Comme des Essais


なんか月がでかい。各地で撮影された「スーパームーン」の美麗写真50枚
http://www.hiroburo.com/archives/51396658.html


今月19日の月は、地球に最接近した際に満月となる「スーパームーン」
(それも、18年に1度のほぼ完璧なスーパームーン)という状態でした、
月が遠地点にある時よりも約14%大きく、30%明るく見えたんだそうです。
世界各地で大きな月が撮影されました。




-----------------------------------------------------------

っという、各国でのスーパームーンの写真をあつめたサイトなんだけど。

まぁ月ってやつはいつの時代も、絵になるっていうか、幻想的というか
神秘的であって、人を惹き付けてやまないもので。


人間の身体ってものが、そのほとんどを水で構成されている事を考えると
この月の接近がもたらす影響が少なからずでているはずなんだよね。

それは人体に及ぼす影響どころか、宇宙規模で考えるとほんのわずかな
接近でしかないにも関わらず、きっと地球にもなんらかの影響が
出ているんでしょう。


先人達はそんな月と人体の関係なんてものを知ってか知らずか、
昔から月の魔力ってものを伝承の中に深く刻みこんでいたりするんだけど。

暮らしの知恵というものは時におそろしく真実を語っていたりするもので。


ま、そんな事をぼんやりと考えながら写真をみていたら
「永遠の満月の方程式」なるものを、その遠い記憶の中に思い出していた。


ラグランジュの五次方程式とその解。


ま、二つ以上の天体の間での力学的な平衡点を求める方程式で、
これを太陽と地球に当てはめ、月の静止位置を求めたものに
永遠の満月の方程式っという名前をつけただけなんだけど。

今よりも、月が地球から3倍遠い位置にあったとしたならば、
月は静止する、つまり月は永遠に満月としてあり続ける。

とてもロマンティックな方程式だ。


しかしながら、月が永遠に満月となったならば、
世界は一体どうなってしまうんだろうね。
んまぁ、ネタがなくなったからっというわけでもないのだけど、
おもしろいアニメについてでも語ろうかと。


この『化物語』という作品、元ネタは所謂ラノベ。
まぁ近年急速に確立されたライトノベルというジャンル自身
若年層以外ではそれほど馴染みのあるものでもないだろう。

しかもライトノベルの定義すらままならないのだから
ラノベ作家自身、それがラノベであるのかどうかすら
よく区別はできていないのではなかろうか。


閑話休題。


元々この小説は、作者によってアニメ化は無理であろうと
述べられた作品ではあったのだが、
深夜枠としてアニメ化され好評を博した。

ラノベがラノベたる所以として、かなりメディアミックス化、
まぁ端的にアニメ化を意識したるものとして執筆される
もしくはアニメをノベライズしたもので構成されるのではあるが、
この小説はラノベでありながらも、
メディアミックスである事を否定する事からはじまる。

そして多くのラノベがメディアミックスである事に注力する中
期せずしてメディアミックスを否定している今作品が
現在アニメの売上実質No.1をかち得ている事は
何の皮肉であろうか。


はてさてこの作品、何を以ってメディミックス不可能などと
述べているかを考えてみると非常にその面白さが見えてくる。

まず話としては、まったく中身がない。
語弊を懼れず有態に述べれば、
スッカスカと言って差し支えないのではないだろうか。

いや、もちろん基本的な物語の展開だとか
そういったものがないわけではないのだけれど、極めて薄い。

特に動きがあるわけでなく、
且つ話のプロット的にもそれほど捻りがあるわけでもなく、
平々凡々という言葉がまさにしっくりとくるのであろう。

もうこの時点でアニメ化とは程遠いのではあるのだけれど。

むしろこの作品はそんなくっだらない話を、
活字という媒体を使い、どれだけ魅力的におもしろく
料理できるかっという事に注力した作品となっている。

だからこそ、この作品は活字の持つ
活字ならではの面白さに溢れていると言って過言でもなく、
活字なくしてこの作品は成り立たないであろうと思わせる。

それはアニメ化に際して、活字が随所で
象徴的に用いられている事を鑑みても理解できるであろう。


とにかくこのアニメ、動きというものが非常に緩慢。
まさに紙芝居に毛が生えたようなものであり、
動く紙芝居アニメっという表現がしっくりとくるのかもしれない。

ではあるものの、それならばとまったく動かないわけでもなく
視線誘導が見事に計算され、動きがないのだけれど、動きがある
そんな特徴的なアニメーションとなっている。

このあたり、このアニメの制作会社であるシャフトならではっと
言ったところであろうか。まさにシャフト以外に
このアニメ化はありえなかったのではないだろうか。

洗練された奇抜な演出の動く紙芝居っと考えれば良いであろう。


で、このアニメーションの上にのっかるセリフがこの作品の肝。
このセリフなくしてこの作品は成立しえない。

それほどに秀逸なセリフまわしに溢れているが故に
紙芝居アニメが紙芝居アニメであって成立しえている様は
非常に興味深い。

むしろ、このセリフまわしを堪能するが為に、
過度の余計な動きというものが邪魔にさえなってくるであろう。


メインディッシュは2つもいらない。


そう、このセリフ達を魅力的にライトアップさせる為にも
アニメという動きはむしろ邪魔にさえなってくるがこそ
メディアミックス化不可能なのである。

そしてメディアミックス化を考えていなかったからこその
見事な活字による言葉遊びや言いまわしの妙なのである。

であるかしらにして、このセリフ達がつくるこの世界を
どう損なわずにアニメにしているかが見所であり、
このキャラクター達が織り成す
見事なかけあいを楽しむ作品である事は言うを俟たない。

よくぞこのつまらない話をそのセリフの面白さだけで
ここまで引っ張っていけたよなっと、
そんな穿った楽しみ方をするアニメと言い得よう。


まぁ是非とも活字好き、いや言葉遊びが好きな人達にも
見てもらいたい、そんなアニメであると推しておく。




結局何が言いたいかって『 戦場ヶ原、蕩れ! 』