映画デート以降、
Hさんから会おうと誘われる頻度が増しました。

他愛ない内容のメールは毎日届くようになり、
会わないお休みの日や、
仕事終わりの予定も尋ねられるようになりました。

といっても、しつこく聞かれたりはしません。
もちろん、私に一方的に尋ねるだけではなく
Hさん自身はお休みをどう過ごしたか
ということなども書いてあります。

前ちらっと話しただけのようなことも
かなり正確に覚えていますし、
デートの日程も場所も、
積極的に提案してくれます。

もう複数回会っているので、
紹介してくれた友人への義理は
十分果たしています。

そこから先の、毎日連絡をとったり、
会う日程を都合つけたりというのは、
明らかにHさんの自由意志のはずです。

ということは、
私にペースを合わせてくれながらも、
積極的に次へ繋げるアプローチを
してくれている気がするのは、
やっぱり、気のせいじゃないんじゃないか。

もしかしなくても、
Hさんは、私のことを
気に入ってくれているのではないか。
そう思うようになりました。


Hさん宅は、「すぐ近くに住んでいる」
という程近い距離にはありませんが、
職場が、お互いの家の中間地点くらいにあるので、
仕事終わりでも会おうと思えば会えます。

これはSさんの時とは
一番大きく違う部分です。

Sさんとは遠距離でしたし、
多忙なSさんは、仕事が終わるのが
終電が無くなってからや、
徹夜で帰宅出来ないなんてこともザラでした。

そのため、
「いつかは仕事終わりに待ち合わせして
一緒に食事したいね。」
というSさんの希望は一度も叶いませんでした。


Hさんが「仕事終わりでもいいから会いたい。」
と言ってくれるようになってから、

私はお互いの住まいの距離について考えるようになりました。


これまでの私にとって"仕事終わりに会う"というのは

夢のまた夢という感じだったけれど、
「近いと、会おうとさえ思えば会えるんだ。」

という当たり前のことが、今更ながらにわかりました。


かつてSさんは時々「今すぐ藍に会いたい。」と

こぼしていたことがありました。

言われる私はすごく嬉しかったけれど、

今すぐなんて、

ドラえもんのどこでもドアでもなければ叶いません。


私は、それは、気持ちの表現の一種、

もちろん本心でもあるけれど、

「それくらい愛しい存在です。」

という詩的な表現の一つだと思っていました。


でも、違ったんですね。

きっとそれは彼のサインだった。


Sさんがその気持ちを

連絡出来ている時間帯を考えると、

夜も遅い時間帯なので、

終電もとうの昔に終わっていて、


もし、実現しようとすると、

車で高速を延々かっ飛ばしても

到着するよりも早く、

帰らなければいけない時間になってしまうのです。


「会いたくても会えない。」

それが私とSさんにとっての日常でした。


その寂しさを本当の意味で私は理解していませんでした。

きっと、それも辛かったのではないかと思います。

( 「会いたいキモチ」  )


もどかしくて切ないそんな思いを日々抱えながら

誰も待つことのない暗い部屋に

当時のSさんは帰宅していたのかと思うと

胸が苦しくなります。


「今から会いたい。」
とわがままを言える距離。


これがどれだけ恵まれていて贅沢なことなのか。
私は、今それを痛感しています。

名前:Hさん

年齢:私よりかなり上

体型:小柄で引き締まっている

性格:個性的なこだわり派

長所:何でもトライするチャレンジ精神

短所:みんなと一緒は苦手

強み:後輩に慕われる

弱み:私(藍)にものすごく甘い