前回ブログ更新直後、服薬自殺未遂をしてしまいまして。

相当、心身ともに人生に疲れて行き場を失くしていたのですね。

 

だけど私は、そんな時でも気丈に振舞うことができるし

しみったれた自分は人様に見せるべきでないと基本思ってしまう節があり

時すでに遅し、という場合が多いように思います。

 

結局、しつこいくらいに我が家に謝罪に来ていた彼に助けられ

それからみんなに迷惑をかけつつも、無事退院することができました。

退院条件は、心療内科に通院すること。

職場には入院理由は伏せ、パートは続けながらも

心療内科に通い始めました。

 

その中で、甲状腺の数値が異常値になるほど上がったり、または下がったり

とても不安定であることや

テストの結果、私は数値に関わることがとても難しいこと

診察を続けるうちに、統合失調症・躁鬱の傾向があること

などがわかりました。

 

今までいろんな思考がぐじゃぐじゃして

他人との関りも、平気だったり大変だったり

衝動的だったり、石橋をたたいて渡ったり

いろんな生き辛さが、ほんのちょっと理由づいたりして

お薬にも周りにも助けてもらいながら

今、生きています。

 

パートの仕事は、まさに苦手中の苦手な仕事で

受発注管理及び責任を負わなければならない事務で

もちろん誤発注を何度かする中で

やはり合わないと判断し、6月で辞めました。

 

それから近所のお弁当箱洗浄工場でちょっとお世話になり

キツイ・キタナイ・クサイを絵に描いたような仕事を経験。

こんなにもつらい仕事があると思えば

多少のことも我慢できる、と、ありがたい経験になりました。

何事も、想像だけじゃわからなくて

やってみて初めて分かることもたくさんありました。

 

で、8月からは契約社員(派遣)の始まりです。

9時~18時といっちょ前の時間を働くことになりました。

しかも、夏に仕事をするのは実に何年ぶりだろう。

来年の春までという、短期なので

いっちょ踏ん張ってみようと思います。

 

彼には(あの後もつづいていました)

今までと時給は変わらない、と言いましたが

今までより時給は格段に良いのです。

ここらで、しっかり働いて

ちょっと娘の為の貯金をしたいと思います。

 

お金のことは、モラ元夫の経験もあり

あけっぴろげになれません。

しかも彼は、いまだに私にお給料の額を秘密にしていて

言う気はないそうです。

飲食の時は毎回「2000円でいいよ」とか言われる。

出しませんけど。

だって、雀の涙の額しかもらえてない私のパート賃金と

(しかもそこから電気ガス光熱費、娘の諸経費、学校費、食費出てる)

彼の給与、おそらく60万くらい貰ってるのを知ってるので。

付き合ってすぐ位の時に、部屋にあけっぴろげの給与明細あって

目に入っちゃったものですから。

見たとは言いませんけど、そんだけの格差がありながら

いまだに何かにつけて「〇〇円払って」とかいう彼が

モラ元夫と被ってみえて仕方ないのです。

なんかケチと思ってしまう私。

そんな私のほうがケチなのか。

わかりませんが

今の私は、彼との未来に目を向けにくいです。

 

でも、とりあえず一緒にいます。

一人はさみしいので、何となくなのかもしれません。

でも疲れます。

 

死にたい

という衝動からは、人生丸ごと解放されたような今の私。

だからと言って、晴天続きではないのも事実。

人生、いつでも悩みって尽きないし

今は正直言って、あまり楽しいこともありません。

 

何が良いのか悪いのかはわかりませんが

いつか笑って、幸せといえる日が来ますように。

生きてます。笑

 

ざっくりと近況報告。

 

娘の実家留学ですが、本人と12月に話し合った結果

本人の希望で継続中です。

 

私もパートで社会復帰を果たしました。

9月からなのでもう3ヶ月になりますが

年末の繁忙期に休日出勤なども重なり

腸炎に・・・

やっと仕事が休みに入ったと思ったら

誤嚥性肺炎に・・・

 

そう、去年からは誤嚥と戦っております。

本来なら、お年寄りに多く

鍛えることで予防できる誤嚥ですが

 

私は一度目の左乳がん治療の時も

転移の右リンパ節治療の時も

食道や喉のあたりに放射線がかかってしまいまして

治療後はかなり違和感が続いていました。

その後、違和感が薄れたと思ったら

顕著に誤嚥症状が始まり

去年は(今回のを含め)二度、誤嚥性肺炎になりました。

 

誤嚥性肺炎は、寝てるうちに

唾液が気管に流れていくことで、簡単になってしまうので

もうホントつらい。。。

どんなにうがい手洗いしても

どんなに栄養つけても意味ないっていう

自己流免疫治療も全く通用しません。苦笑

 

左手の浮腫と同じく

左肩甲骨周りの筋肉痙攣と同じく

慣れ、認め、共存していくしかないのです。

 

これが私の選択した人生の副作用なんだと思います。

 

本当は今日から仕事始めなのですが

抗生物質を飲んでいるにもかかわらず

5日間、高熱が下がらず

やっと下降傾向にあった昨夜のうちに

今日と明日のお休みをお願いしておきました。

 

只今、娘は冬期講習の新年初日。

私は、一人で母の作ったお雑煮(やっと)食べつつ

ブログを開いてみた次第でございます。

 

もうほんと、暮れの大掃除も

新年のお正月も三が日も、あったもんじゃなかったです。

万年床状態になった布団に

大きなビーズクッションを置いて

上半身を高くして誤嚥を防ぎつつ、ひたすら寒気との闘い。

 

彼とも、すったもんだしながら

年末まで一緒にいましたが、元旦に別れました。

 

私が熱で身体中痛いのに

洗い物を残して帰る、とか

うちに来い、だとか

ホント自分勝手だねと思ったからです。

 

私も、熱で2日ほど痛みと戦っていた最中だから

切れやすい状態だったのかもしれません。

でも、私がつらい時こそパートナーの出番じゃないかと

思ってしまったのです。

これ恐らく、普通の思考ですよね。

「自分はしんどくてつらいのに、パートナーの為に(死ぬほど)無理をする」

は、モラハラ被害者にありがちな傾向で

今回もそっちに傾きかけていたことを、急に自覚。

 

で。

もう振り回されるのは嫌だと。

こんな時に看病してくれないパートナーは嫌だと。

そんな貴方を、私はもう看病できないと。

もう出てって、二度と来てくれるなと。

 

何度か尋ねてきましたが、居留守です。

いろいろ言い訳をよこしますが、もう所詮「言い訳」。

 

そういうつもりじゃなかった

ごめん

俺が悪かった

愛してる

 

常にこれの繰り返しです。

喉元過ぎれば、熱さ忘れる。

 

でも、この先の人生必ず

床に臥せる回数は増えていくわけで

そんな時に背中を向けるパートナーだけは要らんと

病気をした私だから思うのかもしれません。

 

基本、無理をするのが私です。

それもめんどくさい前振りではありますが

だからこそ

ヘルプを出した時や断る時というのは余程のこと。

 

ちゃんと口に出していった時

軽々しく流す、そんなに重症だと感じない

そんなパートナーは要りません。

だって、口に出す以外にどう伝えたらいいわけ?

 

それに対して

そんなにつらいとは思わなかった

のは

今までの私をみていないからだよ。

 

 

自分の気持ちや楽しい出来事ばかりクローズアップしていた彼。

子どもみたいなところが可愛くて大好きだった。

彼に会って、大好きになることで

私もモラハラ被害者心理から一皮脱皮できた気もするし

自分勝手だったけど、無邪気な愛もすごく感じた。

ただただ、好きっていう気持ちも。

 

でも

この歳になると

今までの人生やカサブタや副作用を背負っているわけで。

そういう背負った荷物を、少し持ってもらったり

疲れた心を労わってもらったり

そういうことが、ほんの少しでもあれば。

「相手のことを想う」から生まれる優しさが

彼には決定的に欠如していたように感じます。

 

彼は、外食をしたいからする。

 

私が疲れている時に、Uが疲れているからと

外食にしてくれたら、どんなに嬉しかっただろう。

私が疲れている時に、Uが疲れているからと

晩御飯の支度や洗い物してくれたら、この結末はなかったかもしれない。

めったにしんどくて動けないなんて言わないのに大丈夫か

と、そう案じてくれるだけで。。。

 

些細なことだけど

そういう気持ちを知らない彼には

一生辿り着くことのない領域なのかもしれないと

これが私が出した結論です。

 

 

久々の投稿です。

 

心身ともに、ちょっとダメージで

まだ自分が、冷静にしようと振舞っているのか

それとも本当に落ち着いてきているのかわかりません。

 

プライベートでは、彼のこと。

彼がまた、お酒に呑まれ

今度は言葉で散々傷つけられました。

言われたくないこと

言ってはいけないこと

頑張ってかわしていましたが、とうとう泣いてしまい

そんな私を、緩むことなく一方的に責め続けた彼。

 

私もその場を去ればいいのに

責められると凍り付き、何も言えなくなってしまって。

モラ元夫や家族からの言葉もハウリングして

本当につらかったし、今でも思い出すとつらいです。

 

私は別れようと決めましたが

彼は猛反省したようで

今のところ、お酒はやめています。

彼に頼まれて、別れてはいません。

合鍵は返しました。

娘とはもう、一緒に遊ぶことも住むことも考えられない。

大好きだったお酒を一緒に飲むこともありません。

毎日変な違和感があって

今迄みたいに想える瞬間もあれば

急に冷めた感情になる瞬間もあって

破けた心が、チグハグに縫い付けられている感じです。

 

 

時を少しずらして、麻央さんの訃報に触れ。

何だか心の中が哀しみでいっぱいになりました。

私が唯一、免疫治療として通っている先生が麻央さんと同じで

先生を通じて、少しお話を聞いていました。

頑張れ麻央さんの免疫!と

近からず遠からず、応援していたので

本当に、本当に残念でなりません。

訃報を聞いた時の、ハッとした動悸のようなものが

いまだに時々やってきて、胸がギュッとなります。

 

 

向上心を持って、就職活動に励んでみたり

片っ端から落とされて、自分はダメなんだと落ち込んでみたり

今までの自分の殻を破るべく、勇気を出して成長した気になったり

修復しようと一緒にいる時間を躍起になって増やしてみたり

一つ一つに納得がいく理由があるにせよ

自分自身がとっ散らかってしまっているようです。

 

ただ唯一ぶれないのは、娘に対する気持ちと姿勢。

どんなに傷ついた時でも

どんなに落ち込んだ時でも

娘の前でだけは、しゃんとした自分になりました。

いちばん大事なところだから、自分でも安心しました。

 

今までは弱い私が、娘の前で苦しむ姿を

たくさん見せてしまった。

ほんの少しずつでもいいから、しゃんとした姿を

娘に積み重ねていきたいです。

 

 

何が正解か、どれが正しいか

そんなの誰にもわかりません。

私がまた、愚かな選択をしているかもしれないし

そもそもこの心の状態が、どうなのかもわかりません。

落ち着いているようで

どこか根底が、ソワソワし続けているような気もします。

 

ただ、今ひとつだけいえるのは

今この状況を生きる。

どう思われようと、私にできるのは

ただそれだけなのだと、思います。

彼にお父さんになってほしいなぁ

なんて言っていた娘ですが

いつからか、彼にママを取られそう!と思っていたよう。

 

思春期の心の成長って早いなぁ・・・

彼と、一緒に住み始める時期を

具体的に話し合っていた段階だったので

ありゃ、とちょっとズッコケつつも

娘の気持ちがいちばん大事なので

気持ちのケアを優先することにしました。

 

とは言え、娘の気持ちはいつまたコロッと変わりかねないのも事実。

 

ちょっと前までは、周りのお友達に新しいお父さんができたこともあり

苗字が変わったり、お父さんと呼びたい

なんて、単純に受け入れていたと思ったけど

タイミング的にも、ちょっと逸れてしまったようですが

その辺は臨機応変に行こうと思っています。

 

もう話し合える歳でもあるし

幸い、こうして

気持ちの変化をストレートに話してくれる娘であることに感謝。

 

別に結婚にこだわっているわけじゃないので

焦ることもなく、楽ではあります。

 

ただ、しばらくの間実家のご飯と彼のご飯とお弁当を作っていたので

実家には隠しながら、無意識のうちに

「毎日やらねばならない感」に囚われていて

ちょっと前まで、それがしんどくなっていました。

 

 

つい先日、彼と、私と、彼の友達で飲みに出て

お互いに大好きなお酒に呑まれてしまい

私が言った心無い冗談に腹を立てた彼が

お店で大暴れしてしまった事件がありました。

 

大きな叫び声と机やグラスが叩き付けられる音が

今でも耳に残っています。

私がお酒に呑まれたこと自体が悪いとは思います。

でも、どんな言葉であろうと

こういう行為はダメだと思う。

ましてや男性と女性の関係、エスカレートしたら暴力にもなりかねない。

 

それがあった後から、私は数日

本気で別れも含めて考えました。

 

でも、自分自身も彼と出会ってから

呑まれ過ぎているのも事実。

それをどうにかしたいと思っていて

別れても、それは変わらないのだから

とりあえず彼と一緒に、お互いの自制心を養ってみようと思いました。

 

別れるのはいつだってできる。

でも、このままではお互い何も変わらない。

だけど、ああいうことは金輪際あってはならない。

 

そんな風に

自分の本心を手繰って、向き合うことができたことが

とにかくとても嬉しくて

そして、本心を伝えることって

私にもできるんだ、という心地よさを味わいました。

 

それも

私の話を聞いて、自分なりの一生懸命で考えてくれる

彼あってのこと。

 

事件自体は、あってはならないことですが

一旦、関係をリセットして

当分の間は、お互いの自制心を養い

今の個々の生活を向上させることに目標を変えました。

 

まずはそこ。

そこが見えないようなら、一緒に住むも結婚も

もちろんない話だということも

ちゃんと伝え、二人で話しました。

 

 

私自身、とても気が緩んで

彼にとっても甘えていたんだと思います。

とにかく、一緒にいて安心するし楽しいし

お酒もお互い好きで

いつしか、楽しみを広げるために飲むお酒が

言い合いになり喧嘩になり、ついにはこんなことになってしまい

「お酒ありき」の生活に傾いていたのかもしれないと思います。

 

二度と、あんなことを経験したくない。

そう思えて、リセットできたことに

今はむしろ感謝すらしています。

 

あとは、どうなることやらですが

自分自身の本心を常に手繰り寄せながら

向き合いながら、大事にしながら

今日という人生を、大切に生きようと思います。

娘は、ピークは越えたものの

いまだに反抗期の渦中におり

抑えられないイライラを抱えながらも

優しい子に成長してくれています。

 

彼とは、大抵いつも大笑いをしていて

いろんな局面にぶつかりつつも

きちんと向き合ってくれる姿に

出会えたタイミングに感謝を深めています。

 

兄達とは、距離を置くようになりました。

それは私の

嫌われる勇気、であり

自分の人生を生きる、ことでもあります。

 

母とは、同意見にはならなくても

自分の思うことが言えるようになり

時々それを理解してくれることもでてきました。

 

それぞれがそれぞれに依存していたあの頃は

とても窮屈で辛くて苦しかったけど

今は、生きているということを

全身で感じています。

 

言いなりにならざるを得なかった人生を捨て

今、初めて自分を生きている気分です。

 

そんなことを言いながらも

3月頭のPET検査で引っかかってしまい

細胞診・組織診をしながら

生きた心地のしない瞬間を味わいました。

 

先日、結果が出て

異常なしだったので、ホッとした所です。

 

疑わしい炎症反応が出たのは

子宮(子宮頚?)と腸内。

 

癌ではなかったものの

炎症反応が出ていたのも事実で

今はその治療の為、飲み薬を飲んでいます。

 

あとは、腸内環境を整えることを考え

良質なところてんを食べるようになりました。

やはり便秘は万病のもと。

便秘とまではいかなかったけれど

快調なわけでもなかった私ですが

ところてん、良い感じです。

 

 

私が検査に引っかかって

彼がスロージューサーを買いました。

そして、前々からやると言って実行しなかった

朝の野菜ジュースを、少しずつ始めました。

異常なしの結果が出るまでの間

彼も気が気ではなかったようで

いろいろ思うこともあったみたいです。

 

娘と彼と、3人で映画を観に行ったり

ボーリングに行ったり

彼=私の友達、という設定だったのですが

仲良く遊ぶうちに、ひょんなことから娘に

私の気持ちだけバレてしまい

娘は「私のお父さんになってほしいな」と言う程

彼のことを受け入れているようです。

 

子どもの言うことなので

すべてを真に受けるわけではありませんが

いつも笑っている彼といると

私はもちろんですが、娘も気持ちがいいみたいです。

 

焦っているわけではありませんが

タイミング的に、そんなに時期を待たずして

もしかしたら、家族になることもあるかもしれません。

先のことはわかりません。

ただ一つ言えるのは

些細な毎日に笑える今が、幸せで

未来を考えることができる今が、最高だということです。

最近、近所のスーパーが熱い。

 

今まで私がお取り寄せで購入してきたような

抗生物質等を無投与で育てた豚肉や鶏肉

更には無農薬や特別栽培の野菜

添加物ゼロな調味料などを扱っていて

お取り寄せして冷凍庫をパンパンにしなくて済んでいる。

 

喜び勇んでそのスーパーへ買い出しに行き

せっせと必要分を購入し

時々安くなっていると、お肉などは少し多めに買って

小分けにして冷凍している。

 

おかげで、食事作りのレパートリーも増え

とても負担だった食事作りが楽になってきた。

 

今は、娘と少しだけ距離を感じる時期だけど

毎日の夕飯は、がっつり一汁三菜を心掛けていて

且つ、栄養バランスなんかもかなり意識できている。

作りながら、家族の顔を思い浮かべて

丁寧に丁寧に作るようになった。

 

いつもありがとう

いつまでも元気でいてね

ずっと笑顔でいてほしい

 

そんな想いがギュッと詰まった晩御飯を

今は毎日、作っている。

 

今はそれが、私が伝えられる愛。

今はそれが、私が生きた証。

 

だからきっと

病気になった事実にも

今まで出会った元夫達にも

悔しさを感じなくなったのかもしれない。

 

今は過去を恨んでいない。

 

 

昨日は

サバの味噌煮

里芋といんげんの炒め物

アボカドとトマトのマヨドレ和え

長芋の梅和え

ほうれん草のかきたま汁。

 

今日は

手羽元と大根の煮物

かぼちゃの胡麻和え

ほうれん草のお浸し

おろしシラス

里芋の味噌汁。

 

自分で書いてても、めっちゃ質素!!と思う。

けど

私の自己流食事療法の基本は

主に和食に基づいたもの。

 

これらに調味料として塩麹や甘麹

オーガニックの胡麻や削った鰹節を使って

塩分控えめに、且つ旨味を引き出せるように

丁寧に丁寧に作っている。

 

これが、私の愛だ。

 

9月のあの事件以来、私の世界は変わった。

 

10年間ずーっと、娘連れでなければ

ほぼ行かなかった夜飲みも

毎週のように誰かしらと行くようになったし

おかげさまで、心底笑うようになって

生きる意欲を取り戻した。

 

娘は実家での早起き生活を好むようになり

一昨日、じっくり話し合って

しばらく実家で寝泊まりすることになった。

 

それでも毎日、帰ってきて私がいて

宿題をみたり、今日の出来事を聞いたり

お風呂入らせたり、作ったご飯を食べさせたりする。

それで、おやすみーって

私は隣の部屋に戻る。

私が戻ってから、娘は寝る時間まで

思う存分テレビを見たりのびのび過ごす。

そして朝6時におはよーって、私が隣の実家に行く。

 

寝る以外は一緒の生活。

うちで寝ると、安心感からか

朝、全く起きれない娘なので

早朝生活にハマっている今は

この生活を希望したいそうだ。

 

これって、10年べったりひっついてきた母娘には

とても複雑な感情ではある。

我が家の場合、私が癌に疾患するまで

実家にすら育児を頼らずやってきた。

癌に疾患してからは、実家に頼りながらも

増々、生きている今を娘と刻み付けてきた。

 

今、私は自分の人生と娘の人生を

個々に自立させることをイメージしている。

 

濃密すぎるほどの10年だった。

娘の人生は娘のものだ。

 

ちょっと変わったスタイルではあるけど

今、娘は自分の意志で生活を選択した。

 

私と一緒の時間が今までから急に減って

寂しくはないの?と聞いてみた。

娘の答えは、ノーだった。

「だってママはいつも隣にいるし

 会いたければ会えるから」

 

それは確かにそうだ。

いつも隣に、私は居る。

 

そうか、それでいいのか。

 

今まで近過ぎて見えなかったことが

ちょっとずつ見えるようになって

背負い過ぎていたものを

ちょっとずつおろして

その軽さに、ちょっと戸惑うことも多いけど

母娘のスタイルに正解はなく

ちょっと変わっている形だけれど

娘の意思を、チョイスを、人生を

大切にしてあげられる母に、なりたいと思う。

 

今からでも遅くないと、思えるようになったから。

22~2時の睡眠は

免疫向上の為、なるべく寝ていたいと思っている私。

 

今もそれは変わらないけど

このところ、2時間おきくらいに目が覚める。

 

例えば21時半頃に眠ると、0時前に目が覚めたり

また眠ると、1時半とかに目が覚めたり。

 

それから朝までの間にもう一回目を覚まして

朝は5時半頃から起きている。

 

寒さと関係あるのかなぁ。

よくわからないけれど

何となく一日中、眠い感じになっている。

 

今日は娘の土曜参観だけど

雨も降って、とても寒い。

そして眠い。。。

 

いろいろ悩んだり迷ったりもしたけれど

「いつ何があるかわからない」と思えることで

一歩踏み出せる気がした。

 

癌になったことで、私の人生は大きく変わった。

ツラくて苦しかったけど

今では「人生を変えてくれた」出来事でもある。

 

外見でも体裁でも流されるでもなく、純粋に

この歳で、こんなに芯がキレイな人がいるんだ

と思えた人を、好きになったようです。

もう恋なんてしないと思ってたけど。

 

今までは、とにかく一緒に居たくて(依存)

二人の世界にどっぷりじゃなきゃいやで(共依存)

 

今は私自身が「その人を大切にしたい」という気持ちが

とても大きくて、優しくなりたくて、大きな自分になりたい。

 

娘のことを忘れるほど夢中になる、とかではなく

バランスを考えながら気持ちを保てるように

努力できている自分。

 

今までと断然違うこの感じに

最初こそ戸惑ったけど、大切に育んでいこうと思う。

 

走らなくてもいい、何事も。

私のまま、歩いて行けたら。

 

 

それでも、結構壮絶なネタを持っている私だから

思わぬことが起こりそうで、恋愛は怖いけれども。

 

今はそれ以上に、ありがたいなとか

幸せだなとか、瞬間瞬間にすごく実感できる。

 

これも経験あってこそ、だと思うと

今までの人生も、捨てたもんじゃないね。

今朝早く、日の出と共に

お気に入りの音楽を携えて

入手したばかりのプロテインを手に

娘を起こさないように気を付けながら外出。

 

45分で3キロ弱を

歩いたり走ったりしながら、軽く汗をかいた。

 

走り出しは正直、ちょっときつくて

初っ端から萎えそうになったけど

お気に入りの音楽ときれいな朝日が

背中を押してくれた。

 

途中、プロテインを飲んで

ストロベリー風味の甘ーい味に

ちょっとオエッとなりながらも

もうちょっと、もうちょっと、と

自分なりには満足するだけ走った。

 

日曜の朝は、思いの外

人が少なかったので

歩道のガードレールに足を掛けてストレッチ。

 

家に帰って、風呂に湯を張る間に

ちょっと体幹を鍛える運動をして

お腹や腰、足を入念にマッサージ。

 

ジャージとビニールスーツを脱ぐと

ほんのり汗ばんでる程度だと思ったのに

結構水がついていて、ちょっと感動。

 

湯船でも、ゆっくりマッサージをして

気が済むまでのんびりして出たら

1時間も経っていてびっくり。

 

寝ていたはずの娘が駆け込んできて

「起きたら居なくてびっくりした!」と。

ごめんねー。

 

 

とっても簡単なことなのに

いままで、したいと思っていても

どうしても実現できなかったことだったけど

やっと実現できた、朝のジョギング。

 

やったー。

私自身の心の栄養になる。

 

 

出会い、タイミング、全てに感謝。