭わず
銀座でウロウロしてる見ず知らずの子供を
母親と再会するまで保護したなんて
冷静に考えなくても凄いことだ。
この一件も私の人生観を大きく変えた。
自分には何の非も責任もない目の前の光景を
看過する事も出来るけど
帰って悶々とするくらいなら
強く感じた事は思う様に動いといた方が
帰って悶々としなくて済む。
母は母で変な話と変な質問ばかりする娘と
たまには離れていたかったのだろう。
時計渡して~ってのも毎回じゃない。
私は我が子には絶対やらないけどな。
まぁ私だって電車の中で娘から突然
「あのね、サンシャインから飛び降りた人がね、地上で液体になってたんだって。本当かな?あっでもさ、サンシャインから人は落ちるのに月は落ちて来ないよね、隕石は落ちてくるのに月は何で落ちないの?隕石は落ちてきても水にもならないよね?何で?」
みたいなどっから手ェ付ければいいのか解らん
且つかなり気味の悪い事を
いきなりペラペラ聞かれたら
うぇえ……何で今そんな……と思うけど
できる範囲でザックリ説明はするとは思う。
「どーしたら納得すっかな……」
ってのだけ念頭に置いて解らん場合は
「詳しい事は帰って調べてみようか」
とか言いつつ、
公園なんかで遊び倒して
子供が疲れて寝てる間にスマホ片手に
カンニングという名の短期猛勉強に走るね。
今はスマホやPCあるから楽勝だぜ。
答えられん!!私も気になるじゃねぇか!!
ってのもあるんだけど
私が恵まれていたのは
お母さんからは疎まれた代わりに
コペル君扱いしてくれる大人が
父や祖母を始めとして何人かいたからだ。
んじゃ自分の子供にも、ってなるよ。
散々困惑と迷惑を掛けたんだもん、
今度は自分がその番なんだなっつーかで。
「ねぇ、お月様って何で形変わるの」
なんて質問を投げられても
「あー……じゃそこのボール取って、違う、白い奴。懐中電灯ちょーだい、あと電気消して。いいから、ちゃんと説明すっから」
くらいはやる、つーかやった。
「ほれ、光が当たってるとこが三日月の形になってるじゃん?」
「あっほんとだー」
「で、こうやって懐中電灯のお日様を動かすと」
「大きくなった」
「うん、で、こっちに来ると反対側が」
「ねぇ」
「ん?」
「何で太陽が月の周りを動くの?」
「……え?これ、実はめっちゃ離れてんのよ?」
「んんー?」
ぐぬぬぬぬぬ、スマホ!!
学研図鑑『宇宙』持ってきて!!
私に聞いてきたからには
もういいって言うまで
グダグダ説明してやる、いいな!?
気持ちが疲れてるとなかなかね、
子供に突拍子もない事言われたら
あーもーいーじゃん今そんなんどーでも!!
って疎ましく思っちゃうよね。
私の母だって母なりに疲れてたんだと思うわ。
私みたいにダラダラしてる合間に
最低限の家事してた訳じゃなくて
キチンとしてたもんね、家事は。
周りの女の子はお姫様ゴッコしてんのに
自分の娘は家庭の医学とか図鑑読んで
虫と動物と戦車や宇宙船!!
ビックリマンキン肉マンドラゴンボール!!
理想の生活は縄文人の生活!!
からの突拍子もない質問の連続!!
バーコードを見たら
バーコードバトラーの数値を叩き出す!!
そんな女の子が同じ家にいたとあらば
……何となく心中お察ししますって感じ。
持ち物を全部サンリオにしようとするも
「えっ……ビックリマンがいい」
と出鼻をくじかれた挙句
「まぁ使うのはこの子なので、指定がないのならこの子に選ばせましょうよ。買いに行くのは私が行きますので」
と義母に間に入られ
「見てー!!ヤマト王子の青い透明のお箸!!スーパーゼウスのお弁当箱!!」
ピンクハウスで服を買ってくれば
「こんなの着て外に出られない……」
リボンのついたエナメルの靴を買ってくれば
「ごめんなさい、泥だらけになって塀で擦って破っちゃった……」
母が私に良かれとした事は
母的には悉く私に裏切られてきたのだ。
唯一、私が喜んだのは本とお菓子。
母も海外物や変わったお菓子が好きで
何より読書が好きな人だったから
そこだけは母娘らしく会話が成立したが
「カブトムシの幼虫の形とかのグミあったら面白いよね、身体はこれと同じヨーグルト味で顔と気門だけコーラ味」
「どうしてあなたはそう言う気持ちの悪い事を考えるの!?」
「同じ味のグミでも幼虫の形してたら食べたく無くなる人がいっぱいいると思うんだ、味は同じなのに人間の目と脳って不思議だよね」
「当たり前でしょう?そんな形してたら誰も食べないわよ」
「でも、面白いって思ってくれた人は食べてくれるかも」
「普通の人は食べません」
「だから普通じゃない人に買って貰えばいいんだよ、何十個もお皿に載せてドッキリに使ったり」
「さっきからあなたはどんな立場で話してるの!?」
「立場?うーん……幼虫グミを作って売る会社の人の立場かな」
「どんな立場なのよ、それは」
みたいに私が悪気なくぶち壊していたんだ。
小さい頃は人体解剖図なんかを見て
「うわぁ、私もみんなも中身はこんなになってるんだぁ」
って感銘を受けたら
すぐ誰かに言いたくなっていたのだけど
その手の話をした時の母の顔を思い出すと
「別に誰かに言わなくてもいいかな……」
そっと胸の中に仕舞う知恵がついた。
ヨーグルト味の幼虫型のグミも
僧帽筋の場所も
お母さんが喜ばない話は
大抵の人から気持ち悪がられる。
「あなたはどうして骸骨が好きなの?」
「ニコニコしてて可愛いから」
「…………」
「ほら、骸骨って楽しそうに笑ってるでしょ?」
「あなたにはそう見えるの」
「お母さんには骸骨はどんな顔に見えるの?」
素直な自分の気持ちってのは置いといて
相手がどう思うかを考えないと……
その上でまた考えれば良いのだ、
自分の気持ちに素直になるか
相手に合わせてその気持ちをしまうか。
でもそこを考えなくて良い時がある。
思い出し怒り並びに思い出し悩みに
繋がるであろう事が容易に予想されたり
良心の呵責に苛まれそうな事は
羞恥心や何やをかなぐり捨てて
自分の感じた事を信じて行動した方が良い。
気にしないから気にしなくていいよ!!
くらいの軽さで動いてみたら、後は慣れ。
一生物の後悔になってからじゃ遅いんだよね。
おこわ屋さんのおじさんと
銀座の短髪OLさんへの懺悔が
一生残る記憶として
私に知らしめてくれた事です。