かなり昔のことだが、アメリカで暮らしていた頃、日本人仲間のパーティーに招待された。しゃべっていると当時高価だったビデオカメラを使っている人がいた。明日から1週間ほどフロリダ旅行に行くから買ったのだという。「高かったでしょう」と聞くと、彼は「はい」とごく当たり前そうに言った。「でも1週間後には返品するんです。」

アメリカ人の場合にはこのような考えは珍しいというわけではない。冬期にフリージング・レインのため3日間ほど停電したことがあった。電気が戻った後でホームセンターに行くと、小型発電機のパッケージを車で運んできた人がいる。店員がちょっとアップセットして「返すのか」と聞くと、彼は平然として「イエス」と言った。

アメリカでは開封して一定期間使用した電気製品であっても、気に入らなければ返却して良い。これは消費者保護のためで、意外な欠点のある製品を買ってしまったからといって、無理に使い続ける必要はないのだ。この制度を利用して、短期間だけ無料で新品のカメラや発電機をを無料で使おうというわけだ。費用節約のための新しいアイデアではある。

アメリカはこのような「お試し制度」がたくさんあって、銀行口座を開いたり、クレジットカードに入会すると、といくらか入金してもらえたりする。これを利用して一定期間入ったり出たりを繰り返し、収益にする人がいる。まったく悪いなどとは考えていなくて、仕事の一つだと思っている人たちも多い。

日本人は集団としてかなり均一だが、外国では迫害を受けながら生き延びてきた人たちもいて、自分の権利のみを主張して譲らないことも多い。生き延びるために獲得してきた考えだから、当たり前と言うこともできる。何に違反するわけでもないのだから、積極的にやって金を儲けようと考えている。でも自社の製品に満足がいかなない場合には返品してもいいのだから、企業にとっては好ましくないであろう。

以前日本で有名な研究者にアメリカで会ったことがあった。彼は研究に使う試料を私の当時のボスに請求しているのだが、私からも頼んでおいて欲しいという。私はそれを自分で調製する簡単な方法を話したのだが、彼はそんなことは一流の人間がやることではない、まずは最初に開発した人に頼むのが礼儀だという。彼は日本ではアグレッシブな人間として知られていたので、別の局面を知ってとても驚いた。

この後で私は、どのような人間も「一流の人間」とそうでない人間とに分けることができると考えるようになった。一定の基準を採用すればどちらかに振り分けることができる。「一流の人間」は一週間使用するだけのために新品を買って、あとで返品したりはしない。余得があるからといって、頻繁に銀行口座やクレジットカードを何度も変更したりすることもない。このようなシステムが一時使用のために儲けられている訳ではないことを知っているからである。

アメリカで一軒家に住んでいると銃を持っていた方が安全だという気分になることがある。でもそうしようと思ったことはない。アメリカ人はかなりの人が銃を持っている様に思うかもしれないが、「一流の人間」はそんなものは持たないのである。確かにそれで身を守れるのだが、社会にとってはマイナスであることを知っているからである。

我々は日常生活で判断に迷うことが多くある。多くのことは考え方次第で、正しいとも誤りだとも考えられる。このような時には、「一流の人間」ならどうするかで判断することにしている。「一流の人間」というとずいぶん偉そうな感じもするから、「普通の人間」と言い換えてもいいのかもしれない。でも「一流の人間」の方がインパクトがあっていいだろう。

集団の大部分が「一流の人間」で占められたときに初めて成熟した社会ができあがる。大震災の後で危機にある我が国は、成熟した社会を形成する方向へ、今まさに大きく舵を取る必要がある。我々みんなが社会全体のことを考えるようになった時に、本当の意味で安全、安心で平和な社会がやってくるのだと思っている。