1988年10月
和歌山・徳島出張がありました。
和歌山・徳島出張がありました。
同行する上司が、ちょっとバス好きみたいで、
その頃流行の都市間高速バスに乗ることになりました。
その頃流行の都市間高速バスに乗ることになりました。
都市間高速バス。
京急が、品川~弘前の夜行高速バス「ノクターン」号を運行したのが最初。
これが意外と大当たり。
例によって、他社もこぞって真似してアチコチに参入しだしました。
節操がないですねぇ(笑)
和歌山行きのバスも、そのひとつですね。
京急が、品川~弘前の夜行高速バス「ノクターン」号を運行したのが最初。
これが意外と大当たり。
例によって、他社もこぞって真似してアチコチに参入しだしました。
節操がないですねぇ(笑)
和歌山行きのバスも、そのひとつですね。
和歌山で所要を済ませて、フェリーで徳島へ。
ここで仕事を済ませると、有難いことに徳島駅で解散。いい会社だなぁ(笑)
さて、四国線路巡礼開始です♪
ここで仕事を済ませると、有難いことに徳島駅で解散。いい会社だなぁ(笑)
さて、四国線路巡礼開始です♪
10月1日
徳島から、徳島本線、土讃本線、予土線、予讃本線と周回。
大歩危はキレイですねぇ
徳島から、徳島本線、土讃本線、予土線、予讃本線と周回。
大歩危はキレイですねぇ
当時、土讃本線斗賀野駅~多ノ郷駅には貨物列車のピストン輸送があり、
そのころは未だ健在でした。
いまでも専用線の跡は残っているのかな?
そのころは未だ健在でした。
いまでも専用線の跡は残っているのかな?
予土線は当時から既にステンレスカー1両という味気ない路線でした。
おまけにトンネルばかり。
意外とスピードが速くて、窓も開けられない(泣)
おまけにトンネルばかり。
意外とスピードが速くて、窓も開けられない(泣)
松山東映イン 泊。
当時、あの映画の東映が経営するホテルチェーンがありました。
東映イン
今では、東映ホテルと呼ばれるそうです
東映イン
今では、東映ホテルと呼ばれるそうです
ちなみに、最近の私の常宿は東○インは、これではありません(笑)
10月2日
JR四国バスなんごく号の旅!
特急なんごく1号
松山駅7:00発、高知駅10:12着
JR四国バスなんごく号の旅!
特急なんごく1号
松山駅7:00発、高知駅10:12着

松山駅まえから出発です
四国で、松山から高知を結ぶのは、このバスが一番便利みたいでした。
四国山地を縦断する、なんとも楽しい路線バス。
結構重要路線で、毎時1本以上運転されていました。
都市間輸送として、鉄道を補完する役目もあったのでしょうね。
30人くらい客は乗っていましたよ。

私の記憶では、このバス路線と土讃本線を総称して
松山~高知~高松という観光ルートを
V字ラインと呼んでいたような気がします。
まさに「V」でしょ?
高知に着いたら、土佐電気鉄道(土電)の、一番楽しい場所に行って、線路見学♪
鏡橋~朝倉
鏡橋~朝倉


このあたり、単線で、商店街の中で行き違え。
やっぱり、路面電車は単線に限りますねぇ(笑)
やっぱり、路面電車は単線に限りますねぇ(笑)
マリンライナーと新幹線で、御帰宅です。
当時は瀬戸大橋線で窓を開けて見学してもOK
いい時代でした。
これって、出張の帰りなんですけど(笑)
当時は瀬戸大橋線で窓を開けて見学してもOK
いい時代でした。
これって、出張の帰りなんですけど(笑)
ちなみに、JR四国なんごく号は廃止されてしまったみたいです。
あんなに本数があったのに。何でだろう?
乗っておいて、良かった・・・
あんなに本数があったのに。何でだろう?
乗っておいて、良かった・・・
さらに
11月23日
京急大師線と空港線を巡礼。
身近だけど、貴重な美しい線路でした。
(これは別途記事にします)
11月23日
京急大師線と空港線を巡礼。
身近だけど、貴重な美しい線路でした。
(これは別途記事にします)
11月26日
趣味者の集まりで、営団深川工場見学。
趣味者の集まりで、営団深川工場見学。
これにて、
1988年のお話はオシマイ。
1988年のお話はオシマイ。
ちなみに、この年の9月。
渋谷に出来たスポーツクラブに入会。
何故かエアロビクスに凝ってしまいました(笑)
ゴルフ場で腰痛になってしまい、その腰痛防止のために始めたのか、
健康管理のためか、
理由はよく覚えていないのですが・・・?
渋谷に出来たスポーツクラブに入会。
何故かエアロビクスに凝ってしまいました(笑)
ゴルフ場で腰痛になってしまい、その腰痛防止のために始めたのか、
健康管理のためか、
理由はよく覚えていないのですが・・・?
でも、おかげで今でも元気に鉄道の旅を続けられております(笑)