ひとつ前のかどはさよならサヨナラ -13ページ目

中学生の時だと思う
数学の教師がね

この世に完璧な円は存在しないって言ったんだ

初めて知った時驚いた

続けて教師は言ったんだ
正三角形とか正方形、直角とかそういうものも、現実には存在しないんだと

いや
ぶったまげたよ

頭の後ろに

ガーーーーーン!!

なんて文字が出そうなほどショッキングだった

そんな出来事を
最近、母さんと話した事で思い出したんだ

母さんは
書道家として長い間活動してきてさ
たくさん生徒さんもいる

書道をはじめた日から55年が経ったって
笑ってた

半世紀だよ、すげーなって言葉が出ないくらい

尊敬する

でも、そんな母さんが



が書けないって言ったんだ

正確にいうと
円を描く勇気がないって言っていた



まる

見た目はただの円


難解な文字や
畳何畳にもなる半紙に
刻むように、流れるように
天衣無縫、

【書き】

作品を創り続ける母さんが


書けないっていった



母さんが言う

円を書く時
何を考えながら書くのか
無心
って言葉があるけど違うみたい

存在しない完璧な円


でもね到達出来ない不完全な円を
見つめ続けると優しい気持ちに立ち返れるんだって


不思議だけど
なんだかわかる気がした

現実って
直角が存在しない事からはじまって
椅子や机…
常にさ
歪んでいてさ
完全って有り得ない
そこに住む人間も
当然、不完全でさ

不完全な生き物が
歩き回れば
不完全な出来事が生まれるのも当然の事だよね

挫折したり失敗したり
するのも
当たり前だよね


うん、


勝手に考えてみたんだけど…

絶望


絶望って何かね?

絶望は、黄金である


そんな事を
山本周五郎って作家が書いた本のの中で言っていた

そう考えると
僕はなかなかやっぱり絶望しない
絶望する前に諦観してしまう事が多いかな

変な話だけど
友人にゲイがいる


そいつ達を見ていると、僕はこの山本周五郎の言葉を思い出してしまうんだ

絶望は黄金である事を

誇示されているような気になってしまうんだ


太陽があればいい


そんな友達が
酒を交わしながら
笑いながら
頬杖をつきながら

嬉しそうな顔で
どこか得意気な口調で
言った言葉だった


太陽があればいい…

東京

そう呼ばれる街について、ぼんやり思いを巡らしていると
僕はどうしてもそこに
自分自身の父親のイメージをだぶらせてしまうんだ

東京と父親

一見、かけ離れたものに思える2つだけれど
僕の中では
どこかしら似通った印象があるんだ


まぁ
どこの父子も多かれ少なかれ
そうなのかもしれないけど

僕と父親との間には長年に渡る確執めいたものがあってね

子として親を愛する気持ちは、
人並みに持っているつもりなんだけど
その一方でね

どうしても愛せない部分を父親の中に見いだしてしまうんだよね…

具体的に説明なんかすると、話が大河ドラマくらいに長くなっちゃうから控えておくけど

ようするに

好きだけど嫌い
嫌いだけど好き

ってのが、僕にとっての父親という存在なんだ

ちなみにね
こういうどっちつかずの曖昧極まりない感情を、英語だと

アンビバレンス
ambivalence

なんて呼ぶらしい

東京という街に対してもまた、僕は
アンビバレンスな感情を抱いているんだ

父が僕の親であるのと同様に
東京は僕が生まれた場所だから

だから人一倍この街を愛しているつもりなんだけどね

その一方で、やっぱりどうしても愛せない部分があるんよ

街を見渡すとね、
ん~なんて言えばいいのかな…

高すぎ多すぎ忙しすぎみたいな

僕自身の中にもある
過剰な側面に出会い、またそれも僕なんだと確認してしまうのが
どうも好きになれないだ

なら、東京を離れて
どこか遠い地方にでも移り住めば良いじゃないか、
なんて思われるかも知れないけど

やっぱり
父親同様に
東京には絶ちがたい引力の様なものを感じてね

離れようとしても、いつの間にか引きつけられてしまうんだ…

好きだけど嫌い
嫌いだけど好き

そんなアンビバレンスな感情を抱きつつも
相変わらず僕は、

その勢力圏内に住んでいるんだ

そういった意味でね

東京と父親は僕の中で似通った印象なんだけども…