※こちらは、
このブログを始める以前に
書かれた文章。転載です。
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京浜ロックフェスティバル2010 セッション 山口冨士夫
このライヴ、
私は最前列で観ていました。
冨士夫さんは本当に退院直後。
病院から直接来たんじゃないかな?
だるだるの様で、時折殺気も漂う。
その一挙一動に
目が離せませんでした。
ステージでは久保田麻琴さんや
鈴木茂さんも御一緒されていた。
演奏は勿論ですが、MCも楽しかった。
皆さん、脛に傷持つ者同士。
麻琴さんと冨士夫さんが、留置場で
ニアミスしそうになった話をされて
いましたねw
全て楽しい思い出です。
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京浜ロックフェス2010の思い出話。
山口冨士夫氏のライヴが終わり、
その日のステージは
全て終了となった。
会場は川崎・東扇島東公園。
公園の駐車場が使えたので、
その日私はマイカーを
使用していた。
そんな気楽さもあったので、早々に
撤収の始まったライヴ会場の端で、
私はだらだらと過ごしていました。
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しばらくすると
観客は誰も居なくなった。
静まり返った夜の公園。
公園沿いの運河を渡る船と、
対岸の工業地帯の明かりだけが
見える宵闇。
そんな中でしばしの休憩。
そして、
小一時間ほど経っただろうか。
「さて、帰ろう」
そう思い、出立前に
公園の公衆トイレへ。
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誰も居ない、
がらんとしたトイレで
小用を済ませる。
すると遠くからギャーギャーと
騒ぐ声が聞こえてきた。
「何だ?」と思いながら
手を洗っていると、その声は
段々と私の方に近づいて来る。
振り返るとトイレの入り口前には
ワンボックスカー。
すると、
そこから山口冨士夫さんが登場!
スタッフ引率の下、
ズボンの前を押さえて
大声を上げながら
駆け込んできましたw
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何だか
よく分からない状況でしたが、
とにかく冨士夫さんは凄い存在感。
まるで嵐のようだったな。
私はただ圧倒されてしまい、
声を掛ける事も出来ませんでした。
まあ、仮にトイレで
話し掛けられても、あちらは
迷惑だったでしょうけどね。
なんだか尾篭な話ですね。
下品でスミマセンw
…そういえば故・中島らも氏も、
冨士夫さんとライヴハウスの
トイレで遭遇したエッセイを
書かれていたな、
なんてことを思い出した。
へへ。
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山口冨士夫氏逝去。
今回の詳細を知るにつけ、
「非業の死」なんて言葉が
浮かんでしまうが、
どんな場合でも、
別れは突然やって来る。
怨嗟の感情は、
いずれ時が洗い流すよ。
楽しい思い出だけを残したい。
そして感謝の想いも。
そう思う次第です。
山口冨士夫さんに
お悔やみを申し上げます。
(山口冨士夫 2013年8月14日 逝去)