電話の向こうで甲高い声で喚くように話しているのを
私はうん、そうだねぇと言いながら、ぼんやり聞き流していた。
彼女は所謂、クレーマーと噂されている人だ。
彼女が話す内容はいつも同じ。
子どもの、通学団でのこと。
うちの娘が、
うちの娘は、
うちの…
そうか、それは大変だと思う。辛い思いをしたね。
私も親の端くれ、子が辛い思いをしていると想像うと、代わってやりたい、と思う時もある。
けれどもまぁ子が男の子だから、というのもあるかもしれないけれど、
子どもは子ども同士で考えて解決していくものだし、
オトナが考えているよりかはさっぱりしていて、そんなもんかと意とも簡単に乗り越えていったりもする。
でも何よりも、内容は、実は何てことないことなのだ。
「うちの子どもが可哀想」というレッテルを実の親が貼って、然も守っているかのような。
私は争いが嫌いだ。
誰かが誰かのことを影で悪く言うのも好かないし
自分の誰かに対する負の感情を晒すのも好きではない。
もし何かが悪い状態で、それを善くしたいが為に話すのであれば好いのだけれど。
もちろん私だって血気盛んな時代はあって
オトナに楯突いてみたり反抗してみたり
トモダチや後輩にキツい言葉を浴びせたこともある。
姉妹喧嘩だってしたし、親とも言い争ったことだって多々ある。
そういう時間を経験し苦い思いもしたからこそ
今は成るべくして争いを避けている。
そして事が荒立つ前に、丸く収められるものならばその為の努力は惜しまない、と
思って過ごしてきたのだった。
そんな過程があって
色々な場面で多くの人たちとのご縁があり、関わりを持ってくれてる人たちとの間で、
眉をひそめた表情を見るよりかは笑った顔の方が好いに決まってる、と思いながら
日々過ごしているのだけれども、
万人誰しもが争いを好まない、というわけでもないんだな、と最近知った。
「いや、あたしだってさ、こんなこと言いたかないよ?
でも誰々さんがさ、こう言うんだもの、腹が立つよね?」
彼女は必ずこう言う。
彼女だけではない、言うなれば好んで争いたがる人達は同じ台詞を話す。
「好きで争ってるんじゃないのよ、ただ相手がこう言うから…」
そうやって自分ではない誰かの所為にして、「好きで」争っているのだ。
そんな行動が、自身の繋がりを絶つことになるとは思ってもいないんだろうなと思う。
その周りにいる人たちはきっと同じように、あなたの事を良くは思ってない、そのことを
気づかないだなんて、寂しい話だ。
争うだなんて、何の根本的解決にもならないのにな。
自身の負を相手にぶつけて、その時はすっきりするかもしれないけれども、
その撒き散らした負は誰かを傷つけ、あなたを遠ざけているのに。
あなたと私の間も、どんどん離れていっているのを、
きっと未だ気づいてないんだろうね。
とげとげよりも、まぁるいほうが、いいのにね。