時々、何もしたくないと落ち込む。
なんで私は此処にいるのか
どうして此処で私は成り立ってるのか
本当にこんな私でいいんだろうかと
幸いにして
住む処があり
居る人があり
要るべきとしてくれる人があり
こんな私なのに
ちっとも正しくないのに
大丈夫だよと言ってくれる
それなのにまだ
信じ難いと疑う自分がいる。
悪のループなのだ。
ちゃんと、わかってる、
自分のすべきことや在るべき姿、
わかってるのに
インヤンループがインにある時。
ちょっとどうしようもない。
ので
ブログネタ:夏、ふりだしに戻れたら、何する?
参加中私は真剣ダイエット。 派!
ブログネタ:【暴れん坊将軍より】「肉」「米」「魚」、1年分どれが欲しいのじゃ?
参加中秋は米ですよ、やっぱ。
チビ作がまだ赤ちゃんの時、
子どもを育てる嬉しさよりも不安の方がいっぱいで、
勝手に孤軍奮闘していた。
そんな時、「育児は育自」というフレーズを耳にしたのだった。
小さいけれど尊い命。
未熟だけれど立派なニンゲン。
対赤ん坊ではなく、対ちびっちょいニンゲン。
あなたを全身で信じてるよ。
そんなキラキラした瞳で一生懸命ママの動きを追いかける。
頼られる責任と気恥ずかしさ。
愛されてる実感とその重さ。
先日テレビである方が言ってたこと。
「20年近く子どもを育ててきてわかったことがある。
それは、『子どもは絶対、間違ってない』ってこと。
どんな時も、どんな事も、間違ったことはしてないし言ってないね」
「忙しくて、オトナの事情で子どもを急かし、オトナの目線で叱咤し、
子どもの気持ちを全て聞くわけでなく「オトナが正しいんだから」という無理矢理な文句で黙らせて。
そうじゃなくってね、一呼吸置いてさ、聞くわけよ、うんうんお前の言い分は何だい?って。
すると大抵っていうか絶対ね、こっちはハっとするわけよ。あーそうだ、そうか、そうだよなって。
だから親次第かな、やっぱり子どもを見る時は。親が見えるわけですよ」
チビ作は今8歳、ちびおは5歳、二人とも万年反抗期である。
これは親を成長させるためにある、って聞いたことがある。
どう伝えれば子どもは納得するのか。
彼らが伝えたいことは何なのか親の私は聞いてやってるのか。
一生懸命分かって欲しくて話をしても、ガミガミ言ってるようにしか聞こえなかったら意味がない。
抱きしめて「あなたが大好きで大切だから、言ってるのよ」と本気で伝えるしか術が分からない。
昨日も反抗し舌打ちをしたチビ作を叱った。
わぁわぁ喚いて泣き叫ぶちびおを叱った。
その後しばらくして抱きしめると、強張った体が安堵に包まれるのがわかる。
二人とも、大好きなママに叱られるのが辛いんだ、と痛感する瞬間。
でもやっぱり、君たちのために叱ってるんだ。
まだまだ毎日、奮闘中。
世の中陰と陽だと思っていた。
白と黒、善と悪、その真っ二つに分かれてるもんだと。
でも違うらしい。
グレーゾーンが、あるんだ。
それもさ、だいぶ幅利かせてるらしいんだぜ。
曖昧な感情は時として重宝される。
でも厄介なことに、取り扱いを誤るととんでもない方向に行っちゃうんだよ。
なんちゃらかんちゃら is freedom
なんちゃらかんちゃら is freedom
でもその「なんちゃらかんちゃら」が言えねぇ。
なんちゃらかんちゃら is all I want
なんちゃらかんちゃら is all I need
でもやっぱり「なんちゃらかんちゃら」が言えねぇ。
ボクが知りたい事と
君が教えてくれる事はなんかちょっと、違う。
ボクが言ってる事と
君が理解している事はなんかちょっと、ずれている。
君のためにやってきた全てが実は
ボク自身のためにやってきたみたいだ。
なんちゃらかんちゃら is freedom
なんちゃらかんちゃら is all I need
もしそれが君との別れ文句だったとしても
ボクは後悔しない。
ブログネタ:5年前、何してた?
参加中唐突ですが
私はこの地球上、生きとし生けるもの全て、優劣つけることなく
平等な想いでもって愛されるべきだと想っています。
簡単に話せば、鬼畜生も、
ニンゲンも犬猫も馬鹿も。大切で尊ぶべき命。ということです。
自分がブログを書くようになって、
色々な人たちの色々な思いを知り、興味のなかったことに興味を持ち、
知りたくなかった事を知ってしまったりずーっと知らなかった事を知れたり、
そんな中で動物好きの自分がいつも心を痛めるのは
捨て犬、捨て猫、その他愛玩動物のネグレクトを知ってしまったとき。
ニンゲンほどの感情はないかもしれないけれど、
大切な家族の一員として、
自分の心の癒し相手として、迎え入れたはずの動物達が
ニンゲンの勝手な理由で捨てられてしまい路頭に迷うこと。
毎度そんな記事を見つけてしまうたび、
人として、動物達に申し訳ないと想い、捨てた人間に怒りを感じ、
どうしようもない切なさを感じ途方にくれてしまうのだ。
この記事を見つけたときも、苦しくなってしまった。
だってもの言わぬこの犬に、なんと声をかけたら良いんだろう。
古い首輪をしていたこの犬。捨て犬なのか、飼い主と離れてしまった迷い犬なのか、
一匹でいる時に事故に遭ってしまった。
瀕死の状態で発見されて、心優しい方が保護してくれ、病院で治療を受けている。
もしかして、長くはないかもしれないけれど、
飼い主がいるのなら、どうかこの犬を探し出してやって欲しい。
そして、動物を飼う人たちへ、
どうか飼う時に、最期まで看取る覚悟を、一生一緒に居るための愛情を、
人として持っているはずの責任感を、貫き通してください。
詳しい話はココ
ブログネタ:男性のおしゃれ、どこまで許せる?
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