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FC2に移転しました(線路巡礼)

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1986年
山陰山陽の旅
次は三江線

まずは三次駅

乗り換え時間があったので
三次機関区を見学

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転車台と機関庫
どれが三江線の列車になるのでしょう?

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でも、
私は裏側の方が好き
線路の感じがいいですねぇ(笑)


実は
三次線に乗ったのは三次機関区見学とは別の日
(なにしろ山陰ワイド周遊券で何日もグルグルしていたので、笑)


三次駅8:17→江津駅11:35

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三次駅の0番線

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この小さな屋根がキュートですね♪

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駅構内の全景
キロポストも見えます

107.9ということは
三次駅は起点じゃなくて終点なんですね。忘れてました(笑)


三江線は車窓からみえる川が綺麗なのですが
なにしろ路線が新しくて
線路的な趣は×


おまけに
江津駅について
すぐに山陰本線に乗り換えだったので

江津駅の写真がない~(泣)


沿線にほとんど人家は見えず
たまに見えても川の向こう側

こんな路線はすぐに廃止されてしまうと思っていましたが
まだJRの経営で残っています
ものすごい政治路線ですね(悲)

ちなみに当時でもたった4往復でしたが
今では3往復も残っています(?)


(追記)
JRは社会実験と称して、
便利な路線バスで増便サービスを行うそうです

列車本数を減らして廃止に持ち込むのではなく、
名前だけで乗らない鉄道に固執しないで
現実的な路線バスの方がいいでしょ?という地元向けアピール
いわば「太陽」政策?(爆)

特定の地域だけが手厚く優遇されるのは歯がゆいですねぇ。。。
昨夜
京浜急行が土砂崩れの線路に突っ込んだ事故

怪我人多数のようですが
奇跡的に死者はなし(いまのところ)

そして
今日は終日土砂崩れ現場の区間は運休
利用者は迷惑でしょうねぇ

でも
京急というのは
なぜか鉄道ファンには人気が高くて
誰も事故を非難する人はいないのです


ここは酷いですよ

だって
ホームページをみても
事故のことはまるで他人事のように小さく

なにしろ
東日本大震災お悔やみ記事(これもいつまで掲載しているんだか)より
扱いが小さいのです

自社の事故を
注意して見ないと分からない

どのくらい利用者に迷惑をかけているのか
まるで感覚がズレています
(もっとも私の感覚も普通の人とはズレていますけどね、笑)


なんで
こんな鉄道会社が人気なのかなぁ?

(国鉄と線路幅が違う鉄道には厳しい私です、爆)




東日本大震災と京急
おかげで
嫌な出来事を思い出してしまいました

あのとき私は
羽田空港国際線ターミナル駅に居ました

地下駅
初めて来たので
ホームでキョロキョロ。
お偉い視察団体もいて
駅員が新しい駅を説明していました。

そして大地震!

エレベータ、エスカレータはもちろん止まり
安全確認のため地上に出るなというアナウンス

不安の中しばらく待ちましたが
早く地上に出たいです。

ところが
次に京急の駅員がやったことは

乗客はその場に放置して
視察団体を安全に地上に逃がすこと
自分たちだけエスカレータを歩いて登りだします

さすがに
これには頭に来たので
残った駅員に食い掛かると

あれは関係者なんです・・・

うそつけ!
ふざけるな!(怒)

もちろん
こんな連中はもう無視して
駅に残った乗客たちは
エレベーターを駆け上がって脱出しましたとさ

実はあの時
東京湾には津波警報も出ていたのです
無事に地上に逃れられて良かった


そんな嫌な記憶でした
残念ながら
ノンフィクションです
今回の事故ついでに解禁させていただきました、とさ。
1986年
山陰山陽を行ったり来たりしましたが

一番のお気に入りは

急行「ちどり」号と木次線

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まずは
境港線を巡礼した後の米子駅

急行「ちどり」号
米子駅9:55→広島駅15:22

いまでは考えられない贅沢な列車(笑)

宍道湖沿いから山越えに入ります
その車窓の中でも
一番楽しいのが木次線

出雲坂根のスイッチバックは最高ですぅ


その翌日
またも「ちどり」号で木次線を逆方向に進みます

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途中の
備後落合駅
列車が渋いです


出雲横田駅まで行って
ここで途中下車して出雲そば。美味しい~
(本当は有名な亀嵩駅のそばを食べたかったのですが、ちどり号は停まらないのです)


折り返して
ご丁寧に
わざわざ出雲坂根駅で途中下車しました

スイッチバック
じゃなくて
線路を見るために!(爆)


線路巡礼:木次線出雲坂根駅

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乗ってきた「ちどり」が去っていきます

みなさん
スイッチバック駅には興味があっても

その反対側は見たことがありますか?

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つまりこちら側

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機周りができるようになっていたのですね

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木次線は行き止まり路線じゃありませんが
ちゃんと車止めがあるのでした(笑)

次の列車で
備後落合駅に戻りましたとさ。



それから数年後
楽しい「ちどり」号は廃止されてしまいましたが
木次線は健在です

その後も何度か乗っていますけど
また乗りに行こうかな?

(追記)
1989年にも巡礼しています
その時は備後落合駅を探検しています
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/50396630.html
本日2本目
終日雨
もう寒くなりましたね

本日の我が家の話題は

昨夜見に行った
東京駅プロジェクションマッピング(JR東主催)

この雨の中で
2日目の回を
予定通りやるのかな?ということ

傘をさしたら見られないよ?
昨夜は開場運営トラブルで最終回は打ち切りになっているし
予定通りやるのかなぁ?


奥さんと二人で
ツイッターとかチェックしながら
一日中興味津々(ヒマだねぇ)


結局
夕方以降、奇跡的に雨は上がって
予定通り開催されたみたいです
よかったね
JRさん(笑)


年末にもまた開催するという怪情報もあるので
これは要チェックです


過去の線路巡礼記事の
目次を整理してみました
マメですね
1986年
美祢線も巡礼しています

先に
今は亡き大嶺支線の話

南大嶺駅17:02→大嶺駅17:06

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大嶺駅には1時間以上滞在
以前、
北海道や九州の鉱山線の終着駅で短時間で折り返してしまった反省から
今回はじっくりと線路を巡礼

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広い駅構内
駅の手前で分岐して
右側の土手をのぼって行くのが鉱山専用線

左側の倉庫らしきものは何だったのかしら。廃墟?

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ホームの先端の光景

構内のヤードは夏草に覆われていますが
ほとんどそのまま残っていました

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こちらは
ホームから伸びた線路の終端
その上にあるのが専用線がのびる鉱山の建物(ホッパー)

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こちらがホッパー
残念ながら線路は剥がされてしまっています

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ちょいと
ホッパーの中を覗いて見ると
線路と貨車が居た神聖な場所にトラックが跨っています。
無礼者!(泣)

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ホッパーから
大嶺駅を見下ろしたところ
かなりの高低差がありますね


大嶺駅は委託駅で
駅前の美容院で入場券を買いましたとさ。


当時
一日8往復の列車がありました
炭鉱閉山後もそれなりに人が住んでいたのですかね?


この支線はJR化後も生き残ったのですが・・・
やっぱり
1997年3月末で廃止


余談ながら
廃止直前にTVドキュメンタリーが放映されました(たぶんNHK)
大嶺駅発、南大嶺駅行きの列車の車窓映像が
始発から終点まですべて放映されました。もちろん録画。

一本の列車が
全国放送ですべて放映されるのはとても珍しいことだったのでは?
(たとえ3キロくらいでもね)



(参考)
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小学館国鉄全線各駅停車⑨より