貝の火 - JapaneseClass.jp

 

「貝の火」

 あけましておめでとうございます。

昨年の1月には、2022年幕開けの寅年にちなんで「とらのゆめ」という作品をご紹介しました。コロナ禍に見舞われた2年間を思い、何とか平穏な1年をと願っていました。まさか「戦争」が起こるなど予想だにしない年明けの絵本紹介でした。それからたったひと月後の2月24日に突然、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、日々痛ましい映像ばかりを目にすることとなってしまいました。

2023年、卯年。戦禍まだ続いています。コロナ禍も続いています。

「兎」の年として、忘れてはならないお話をお届けします。

 

野原はきらきら光り、樺の木は白い花をつけ、いい匂いでいっぱいです。子兎のホモイは、嬉しくてぴょんぴょん草の上をかけだしました。川の岸まで来ると、流れの上の方から、

「プルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、プルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ。」と声がして、うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、もがきながら流れて参りました。流されるのは、たしかに痩せたひばりの子供です。ホモイはいきなり水の中に飛び込んで、前足でしっかりそれを捉まえました。強い兎の子は、決してその子の手をはなしませんでした。力一杯にひばりの子を岸の柔らかな草の上に投げ上げて、自分も飛び跳ねました。その時、空からヒュウと母親のひばりがやってきて、ぶるぶるふるえながら子供のひばりを強く強く抱いてやりました。

 家に帰ったホモイは、熱病にかかって倒れてしまいました。お父さんやおっかさんや、兎のお医者さんのおかげですっかり良くなったホモイが一寸家から外へ出てみると、二疋の小鳥が降りてきました。ホモイが助けたひばりの親子でした。「ホモイさま。あなたさまは私ども親子の大恩人でございます。先日はまことにありがとうございました。これは私どもの王からの賜物でございます。これは、貝の火という宝珠でございます。王さまのお言伝では、あなた様のお手入れ次第で、この球はどんなにでも立派になると申します。どうかお納めを願います。」それは、とちの実位あるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃えているのです。ホモイは、最初は見ているだけでいいと断りましたが、ひばりがどうしてもというので、そっと玉を捧げて家に入り、すぐにお父さんに見せました。

「これは、有名な貝の火という宝物だ。これは、大変な玉だぞ。これを、このまま一生満足に持っている事のできたものは、今までに鳥に二人魚に一人あっただけだという話。お前はよく気をつけて光りをなくさないようにするんだぞ。お前もきっと鷲の大臣のような名高い人になるだろう。よく意地悪なんかしないように気をつけないといけないぞ。」とお父さんが申しました。「大丈夫だよ。僕なんかきっと立派にやるよ。」

その晩の夢の綺麗なことは、ホモイは嬉しさに声をあげたくらいです。

 あくる朝、いつものように、ぴょんぴょん跳んで樺の下に行きました。すると、馬が丁寧におじぎをして「こんどの貝の火がお前さまに参られたそうで・・・あなた様は私共の命の恩人でございます。どうかくれぐれもおからだを大事になされてくださいませ。」とボロボロ泣き出しました。二疋の栗鼠に「りすさん。今日も一緒にどこかあそびにゆきませんか。」というと、りすはとんでもないというように、逃げて行ってしまいました。ホモイは呆れてしまいましたが、おっかさんに、お前はもう立派な人になったんだから、と言われると「そんなら僕は大将、もうみんな僕の手下なんだ。狐なんかもう怖くもなんともないや。」と思うようになりました。狐に会うと「お前はずいぶん僕をいじめたな。今度は僕のけらいだぞ。お前を少尉にする。よく働いてくれ。」とホモイが言いました。狐は「へいへい。ありがとう存じます。どんなことでも致します。」と言いながら、ホモイを騙すようになっていくのです。そして、ホモイは狐にそそのかされて土の中のむぐらをいじめてしまったり、そうとは知らずに狐が盗んだパンを受け取ってしまいます。

そんな行動を見たお父さんは、ホモイを叱って「おまえはもうだめだ、きっと貝の火は曇ってしまっただろう。」ところが、貝の火はますます輝いています。次の日、野原に出たホモイは、また狐に促されて、「毒むしならすこしいじめてもよかろう」と、狐がむぐらを脅していじめるのをずっと見ていました。その時「こらっ、なにをする。」と大きな声がしました。ホモイのお父さんでした。お父さんはむぐらを助けて、ホモイを家に引いてゆきました。今日こそは貝の火は砕けたろうと、お父さんが箱を開くと、今日くらい美しいことはありませんでした。お父さんはびっくりしてしまいました。弱い者いじめをしても、盗んだパンを何度ももらっても貝の火は曇らない、ホモイは「お母さん、僕はね、生まれつきあの貝の火とはなれないようになっているんですよ。」といいました。「実際そうだといいがな。」とお父さんが申しました。でも、その晩ホモイが見た夢は‥‥・

 次の朝、ホモイはまた狐の悪だくみに引っかかってしまいました。でも、小鳥たちが捕まっていた硝子箱のふたを開けようとしたとき、狐が本性を現しました。ホモイは、怖くなって家に帰り、貝の火を見ると、針でついた位の小さな白い曇りが見えました。「なあに、すぐに除れるよ。」とお父さんは熱心にみがきはじめました。そして、その日の夕飯に、お父さんが絶対食べないと言っていた、あの狐が盗んだパンをみんなで、お父さん自身も食べてしまうのです。もう、貝の火は赤く燃えていませんでした。まるで、鉛のようになっています。ホモイは泣きながら、狐の悪だくみをお父さんに話しました。お父さんは大変慌てて急いで言いました。「ホモイ。お前は馬鹿だぞ。俺も馬鹿だった。・・・お前はいのちがけで狐と戦うんだぞ。勿論俺も手伝う。」ホモイは泣いて立ち上がり、狐から小鳥たちを助けました。

 貝の火は鋭くカチッと鳴って二つに割れました。みるみる煙のようにくだけ、その粉がホモイの目に入ってしまいました。ホモイの目は、さっきの玉のように白く濁ってしまって、全く物が見えなくなってしまったのです。

「たった六日だったな。ホッホ」とふくろうはあざ笑って出ていきました。

「泣くな。こんなことはどこにもあるのだ。それをわかったお前は、一番さいわいなのだ。

目はきっとまたよくなる。お父さんが、良くしてやるからな。な。泣くな。」

 

 宮澤賢治の童話です。新年早々に辛い話のようですが、「兎」の話というと、これを思い出さずにはいられません。賢治さんが亡くなった翌年(1934年)に出版されたものですが、花巻農学校教員時代(1922年11月)に朗読して、生徒たちに深い印象を残したと言われています。短編童話作品ですので、ここでは抜粋して紹介しています。おくはらゆめさんの絵は、賢治の世界観を壊さず、「貝の火」も賢治さんの言葉の通りに夢のように豊かに描かれ、ホモイとお父さんとの関係や心情もぐんぐんと迫ってきます。

”石っこ賢さん”と呼ばれた賢治さんは岩石・宝石に関しての憧憬が深く、多くの作品に登場します。この「貝の火」はオパールと言われています。確かにオパールの輝きはほかの宝石とは、比べられない特殊な美しさを持つものです。オパールを「貝の火」と呼んだ賢治さんの言葉は、より幻想的に、より詩情豊かに、より宇宙的に、オパール独特の輝きを表現しています。実物を眺めていると、賢治さんの言葉が石の中から蘇ってくるようです。

 この作品の読まれ方には様々な考え方があります。人間のおごりが貝の火を曇らせてしまった、それも大事なことですが、父と息子の関係を思うことも重要なことのように感じます。ホモイのお父さんが「お前は馬鹿だぞ。俺も馬鹿だった。」父親が息子の前で自分自身を認めることはなかなか出来ないのではないでしょうか。ホモイは、初めてお父さんの必死な姿に気づきます。それが、ホモイの自立に繋がっていくような気がします。

 生涯、父を追い求めていた賢治さんの想いが伝わる作品です。