父なる神からです。
そして父なる神が引き寄せてくださらない限りイエスのもとへ
行くことはできません。
そのように、イエスは語りました。
そもそも、神学校で学ぼうとは考えません。
すべては御霊を受けてから始まるのです。
パウロはイエスに出会ってはじめてイエスがメシアだと知りました。
高度な知識を学校で学び、トップの成績をおさめたパウロでさえ、
イエスをメシアだと知ることは出来なかったのです。
メシアはベツレヘムから生まれるという知識を持ってはいましたが
旧約の知識をもっているだけでは、イエスがメシアだとは分からなかったのです。
後に12弟子の一人となったナタナエルでさえ、良いものが、ナザレから出るだろうかと言ったくらいですから。
当時、イエスがメシアだと知っていたのは、バプテスマのヨハネだけです。
なぜ、知っていたか?
それは、神からこう告げられていたからです。
天から聖霊が下りて来た者がだれであってもその者がメシアであると。
イエスがバプテスマを受けたとき、聖霊がハトのようにイエスの上に下りそれを見て
はじめてバプテスマのヨハネは彼がキリストだと知ったのです。
このように、父なる神が真理を伝えます。
イエスはベツレヘムで生まれ、ヘロデから殺されそうになったため、エジプトへ逃げるように神から
伝えられ、ヘロデが死んでから、ナザレに移り住みました。
こうしたいきさつを、人間は知ることができませんでした。
当時のパリサイ派の人たちもそうでした。
こうした一連の出来事は、神のみこころだったのです。
真理は人間には隠されている。
だから、聖書も父なる神から直接学ぶのです。
神学校で学者の教理を学ぶのではありません。
御霊は神がふさわしい者に与えます。
御霊を受けた者は、イエスを信じるだけではだめで、
従わなければいけないことを知っています。
従って、従わない者は神の愛を知らず、救われてもいません。
以上、LUX光が語りました。

