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FC2に移転しました(線路巡礼)

ヤフーブログ→アメブロ→FC2の3社直通乗り入れ計画?

猛暑が一段落して
今週は曇り空
南北線六本木一丁目駅から溜池山王駅まで歩いてみます

また高層ビルが出来てしまったのでちょいと視察

六本木一丁目駅の改札を出ると目の前に

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おそ松さんがお出迎え
(私はこのアニメは見てないのですけど、女性に大人気なのは知っています)
テレビ東京の新本社が昨年引っ越して来てるのです
ちなみにこのビルではない

ということで
TV局巡り
新本社は首都高速の反対側
これも新しい高層ビル

受付に大きなピカチュウのタペストリー

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でも、ただのオフィスビルなので
残念ながら写真は屋外から望遠撮影(常識人の対応。笑)

あちこちのビルを見ながらお散歩

溜池山王駅で見つけた
メトロさんのポスターが気になって仕方ない

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なかなか挑戦的な(苦笑)
(このアニメも見ていないんですけど、汗)

銀座線で渋谷駅に戻ります
乗る機会があればいつも運転席後ろから線路工事を凝視していますけど

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渋谷駅手前
曇り空のおかげでしょうか
実に映りがいいです
私の好きな紫クレーンも♪

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銀座線渋谷駅
もはや仮設ホームのような様相ですけど
次の移転工事で
これも過去帳に?

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車庫線の方はしばらく安泰だと思いますけど
いずれはどうなるんでしょうね?

暑いのはイヤだけど
雨もイヤ
今日は何とか出かける気になれました
精神安定剤(笑)
2002年8月
18切符で2泊3日、函館・戸井線まで往復の3回目
最後はいい話

せっかく函館まで来たので
江差線も往復しておきました
国鉄時代に乗って以来久しぶり

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江差駅
線路終端の先は崖地
いつの間にか小奇麗な住宅が建っています
通勤至便な駅前住宅ですけど
江差線使ってくれたのかな
(このネタは3年前の江差線廃止の時にも書いていました)

今回はちゃんと江差観光
町まで少し離れています
小さな町なのに不便なことです
港まで来くると
歴史好きには有名な「開陽丸」がいます

戊辰戦役函館戦争の旧幕府側戦艦
当時の最強戦艦にもかかわらず
操舵ミスで沈没してしまったという情けない軍艦
責任者の榎本総裁がもう少し利口だったら
今でも蝦夷は函館共和国として独立、
新撰組が市中見回りをしていた、かもしれないのに残念
このいわくつきの船を引き揚げて展示中
でも
第一印象は

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意外と小さい…

この他、
にしん御殿とかも見学

この日は青森まで戻ってカプセルホテル泊
翌日
東北本線各駅停車でひたすら上野駅を目指します

雨の日でした
途中
乗り換え時間があるので
三沢駅で途中下車

十和田観光電鉄を
ひと駅だけ乗車してきました
(終着駅までは巡礼済みなので)

私は
三沢駅のすぐ先にある
国鉄連絡線の跡が見たかったのです

次の大曲駅で下車(秋田県じゃありません)
雨です
周囲に何もなし
単線で棒線駅なので線路的には単調の極みですが
ホームに待合室はあったので雨はしのげました
誰もいません
ここのベンチに座ってボーっと

三沢行きの電車がやって来ました
さて、帰りますか

帰路の東北本線
ホントに大雨の日だったらしく
途中
福島駅で乗り換え電車が来ません
1時間遅れ
にもかかわらず
案内放送一切なし
東北人は慣れているのかもしれませんが
ダメだねぇ
でも
なんとかその日のうちに帰宅できたみたいです

翌日
仕事なんですけど
ここで事件発生

手帳がない

今回は出張でもないのに
なぜか仕事の手帳を持ち歩き
手帳がないと困るんです
日記代わりにいろいろメモをしてあるのです
会社の支給品なので毎年同じモノ
地味だけど保存用には好都合
そんな手帳なので紛失すると困るんです
仕事にはあまり影響ないけど(苦笑)

どこで落としたんだろう?
函館ではあったと思うので
東北本線のどこかの乗り換えかなぁ

そんな時
会社に私宛の電話がかかってきたのです

高齢の女性の声
全く知らない人
おまけに、
初めはよく聞き取れなかったのですが

手帳の方ですか?

えっ

どうやら
私が落とした手帳を拾ってくれて
そこに書かれていた会社の電話番号にかけてきてくれたらしいのです

話を聞くと
十和田観光電鉄の大曲駅で拾ったとのこと
あそこかぁ(汗)

その後
わざわざ封書で送ってきてくれました
中に便箋が入っていて、一言書いてありました

お仕事
がんばってください

おいおい(感涙)
よほど私は仕事熱心と思われてしまったらしいです

感謝感激ですが
なぜか
差出人は不明となっており
お礼の仕様もありませんでした
残念

あの手帳はもちろん今でも手元にあります
雨で濡れたせいでしょうか
かなりブヨブヨですけど
ブログで過去の話を書くときは
ここからもネタを拾っています
そういう点でも
十数年の時を経て
たいへん役に立っております
ありがとうございました

お仕事
がんばっています!

ブログ書き(殴)

1980年、国鉄時代の江差線の記事はこちら
1984年、十和田観光電鉄の記事はこちら
2002年8月
18切符で函館まで2泊3日の旅
東北本線を延々と
八戸駅前に泊まって
青森駅から海峡線

18切符でも乗れる
快速海峡1号、青森駅8:25→函館駅11:10

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せっかくの客車列車の機関車に
こんな酷いペインティング
往年の「国労」並の発想(泣)

調子が狂いました
函館駅に到着早々、大失態

急いで
駅前から11:20発の恵山行きの路線バスに乗車
今回の旅の目的地は
戸井線(計画線)のアーチ橋

ところが
バスが北に向かうのです
西に行くはずなのに

どうやら
乗るバスを間違えた!(汗)
慌てて下車しましたが
函館駅まで戻ってもバスには間に合わない
ここまで
はるばる18切符でやって来たのに

タクシー!
ここまで来たら
タクシーで恵山行きのバスを追いかけるしかない!

運転士さんに事情を話したら
バスを追いかけるのではなく
このままタクシーで戸井まで連れてってあげるとのこと
片道5,000円だけど
往復でいいよとのこと
バスだと片道1,000円しないと思いましたけど
ここまで来たらお願いします

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途中
さっそく使わずの橋脚発見

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戸井の町
海岸に面した山の中腹に
アーチ橋を発見

戸井線
津軽海峡防備用の汐首岬砲台への物資輸送を目的とした軍用線路
五稜郭駅から戸井まで29.2キロの予定でした
戦前に計画着工され
ほとんど完成していたそうですが
戦局悪化であっさり工事中断
そのまま
使わずの立派な高架橋だけが残りました、とさ

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芸術的なアーチ橋が素晴らしい
タクシー運転士さんに待っていてもらい
アーチ橋を堪能しまくり

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路盤にも上がれます
一部は生活道路になっていました

アーチ橋は続いています
タクシーで少し移動してもらいます(便利だね)

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アーチの形状が違います

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ここは雑草だらけ

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汐首灯台(たぶん)とアーチ橋

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ここに砲台があったのかな?

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橋脚だけの場所もあります

これだけ見られれば大満足
タクシーで函館駅に戻ります
回送扱いなので
下車する時はこそこそと(汗)
ちょっと高かったけど
戸井線を自由に見ることが出来ました♪

せっかく
函館まで来たので
もう一か所続きます

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(地図はネットから拝借)
戸井線(計画線)
近年
歴史的建造物としてちょっと有名に
恐らく
私はその記事を何かで読んで
唐突にここまで来てしまったのだと思います(笑)
きれいなアーチ橋ですけど
戦時中の物資不足の工事でかなり手抜きらしく
その崩壊が危ぶまれています
崖下の家はたまらないので
アーチ橋の一部は取り壊しが始まっているとか
巡礼するならお早めに?

ちなみに
下北半島の大間から戸井まで
青函トンネルの候補にあがっていたそうです
そうなれば
戸井線も
大間線も線路が敷かれて日の目を見ることがあったかもしれないのに
残念でした(苦笑)

1990年に未完の大間線と大間からフェリーに乗った記事はこちら
2002年8月
18切符を使って
2泊3日で函館まで往復して来ました
東北本線各駅停車のハードな旅
東海道に比べて途中の乗り継ぎが悪いので
始発でなくてもいいのですが
わざわざ始発電車に乗って
さらにハードな旅を演出します(笑)

でも
途中駅でも目的があったのです
以前から気になっていた
東北本線矢板駅の専用線

始発で来たのは
ここで途中下車して線路巡礼するため

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矢板駅
駅の東側(写真右側)にセメントサイロがあって
専用線がのびてきます
ちょうど
下り貨物列車が矢板駅に到着

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すぐに
上り北斗星が通過
当時はたくさん走っていました

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スイッチャーさんが待機中(当時は「さん」付けしていなかったけど)
専用線の0キロポストも見えます

いつの間にか
さきほどの貨物列車は
矢板駅の貨物側線に折り返して来ました

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それをスイッチャーさんが引き継いで
専用線へ!

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目の前を
颯爽と進みます
いい感じですね~

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太平洋セメントと一緒

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ここで折り返し

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スイッチャーさんは颯爽と矢板駅に戻って行きました

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セメントサイロの中はこんな感じ

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さて
この専用線の先が気になりますよね

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しばらく歩くと
日本たばこ工場(倉庫)

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道路に面した
工場線路門
平日の金曜日だったのですが
中には誰もいません

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倉庫の中の線路をのぞき見
この時
まだ貨物取扱いがあったのか
休止中だったのか、謎です

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でも
スイッチャーさんは残っていました
なんて美しい線路シーン(涙)

駅に戻る途中

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さきほどのセメント線では
アント君というのがホキさんを動かしていました
初め気が付かなくて、人力かと(汗)

素晴らしい
矢板駅の専用線
この4年後
2006年には矢板駅の貨物取扱い休止
もちろん専用線もその前に廃止でしょう
かろうじて
矢板オフレールステーションということで
構内の線路だけは残っているのが救いです

さて
矢板駅に戻って
東北本線各駅停車の旅を再開

途中
仙台駅でも途中下車して
仙石線の
あおば通り駅→仙台駅の新線区間を乗車

この日は
八戸駅まで
駅前のホテル一番町に宿泊
翌朝は函館に向けて出発です(続く)


この記事を書くにあたり
改めて今の矢板駅をヤフー地図で調べてみたら
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専用線がまだ残っている!?

思い起こしてみると
私は線路、
特に貨物線は昔から大好きでしたが
貨物の入換とかは敢えて写真を撮ったりしていなかったのです
この矢板駅が最初だったかも
ちょっと遅かったですね(苦笑)
未確認情報なのですが

富士駅の南側に残っていた
日本製紙工場の専用線
4月末で
廃止されてしまったらしいのです…

平日午後1往復しか走らない
おまけにコキさん4両分くらい
いつ廃止になってもおかしくなかったのですが
それでも
廃止か休止になるのであれば
それなりに事前に情報流出があるかと思いましたが
(私が知らないだけ、泣)

あっさり廃止

静岡県の地域ニュースくらいになったのかな?(苦笑)

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昨年
やっとのことで
専用線にスイッチャーさんが動くところを見ることができたので
それは悔いはないのですが
(10回近く通いました、笑)

スイッチャーの先頭に
鉄道輸送はCO2削減に貢献してますという
偉そうなヘッドマーク(邪魔)を付けていたので
しばらく大丈夫だと思っていたのですが(苦笑)

でも
私があの専用線で本当に好きだったのは
ここ

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(写真は6年前。まだワムさん健在の頃)
工場から東海道本線沿いに線路が出て来るところ
分岐してその先に延びていた線路を留置線として使っていましたが
工場線からスイッチャーが出て来るところを見たかった
周囲は工場敷地内なので
車窓から見るしかないのです

線路巡礼で東海道本線を通う時
いつも
ここは凝視していましたけど
結局見られずにお終いでしょうか

ホントに
廃止なのかな?
今夏に見に行っても…

昨年、専用線を走るスイッチャーさんの記事はこちら
2010年、製紙工場内の専用線。ワムさんが佇んでいた頃の記事はこちら

少し前の線路の写真を探していると
「今」があっという間に「昔」になってしまうのが怖いです…