簡単にいえば、悔い改めとは「見方を変えること」です。

 

もし見方を変えることができたなら、その人はもう別人です。

 

当然です。

 

見方が変わらないからその人に変化がないのです。

 

 

悔い改めは見方を変えること

 

これだけです。

 

 

自分の行いを正すことは、見方を変えた後に起こります。

 

御霊を神から受けるからです。

 

罪から離れることは人間の自由意志だけでは不可能でしょう。

 

「主にあって、肉に従わず、御霊に従う者は決して罪に定められることはありません。」とパウロは手紙に書いています。

 

人は主を信じて御霊を受け、御霊(とこしえの力)によって変えていただく必要があります。

 

これはキリストを復活させた神の力です。

 

御霊によって人は栄光から栄光へと日々キリストの似姿へと変えられていきます。

 

 

「あなたがたは、恵みのもとにいるので、罪が支配することはありません。」とパウロは教えました。

 

つまり、罪からの解放です。これが新しい創造です。

 

キリストの内にいるならだれでも新しく創られた者であり、その人は光のなかへ導き入れられたのです。

 

「福音はすべて信じる者に救いを得させる神の力」とパウロは述べています。

 

この神の力は上から来ます。

 

 

キリストはあなたの罪のために死なれ埋葬され復活された。

 

十字架にかかった主はもはや人の姿をしておらず、全身は血みどろでした。

 

このすさまじい死は父なる神と主キリスト・イエスの真実の愛です。

 

これを信じる救われ方は神の義による救いです。

 

キリストは永遠の贖いを完全に成し遂げられました。

 

救いは恵みと信仰のみによります。

 

613の律法はもちろんのこと、どんな善行も救いとは関係がありません。

 

 

もし、あなたが救われたなら神と隣人を愛し、自分と隣人を罪に定めることなく

 

主に贖われた自由な子供として、日々キリストの十字架を仰ぎ見

 

主に感謝し喜びのうちに歩んでいきましょう。