さて、このブログも大詰めとなりましたよ~~~。

デン!デン!!デン!!!

 

今回はアメリカにもどり、ジョン・クーリッジ・アダムス。

略して、ジョン・アダムス

 

チェックのシャツが似合うでしょ?

 

 

 

彼が、1987年に作った、「中国のニクソン」というオペラまで、

一気に駆け抜けようと思います。

 

早速行きましょう。

 

ジョン・アダムスは1947年にニュー・ハンプシャーで生まれました。

地図で見ると、ニューヨークよりもっと上の右側のほうです。

 

白い教会のあるような村で育ち、親は二人とも音楽家。

 

 

 

父はクラリネットの奏者で、母はビッグバンドの歌手でした。

しかし10歳までレコードプレイヤーは買ってもらえなかった。

 

ただ祖父が避暑地で、ダンスホールを経営していて、

ここです。結構立派なとこですね。

 

 

 

デューク・エリントンがくるような立派なクラブ

 

 

 

 

ものすごく盛り上がってたみたいですね。

 

 

夏は一家でそこに行ったりして、

ビッグバンドや、ブロードウェイのミュージカルなどに囲まれて育ちました。

 

しかし、

 

この頃は、都会では、スインギング60年といって、

やりたい放題にクリエイティブな時代だったので、

 

ある意味、アダムスは時代錯誤の中で育ちました。

 

都会はこんなかんじですよ。

 

 

田舎でじーちゃん、ばーちゃんが好きな演歌で

育ったみたいなかんじですかね。

それはそれで、素晴らしいですけども。

 

 

ともかく、田舎から出てきたアダムス少年、

1965年にハーバード大学にはいって驚いた!

 

 

都会はコンテンポラリー音楽で、花盛り~~!

びっくり!!

 

 

 

このギャップは半端なかったらしく、ともかく今までの遅れを取り戻すべく、

ガツガツを勉強しまくります。

 

 

 

ミュージック・コンクレートやブーレーズ、

新ウィーン楽派などなど。

 

 

もうこうなったら、「バーンスタインなんて、古い!」ってかんじです。

 

実際にレナード・バーンスタイン本人に手紙を出して、

 

「ブーレーズについてはどう思いますか?」

 

なんて、問い正したらしいですよ。

 

なかなか、アダムス、若さにまかせて、爆走しますねえ!笑

 

えらい!

 

 

 

 

そして、ハーバードを卒業した時に、

母親からケージの書いた本「サイレンス」のコピーをもらった。

 

 

 

 

これがまた、今度は、

 

アダムスの信念が、


 

ハリケーンのごとく飛ばされる。。。。

 

そして、「ケージ崇拝の解放運動家」と化したのでした。

 

ケージは、まったく免疫ないとねー、わかりますけどね。。。。苦笑

 

 

その後、

サンフランシスコへ行き、先生として、働きながら、小さいクラブで、

ハプニングとかコンセプチュアルなライブなど事をやるようになりました。

 

 

しばらくは、こんなかんじでしょうかね。

 

 

 

そして、時が過ぎます。。。。。

 

時は残酷です。

 

これも、「まあ、こんなもんかな〜」と、、、、

 

 

限界を感じで。。。。。。

 

 

これも、また、わかりますけどね。苦笑

 

 

 

 

そして、

 

今度はミニマルへ。

 

 

アダムスさん、結構、トレンディ志向ですねー。笑

 

 

しかし、これは、彼にフィットしました。

 

ふう。落ち着いて、よかった!!

 

 

そして、このミニマルを

マーラーや、ワーグナー、シベリウスレベルの、

オーケストラの次元まで持って行く事に成功したのでした。

 

アダムス君!!おめでとう!! 僕ぁー心配してたんだよ。

 

 

1985年、「ハルモニウム」です。

ついにブレイクしました。

 

 

そして、

 

 

「中国のニクソン」

 

 

アダムスの最初のオペラです。

これは1972年にニクソンが中国に行った時の話で、

監督のピーター・セラーズが(イギリスの俳優ではありません)

 

 

この人です。

すごいでしょ?

もう、見るからに普通じゃないですね。笑

 

 

 

彼がこの話をアダムスに話を持っていった際は、

 

冗談だろ?

 

と思ったそうです。

 

 

 

1987年のプレミアで、評論家もそう思いました。

 

 

どう考えても、これ何なの?でしょ?

ニクソンが中国にいくという政治的なオペラ?

いえいえ、そうでもないんですよね。これが。

じゃ一体何を表現してるのか?

いいとか悪いとかじゃない

一枚岩ではいえない、たくさんのレイヤード。

 

 

セラーズは、確信犯でした。最初からすべてが、わかっていました。

 

毛沢東のスピーチを直接、歌詞にした。。。

周恩来の雄弁、ニクソンの思い出など、本当のヒストリーを

二行連句の夢物語に。。。

 

また、舞台のセットもかなり本物にそっくりなんです。

 

 

これ、本物。

 

 

 

 

これがオペラです。

 

 

 


これ、本物です。

 

 

 

こちらオペラ。

 

 

 

 

 

ともかく

 

20世紀の政治のパワーゲームがオペラになった!!!

 

 

 

リベラルの人たちは、

ニクソンがのちに犯罪者になったので、

そんな大統領をロマンチックに扱い過ぎていると言い、

 

右寄りの人たちは、

集団虐殺までしている毛沢東を

詩的、哲学的に強調しすぎていると言いました。

 

 

アダムスとセラーズは権威に魅力を感じている

愚か者なのでしょうか?

 

いえいえ、

 

なかなか無実なイノセントに見せかけて、

ワーグナーのワルキューレやシュトラウスのサロメのまんまのシーンを

 

 

 

全体主義の通俗的な駄作のように見せたり、

 

毛沢東とその妻のシーンなどは、コミック・オペラにして、

 

joy!! joy!! joy!!と、ショスタコヴィーチ顔負けで叫んだり。

 

 

 

そうやって、

昔の主権者たちの集合は、昔の悲しい記憶の容器となり

やがて、彼ら自体の亡霊のようになってゆく。

 

ニクソンは一番いい時代に働いた事を想う。

 

 

毛沢東は若いころ、理想を掲げて邁進していた時の事。

 

 

 

周恩来は平和が疑いの幻想になってしまって、自分に問いかける。

 

 

 

 

美しい言葉で約束された世界は、近くまできてたのか?

 

 

歌詞は以下、こんなかんじです。

 

どのくらいいい事をした?

すべては思った以上に動いているようだ。

たしかに傷は癒された。

今は何もできない。

 

日の出の直前に鳥が鳴きだした。

暗闇の中でなく鳥。

鳥かごが答えている。働けよ!と。

 

外は気持ちがいい、

芝生にじっと横たわる。

 

 

ここで、「鳥」が出てきますが、アダムスの音楽には、鳥に変わって、

これをチェロで嘆きのような音をゆっくり鳴らします。

 

 

これは、まるで、シベリウスの「トゥネラの白鳥」のようです。

 

 

 

イメージは

毛沢東と妻、ニクソンとその妻、周恩来、キッシンジャーの間を

死の鳥が静かにすべるように動く。。。。。。

 

 

 

 

オペラは言葉の壁があるので、ハードルが高いですが、

ネットにあったので、全部見れました。

 

私は、本当に素晴らしいと思いました。

 

彼の特徴は、最初はポスト・ミニマルなんて言われてましたが、

いろんなスタイルをどんどん取り込んで、なんでもありになってます。

 

聞いた事ある音だけど、聞いた事ないアレンジ。

きらびやかなハリウッドのファンファーレが、トランスのビートの変化

ワーグナーの大波のようなハーモニー

アメリカのロマンティシズム、マーラーやシベリウスを

ミニマルとつなぎ、ジャズやロックの戦後のやり方で、革新。

 

あふれんばかりの元気いっぱい

メランコリー

ヒップ

立派で堂々としたかんじ

 

そんな文化の破片を巻き取っている。

 

こんな政治的なスケールのでかいテーマを

茶化したようにみせかけて、実は奥には闇が深く広がっている。

 

こういう企画は

歴史や伝統にある程度の距離を置けるアメリカ人だから

できるような気もします。

 

そして、またいろいろな20世紀に起こった事をすべて取り込んで、

結果、クラシック音楽というジャンル自体も乗り越え、

すべてをごちゃ混ぜにしながら、

 

それらを等価に扱い新しい音楽を作ってゆく。。。。

 

というのも、また

 

アメリカ人ならではのものかもしれない。

とも思いました。

 

 

 

以上。。。。。。。。。。

 

ふうー。

 

これで、このネタ本のアレックス・レス「ザ・レスト・イズ・ノイズ」の本文は、

すべて、まとめ終わりました。。。。。

 

次回は、ついに、「後書き」を残すだけとなりました〜〜〜〜〜。

 

 

どうか最終回も、おつきあいくださいね!!