2005年ドイツ・プラハ鉄道の旅2、ベルリン編(「東」はどこに行ったの、壁跡が線路跡に見えるのは | FC2に移転しました(線路巡礼)

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ドイツの旅。ベルリン編。

はるばるドイツに来て、
着いたその日の朝からポツダムを遊び倒して、ベルリンのホテルにもどってきました。

2005年7月28日。
ヨーロッパの夏の夜は長いです。
やっぱり、ベルリン夜の散歩も行っちゃいましょう。

ツオー駅に出ます。
ここからX100という市内観光に便利な2階建バスに乗ります。
もちろん、このバスも1日パスでOK
ドイツに来て、実はまだ初日なんです。
世界一1日パスを有効に使う夫婦かもしれない(笑)

今回のドイツ旅行。
一番のきっかけは、いつかは行きたいベルリンでした。
本当は東西分割されている怒涛の時代に行きたかったのですが、
ずるずるずると時間が過ぎてしまいました(というか、ソ連が崩壊するとは考えてもいなかった)

いまごろ行って、東西に分割されていた当時のベルリンの面影は残っているのでしょうか?。

ベルリン市街を西から東へ。
「壁」にだんだん近づきます
東西分割の象徴、ブランデンブルグ門を目指します。

気になるのは、どこから東ベルリンに入るのかということ。
なにしろ壁がなくなって10年以上たっています。
バスの中からは良くわかりませんでした。

バスの中で親切な?おばさんが、
テレビ塔はまだよ、と教えてくれるので、
門を通り越して、先に東ベルリンの象徴テレビ塔の下へ行くことに。

バスはいつのまにか「東」側に入っていました。

あんまり東ベルリンらしいものは残ってないですね(来たの初めてだけど)。

イメージ 1
テレビ塔近くで降りました。
昔の東ベルリンのイメージが一番色濃く残っていると言われる場所。
このテレビ塔は観光展望台にもなっているのですが、
値段がすごく高いの。
社会主義らしくありません。人民を苛めないで。
遠慮しておきます。

イメージ 2
私はそれよりも世界時計の方が好き。
これぞ社会主義という感じがします。ステキ♪

再び路線バスでブランデンブルク門にもどります。
もう20時過ぎなのに明るいなぁ。

イメージ 3
どうも、ここが東西分割の象徴だった、と言う感じはしませんね。

イメージ 4
でも、しばらく歩くとついに壁跡マークを発見。
これは延々と続いています。
この角度から見ると、あの門が分断の象徴だったことがよく分かります。
壁跡マークの左側が東ベルリンです。

イメージ 5
壁跡には、こんな記述もあります。

イメージ 7
この壁跡に沿って歩くと、ドイツ連邦議会議事堂に至ります。
なんと見学可能。無料です。

すごい行列。
でも待ちました(笑)

入場の際のボディチェックに時間がかかるようです。

イメージ 6
意外と早く中に入れました21:30。
上からの景色はスバラシイです(やっと夜景です、笑)

テレビ塔にのぼらなくても十分。
ここはなんと0:00まで入場できます。
日本でいえば、国会議事堂に相当する建物に深夜まで入場出来るなんて、すごいことですよね。

もう22:05です、なのにバスはたくさん走っています、えらい。
バスでツォー駅にもどります。
(熟睡していました、今度は終点直前で乗客に起こしてもらいました、ありがとう)

Sバーンでシャルロッテンブルク駅に着くと23:00。
日本だってこんなに夜遊びしないのになぁ(笑)

駅前のケバブ屋でおそーい食事。
大きいケバブにビールがついて€3.5です、めちゃくちゃ安いです。
うちの奥さんはケバブ大好きです。
ドイツはトルコ人が多いのでケバブ店も多いです。いい国だ。

ホテルにもどりころりと熟睡。


翌日。
再びベルリン見学。

ホテルで朝食、荷物を預けて出かけたのは9:00、スタートが遅すぎます。

ホテルシャルロット、€49。
とても感じのいいホテルでした、トイレ共用ですけど。

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Sバーンに乗り、オスト駅へ。
今日は切符。乗る前にホームの機械でガチャンと日付を刻印しないとイケマセン。

この電車からも、どこから東ベルリン地区に入るのか注視していましたが、結局わからず。

オスト駅は結構大きい駅、ここは旧東ベルリンの中心駅。
近くに、ベルリンの壁が唯一ある程度の距離で残るイーストリバー地区があります。

イメージ 9
ベルリンの壁

向こう側は川です。
何故か向こう側のほうが寂れているようにも見えます。
あれ?、壁のどっち側が東か西か、分からなくなります。

ここは壁の東側のハズなんですけど、
この落書き(アート?)が東側に書いてあるのはなんか変でしょ?

東ドイツ時代。こんな落書きを壁に書いたら、即逮捕のハズ。
(この落書き(アート)は壁崩壊後書かれたものですから、東側に書いてあってもOKなのかな?)

とにかく。
あのベルリンの壁は、このエリアに残っているだけなんです。

どこかに東ベルリンの面影は残っていないのでしょうか?


壁跡マークに沿って歩き、バスにのり、地下鉄に乗り換え。
(かなり行き当たりばったりです。ぼーっとしている私に変わり、奥さんが妙に張り切る、エライぞ)

イメージ 14
10:40ポツダム広場へ。
新生ベルリンの再開発の中心かな。
高層ビルが林立する中に、壁跡マークが続きます。

ここにも壁の断片がありました。

イメージ 10

すでに開発が終わった広場に、モニュメントとして壁が4枚置いてあります。
壁自体はホンモノですが、ちょっとねぇ。

イメージ 11
そこからブランデンブルク門の方に壁跡マークが続いています。
なんか、こっちの方が壁って感じもしますね。

ちょっと「線路跡」に見えませんか?
私はこれに沿って歩くのが大好きです(笑)

壁博物館にも行きたくなりました。
地下鉄乗り換えて急ぎます。

壁博物館はチェックポイントチャリーの隣にありました。

チェックポイントチャリーとは、
冷戦時代の東ベルリンから西への検問所のひとつ。
強行突破に失敗した多数の話は有名です。

隣の壁博物館は€9.5、すごい高い。
現金のみという殿様商売。
日本語解説なし。
写真撮影禁止。
それでも館内は観光客で大混雑、ちょっとびっくり。
やっぱり「壁」は未だに強い関心をもたれていることを知りました。

3階の窓から、旧検問所跡と、壁の跡(ライン)を見ることが出来ます。
この東側地区も再開発がすすみ、風景が一変してしまうかもしれません。

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東側から西側検問所跡を見ます。
大きな肖像画があるのですが、これは検問所で殺された旧ドイツ兵なのかな?
左側にあるのが「金満」博物館。

博物館に、風致地区として保存運動が書いてあったけど、
博物館の金儲けのためかと思うと、アホくさ(笑)
壁が泣いてるよ。


13:00。ベルリン最大のデパートKDWへ。
最寄の地下鉄駅も立派です。

デパートの中に入ってみましたが、まぁ普通。
模型売り場に行きました。
LGB(Gゲージ独製鉄道模型)を発見、本場ドイツでもそれほど安くないです。

ここからツォー駅まで歩きます。

イメージ 13
駅前のカイザー・ヴィルヘルム教会へ。
昨日も外から見ましたが、空襲でくずれかけた外観を保っているランドマークです。
広島の原爆ドームみたいなもんでしょうか。中は近代的です。


さて、
ベルリン観光はこれでオシマイ。
ちょっと忙しかったけど、見たいものは見たし。

いよいよ、ジャーマンレールパスの出番です。
ドイツ国鉄の旅のはじまり~

でも、さっそく大事件が発生。
ケルン編に続く!