昔から私にとって、色は身近な存在で
何かを覚えるのにも
何かを伝えるのにも
色は欠かすことの出来ない存在でした。
そのため、
色がズラーっと並んでいる図鑑も
嬉々として眺めていられます。
そんな私が「色」を
特別に意識するようになったきっかけは、
ある絵本です。
小さい頃に読んだきりなので、
正確なタイトルや、物語の細かい部分は
よく覚えていないのですが、
元々
あらゆる色に溢れていた世界が
仲違いしたか何かで
単色の世界になってしまうのです。
町中が
赤一色になると、人々は怒りっぽくなり
青一色になると、憂鬱で陰気で泣いてばかりになり
黄色一色になると、意地悪くいがみ合うように
赤も青も黄色も
どれが優れているとか
劣っているとかではなく
どれか一色では
世界はおかしくなってしまうのです。
やがて世界は
赤も青も黄色も全ての色が混ざりあい
濁って薄汚れた
灰色の世界になってしまいます。
それを悲しんだか何かして
(↑一番重要な箇所が曖昧)
一気に世界に色が帰ってくるのです。
前よりも愛しく感じられる
あらゆる色が
時に混ざりあい、時に共存しあい
世界を美しく染めていきます。
途中で、嫌な印象でしか
描かれなかった三色も
赤は、元気いっぱいで情熱的
青は、優しくて穏やか
黄色は、楽しい、明るい
というように
今度は良い点を挙げてもらっています。
純色には純色の良さが
濁った色には、
世界に深みを与える良さが
それぞれあるのです。
それぞれの長所短所を認めつつ
お互いに補いあって
尊重しつつ共存するのです。
かなり曖昧な上に雰囲気だけですが
幼心にドキッとさせられた
もう一度読みたい本です。
この本を読むまで、
私は原色が嫌いで
パステルカラーのような
淡い色彩ばかり好んできました。
原色ですら嫌いなのですから
もちろん灰色や黒く濁った色は
大嫌いでした。
なぜなら私からすると
美しくないから。
でも、綺麗な色だけじゃ
世界を立体的にまざまざと
生々しく描くことは出来ないのです。
今、私の世界は何色でしょうか。
そして
あなたの世界は何色でしょうか。
何かを覚えるのにも
何かを伝えるのにも
色は欠かすことの出来ない存在でした。
そのため、
色がズラーっと並んでいる図鑑も
嬉々として眺めていられます。
そんな私が「色」を
特別に意識するようになったきっかけは、
ある絵本です。
小さい頃に読んだきりなので、
正確なタイトルや、物語の細かい部分は
よく覚えていないのですが、
元々
あらゆる色に溢れていた世界が
仲違いしたか何かで
単色の世界になってしまうのです。
町中が
赤一色になると、人々は怒りっぽくなり
青一色になると、憂鬱で陰気で泣いてばかりになり
黄色一色になると、意地悪くいがみ合うように
赤も青も黄色も
どれが優れているとか
劣っているとかではなく
どれか一色では
世界はおかしくなってしまうのです。
やがて世界は
赤も青も黄色も全ての色が混ざりあい
濁って薄汚れた
灰色の世界になってしまいます。
それを悲しんだか何かして
(↑一番重要な箇所が曖昧)
一気に世界に色が帰ってくるのです。
前よりも愛しく感じられる
あらゆる色が
時に混ざりあい、時に共存しあい
世界を美しく染めていきます。
途中で、嫌な印象でしか
描かれなかった三色も
赤は、元気いっぱいで情熱的
青は、優しくて穏やか
黄色は、楽しい、明るい
というように
今度は良い点を挙げてもらっています。
純色には純色の良さが
濁った色には、
世界に深みを与える良さが
それぞれあるのです。
それぞれの長所短所を認めつつ
お互いに補いあって
尊重しつつ共存するのです。
かなり曖昧な上に雰囲気だけですが
幼心にドキッとさせられた
もう一度読みたい本です。
この本を読むまで、
私は原色が嫌いで
パステルカラーのような
淡い色彩ばかり好んできました。
原色ですら嫌いなのですから
もちろん灰色や黒く濁った色は
大嫌いでした。
なぜなら私からすると
美しくないから。
でも、綺麗な色だけじゃ
世界を立体的にまざまざと
生々しく描くことは出来ないのです。
今、私の世界は何色でしょうか。
そして
あなたの世界は何色でしょうか。