ひとつ前のかどはさよならサヨナラ -11ページ目


頬杖をつく癖があるでしょう?


そう僕に指摘したのは
意外にも歯科医だった

僕の歯を治療して
歯石を取った後に、サービスのつもりでか
そんな事を言ってきた


どうしてわかるんですか?

僕は単刀直入に尋ねる


小さい頃から長い間
頬杖をついて来たでしょう?
下のほらこの歯、八重歯みたいに前に出てますね
頬杖をついて
顎が圧迫されて、押し出されてしたんですよ


歯科医はどこか得意気な口調でそう言って
ニコニコした顔をした

目が合って
僕は自分の恥ずかしい何かを
歯科医としか知らない、男性に見透かされてしまったような気分を味わった


歯が前に押し出されてしまうほど頬杖をついて来たなんて


僕は
何をそんなにぼんやりしてきたのだったろう?
贈り物をもらうって
基本、とても嬉しい気分になる


入院中に
色々な差し入れというか、贈り物をもらったんだ

ひたすら暇を持て余してるだろうと
雑誌や漫画、小説が多かった

その中で
人生初の体験があったんだ


男友達から音楽CDを送られたんだ


女性からCDをもらったり、贈った事はあったけど
男からCDを贈られるなんて初めてだった


嬉しかったな


ただ、困惑した贈り物もあったんだ

同じ入院中の話なんだけどね
甥と姪が見舞いにやって来てくれた


姪がニコニコしながら
正方形の厚紙で出来た小箱を僕に差し出して来た


ん!?なんじゃこれは?


僕は不器用にセロテープが貼られた
小箱を手にとって姪の顔を見ながらそう言うと

あたしがつくったのー
使ってー

なんて微笑みながら

早よ、ふたを開けんかい!
って勢いで中身を見る事を促して来た


開けて見ると


陶芸作品!

…と言うか

きっと陶芸作品!

紙粘土の様なモノで出来たマグカップだった


でも、形が
モロモロのヘナヘナで
現代アートの最先端を行き過ぎたオブジェみたいになってた


うーん…


贈り物は
嬉しいな(笑)


父さんが僕の通院する病院に来た

ここ最近すっかり耳が
遠くなってしまった父さんが補聴器をつける事になって
どうせならと
僕の通う病院を選んだんだ


補聴器は思いの外高かったみたいで
父さんはしきりに
悩んでいたんだ


すなまいなぁ…
ずいぶん高いけど
去年から、すまないなぁ…

何度も何度も
そんな風に心配そうに繰り返すモノだから
僕はますます思映ゆくなって
それを隠そうとして
受け答えがついぶっけらぼうになってしまったんだ

昔から僕の悪い癖だ…

悪い癖だと分かっていながらも
照れくさくなったりすると怒っているような物言いになってしまう

どうしても直らない…


ちょっと煙草吸ってくるから

やがて僕は
止めた煙草を理由に一旦その場を離れたんだ

父さんの耳穴の型を取るのに
時間がかかるなんて話だったから
外の空気でも吸って
気を紛らわせるつもりだったんだ


もう春が近いのかな
そんな暖かい日だったせいか
目の前の公園には
人の気配が少し多く感じた

僕はミネラルウォーターを買って
ベンチに座ると

それと同時に
右手の母子連れの会話が
耳に飛び込んできたんだ


すごいねぇ
新宿は人の数が多いねぇ~
都庁も大きいねぇ~
お母さんびっくりしちゃった

母親は立て続けにそんな事を言って
一人ではしゃいでいた

中学生くらいだろうか
二人の息子は

ああ…

とか

うん…

とか、ぶっけらぼうに頷くだけで
なんだか母親の存在自体を煙たがっているのが
明らかに見てとれたんだ

ご飯、何食べようか?

母親は大袈裟な笑顔を作り
明るい声で言った

二人の息子は何も答えない

母親は諦めずに
ハンバーグがいい?
それともお寿司にしようか?
と、言い募る

けれど
息子達はつまらなそうな顔をして
そっぽを向いている

やがて母親は
声の調子を少し低め、どこか申し訳なさそうに尋ねた

お父さんは
何か食べに連れて行ってくれるの?
外で食べたりするの?


別に…

二人の内の年上らしい方が面倒くさそうに答える

俺、マックとかでいいよ…

ここまで聞いたところで
僕は
ベンチから立ち上がり、公園を後にした

まだ、ミネラルウォーターの口も開けてなかったけど
なんだか
後ろめたいものを感じたんだ

父さんが補聴器を合わせている場所に戻りながら、
僕は
母子連れの身なりや、会話の一言一言を
反芻した

そして
それを聞いていた自分と、
補聴器が必要な歳になった父親との関係に
思いをを巡らせているうに
胸に切ないものが湧いてきた

どうしても
やりきれない気分だった

自分の中の
どこか遠い所にある
低温に触れた感覚だった

僕は父さんの顔を見ると言ったんだ
言わないといられなかった

ごめん
悪いのは多分僕だと思う

だけど
善いのも多分、僕だと思う

差し引きは
出来ないだろうけど

それで何とか
手を打ってよ

それでなんとか、許してよ


父さんは
キョトンとした顔をして僕を見ていたけど


おかしなヤツだと
笑ってくれた