「なーるちゃん、あーそぼ」
アッちゃんだ。
いつも遊んでいる木村兄弟の弟。
太陽が高い。
アスファルトの熱が、ズックの底からじわしわと素足を焼いてくる。
「久々に、“いぬのやま”に行こか?」
「そやな、暑いから犬もいてへんかも」
家の目の前が車道。
車道を渡り、酒屋の左を抜けると、
小高い場所になっていた。
そこには車の廃車処理の工場があり、
車の残骸が放置された空き地が広がっていた。
男の子の間で人気の遊び場だった。
しかし、空き地に行くにはちょっとした難関があった。
上り坂のあたりに、背の高い雑草が茂っている。
雑草の奥に小さな沼があり、傍には掘っ立て小屋が建っていた。
そこにおばあさんがひとり住んでいる。
やっかいなことに、野良犬たちを飼いならしていたのだ。
空き地に向かう途中、野良犬たちに遭遇すると、
けたたましく吼えられ、恐ろしかった。
そこを子供たちの間で、“いぬのやま”と呼んでいた。
廃車工場は、森田という人が経営している。
森田家には、兄弟がいて兄は私と同級生。
工場の高い場所にプレハブを建て、
住居にしている。
森田くんの家に何度か遊びに行ったことがあり、仲良くしていた。
「最近、森田くん見かけへんなぁ、家に遊びにいこか」
「そうやな、それがええ」
その日は野良犬たちに遭遇せず、すんなりと空き地に出ることができた。
空き地の様子がいつも違う。
フレームだけの車やタイヤの他に
ひっくりがえされたタンスや、あちこちに散乱した衣服。
そして、畳が高く積み上げられていた。
あっけにとられた。
私たちは無言のまま、“いぬのやま”の空き地を後にした。
それからしばらくして、
学校内に噂が流れた。
「森田くんの家族が夜逃げした・・・」
「夜逃げ?」
私はなんとなく理解できた。
森田一家が、夜中にこっそりと家を出て逃げたということを。
●
夕飯間近で、もう少しで日沈みそうな時間。
ふたたび、あっちゃんと空き地へ行った。
私たちは、何も言わず高く積み上げられた畳に腰掛けた。
目の前に広がるのは、
川の土手から見える、かまぼこ型の工場の屋根。
夕焼けがあたりを赤く染めていた。
土手の向こうから音が聴こえる。
たどたどしいトランペットの音。
流行の歌謡曲の練習をしているようだ。
私たちは、ほころびた畳をかきむしりながら
森田くんはもうここへは戻ってこないのだと感じた。
<作者より>
このブログも9月でまる2年を迎えます。
ちょうど2年前「夕日とトランペット」というタイトルの記事を載せました。
子供の頃のエピソードです。
今回の記事は、あらためて書き直したものです。
残暑が厳しい今頃の季節、このエピソードを思い出します。
まだ小学生だった私ですが、
大人のシビアな世界を初めて知った経験だったのかもしれません。
数ヶ月前、舞台となった場所に行く機会がありました。
“いぬのやま”は住宅と病院になっていました。
森田くん、顔もはっきり思い出せませんが
どんな人生を送ってるのかな。
外で遊ぶことが少なくなった現代っ子。
この子たちが40年後振り返り、
どういう想い出を感じることになるのでしょう。
次回をお楽しみに。

























































