人が生きる理由だなんて、何処にも存在しない。
それは漠然と其処に在るかの様で、その実何処にも存在しない。

手を伸ばせばすぐに答えが在るかのようで
伸ばせど伸ばせど、決して手には掴み得ず。

朧気に垣間見たその真実の輪郭を、若しくは其の片鱗をして
然も其れがそうで在るかのように錯覚するのみ。

だけども敢えて、
敢えて其れを「恋するため」に生きていると為すのであれば、
恋をしない存在は、ただ其処に居るだけの生ける屍なのか。

目的もなく唯彷徨うだけの異邦人なのか。



まさに、命短し恋せよ貴方。

『阪急電車』 有川 浩   幻冬舎


隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった...。


片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。
乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、
やがて希望の物語が紡がれる。


恋の始まり、別れの兆し、途中下車―人数分のドラマを
乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。


ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。



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臙脂色のちょっとレトロ感溢れる阪急電車でのお話なのだけれど。


ちょうどこの話の舞台は西宮北口から宝塚となっており、
自分自身としては少し馴染みが薄く、阪急電車としてもかなり
ローカルな線になるのであろう。


まぁそんな事を気にするでもなく、
ただそんな関西ローカル線でのとある出来事と考えれば、
すんなりと話に引きずり込まれるのではないだろうか。



そう、物語は冒頭から恋のはじまりによって幕を開ける。



とにもかくにも、この恋のはじまりを予感させる冒頭が
これから始まるであろうこの物語とピタっとリンクして
読者に頁をめくらせる手法はとても秀逸である。


物語の構成は各駅をひとつのエピソードとしながら
それそれがそれぞれに別の物語を構築する
オムニバスであるかのようで、
電車に乗り合わせる登場人物が緩やかにクロスし、
点と点が線になってゆくような長編小説であるかのようで。


何気なく通り過ぎていく毎日の中で、普段なら垣間見る事のない
目の前を通り行く人々それぞれに秘められた物語に、
ふっとした切欠で登場人物たちは巡り合い、
そして物語に溶け込んでゆく、そんなお話です。



本来であれば交差するはずのない人生が、
たまたま一緒の車両に乗り合わせただけの、
たまたま何気なく出会っただけの他人の一言によって、
路線を乗り換えるが如く大きくその道を変じていきます。



まさに、袖振り合うも多生の縁って処でしょうか。



何気ない出会いであるはずの人の、ほんの何気ない一言が、
これからの自分の人生の行方を
大きく変えていく切欠となっていく様は、
もう予めその人達との出会いが必然であったのだろうかと、
そんな気さえしてくるほどに。


しかしながら、よくよく考えてみるほどに、
自分の人生に於いてターニングポイントとなった時を思い出すと
いつもそんな何気ない一言があったような気がします。


どんなに長い言葉であろうと、美しく飾った文章であろうと、
そんな事はまったく関係もなく、実のところ一番大事なものは
たったの一言であったりするもので。



まぁそれはさておき、物語は大きく往路と帰路から成り立ち、
折り返しからはそんな素敵な一言と出会った登場人物達の
約半年後を描き出します。


往路で出会った登場人物達。


現実であれば、そんな唯の通りすがった人達の半年後だなんて、
知る由もないのですが、往路で行き交った人達がその後
どんな顛末を迎えるのであろうか、老婆心をくすぐるように
読み手であるこちらを一喜一憂させる物語構成になっています。



たまたまこの物語は阪急電車での出来事となってはいるのだけれど
それは何も車内のみならず、普段何気にすれ違う人達との出会いは
毎日そこかしこに満ち溢れ、そんな人々には各々それぞれの数だけの
色んな物語があって、通り過ぎ、すれ違っているもので。


そんな人々の人生にはきっと物語をこえたドラマがあって
僕にも僕の人生というドラマがあって、
そしてこれからも僕の人生はそんな何気なく出会った人達の
ドラマと交わり大きく転換しながら、走り行くのでしょう。


そんなドラマは其処彼処にひしめき、
何変わることなく人々はそんな毎日を
笑い、泣き、怒り、悲しみ、楽しみ、過ごしているのでしょう。



僕らは一人一人が自分の人生と言うドラマの主人公なんですよね。
誰しもが自分の人生に於いては皆主人公であって、
脇役なんて人は誰もいないんですよね。



ふっと何かそんな事を思わせてくれる素敵なお話でした。
そして道行く名前も知らない人々にも
素敵なドラマがあるって事を教えてくれるそんなお話でした。


人と人との出会いの素晴らしさに触れたい人に
読んでもらいたい、そんな一冊です。



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P.S

ってわけで、本日阪急電車今津線にのって、
物語の舞台の西宮北口から宝塚を途中下車含め
聖地巡礼してまいりますた(`・ω・´)シャキーン


まぁ、小説みたいに誰かに話しかけられるわけでもなく
話しかけるわけでもなく、淡々と乗っただけなんだけろ
(´・ω・`)


そんなねー、小説みたいな事があってたまるか!
っと思いつつちょっと出会いを期待しなくも(*ノェノ)


いあでも、なんか恋がはじまって欲しいぞ!
って気分になるから、ちと読んでみそ('▽'*)ニパッ♪

ほんとこの人、恋のはじまりのドキドキ感ワクワク感を
書くのうまいわぁw


まぁこの人にはどんなドラマがあるの?って
妄想しながら乗る電車はまた趣深いもので
(*≧m≦*)ププッ

よく話し下手なので聞き上手になりますといった発言を耳にする。
ふと頭に「?」が浮かぶのだけれど。


とかく聞き上手なるものが持て囃されているのだけど、
そもそも聞き上手とはなんだろう?
ただ相手の話を聞くだけが聞き上手なのであろうか?

否、そうとも思えない。


まず壊れたラジオよろしく、のべつ幕無く話し続けられる人物が
果たしてどれぐらい居るのであろうか?
その様な人物が仮に存在したとしてもだ、一方的に話し続ける事に
聞き上手な相手など必要なのであろうか?

それこそ、そこらの無機物や動物などに
話しかければ良いだけであって、
会話をする相手の存在なぞどこに必要とするのであろうか。


会話とは少なからずもコミュニケーションであり、
どちらかが一方的に伝達する事に在らず。
ただ聞いているだけでは、聞き上手とは程遠い存在であろう。


相手の話を傍聴するのみでは、一通り話が潰えてしまえば、
そこで会話など終了してしまうであろう。
であるからにして会話を継続していくためには、
次の会話へ移行するべく話を誘導していく事こそが重要と考える。

これが聞き上手となる鍵なのではないであろうか。


そう、聞き上手とは会話の前後関係を正確に把握しつつ、
的確に次の会話へとリードしていく能力に他ならないのであろう。

如何に相手の言葉を引き出していくかこそが真髄であり、
相手が何を想い、何を考え、何を伝えたいのかを
捉えていく事ができずして聞き上手などありえない。

であるからにして、会話全体の展開構成をある程度練り、
流れを制御し、その会話における主導権を握って行く事が
必須と言えるのであろう。


受動的展開では決して聞き上手にはなれない。
聞き上手であるからこそ、能動的なのである。


しかし能動的に会話するといった事を吐き違えて居る者が
多いのもまた事実。
よく質問責めをする者の話などもきくが、
これなどは最たるものであろう。

もうすでに会話といったものがコミュニケーションである大前提を
忘れているからこそ起こりえるものであろうか。

そこにはなんの構成もなんの展開もなんの誘導も制御も存在しない。


相手の話を引き出す為に、どのような前振りが必要になるのかを考え、
またそれによりどんな返事が想定されるのか先の先の先を読み、
それを話す事で如何にこの会話がより楽しくなるのかを想像させ、
そこへ会話を導いていけば、自ずと話は続いていくものである。

この過程をすっとばして結論を求めるから
会話が成り立たないのである。

もちろんだらだらと続ける会話も多々あるのだけれど、
会話とは総じて知的ゲームと言って
差し支えないものであるのかもしれない。


聞き上手とは、如何に相手に安心感を与え、
それを相手に話す事でどんなメリットが存在するのかを感じさせ、
自ずと口開かせるものであり、
その為には自己開示をしていく事も当然ながら必要なものであり、
そこには聞き上手であらんがために話し上手である
必要性があるばかりか、何気ない普段からの
自分のキャラクター作りさえ重要となってくるものである。


かように聞き上手とは超高等会話スキルのオンパレードであり
話し下手だから聞き上手を極めると言った
安直なものでは断じてありえない。

だからこそ聞き上手とは希少なものであり、重宝されるのである。