若者に人気だったシンガーソングライター、尾崎豊(当時26)の死。
きょうはあれから20年の命日。
彼に浮かれるファンは扇情的で恐ろしいと思っていた僕だったが、あるときテレビで墓碑が紹介されていて、それに出会った。
こう書かれていた。
「生きること。それは日々を告白していくことだろう。」
彼の死から数年後だったと思うが‥
僕はこの言葉に衝撃を覚えた。
生きることにもどかしさを感じていた自分。
なぜか?
言葉が見つからない。わからない。
この感情は一体なんだろう?
そうか―
僕は「告白する」相手がいないのか。
告白とは恋のことではない。
自分を見つめ、自分の中で問題点を理解していくこと。
自分の意見を人に言えること。
そういう会話が成立する相手を見つけること。
じゃあ自分がそうできる人間になろう―
そうして生きてきた僕が、今ここにいる。
彼の暑苦しいメッセージは今の若者にはあまりウケないと、いつかニュースで聞いた。
全力で生きることはくだらないこと、世の中変わらないから意味がない、という達観めいた発想は今の世相だと思う。
それはそれで間違いではないけれど、ただそこにはピュアな気持ちがない。
哀れなことだなーとは思う。
彼は多くの間違いを犯したがピュアだったし
僕も自分の胸の奥はピュアだと、それだけはずっと信じてこれた。
僕は尾崎の熱狂的ファンではないが
彼に出会えたことは心から感謝したい。