人間は本質的には自由であるが

何者であるか選ぶことに責任がある。

実存主義という考え方なのですが

こういった思想というものは

答えの無いものに

答えを作り出す力

なのだそうです。

そうだったのか。

答えの無いものに

答えを作る理由ってなんなのだろう?

サルトルはなぜ考え続けたのだろうか?

一ついえるのは

それらを考えることは

人間が生きることの

意味の中に含まれてくる気がする。

人間は

うれしいとか悲しいとか

むかつくとか

いろいろな感情がある中で

やっぱり楽しいという感情が

好きだと思うし

そのときにじゃあ人生は

どういった状態がいいのかって考えると

やっぱ楽しい方がいいと思うし

楽しい人生を送るために

思想ってのは必要なんだろうな。

てかこれがそもそも思想だし。

何かしら意味をつけることが

人間には

必要なことなのだろうな。

を語ることについて

いろいろ考えてみたけど

やっぱり

行動が伴ってないのは

語っても

相手には伝わらないか。

だから

もし語るなら

それなりの覚悟をもって

語るべし。

さらに言えば

別に

面白いものである必要は無いけれど

面白い方が夢っぽいので

少し

みんなが

そういえばそうだね

的な視点から

社会に対して

貢献できるような

夢を持ってみようと

思う。

やはり

未来を語ることは重要だ。

なぜなら

人生の残された時間は

まだやってないことを

やる時間だからだ。
一日一つ

何か物事を考えて

記録する場として

このブログをやっているが

最近どうも

書きたいと思えるものが

出てこないのが現状。

かける題材は

周りにたくさん転がっているのに

それらに対して

考えられていない

そういう状況に陥ってしまっている。

多分いままでの文章は

何かしら過去の経験から

ストックしてきたものを

現実世界と当てはめていたから

すんなり書けたけど

最近はそういったネタが無くなりつつあり

かつ、自分でも掘り下げるという行為が

まだ確立できていないというのが

原因だと思う。

理由の部分を考えきれるだけの頭を

まだ持ち合わせていないということなのでしょう。

ということで

成長の余地

ありですな。