Francoisの働くWurtemberg公の音楽家には、下記のような人がいます。

ニコロ・ヨンメッリ

ドメニコ・フェラーリ

ピエトロ・ナルディーニ

アントニオ・ロッリ

 

などです。

ナルディーニなどの、

有名なヴァイオリニスト・作曲家であるジュゼッペ・タルティーニの弟子もいました。

Francoisはこうしたイタリア人音楽家に囲まれ、素晴らしい楽器を見る機会に恵まれます。

 

しかし、この公爵は財産を使い込みすぎ、

音楽家たちを解雇しなくてはならなくなります。

Francoisはもといた町、Lunevilleに戻りますが、前に雇ってくれていた老齢のStanislasは、

亡くなっていました。

フランソワは父のいるオルレアンへ行くことを決めます。

 

ここから、Lopot一族のオルレアンでの活動が始まります。

 

1769年にフランソワが父ローランを訪ねたとき、

父の工房はロワール川に面したところにありました。

この時、フランソワは44歳。

オルレアンに落ち着き、息子のNicolasも修業を経てヴァイオリン職人になります。

二コラは1782年に結婚し、生活、仕事の両面で独立しました。