



何でそんなものが書きたくなったのか、すごく疑問ですが(齢のせい?)、線路巡礼の記事とあわせて、どういう過程で日本中の線路を巡礼してきたのかを記録に残します。
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1985年5月5日、上毛電鉄。
東武線をのりついで、浅草駅から赤城駅まで、上毛電鉄を往復。
ついでに小泉線西小泉駅まで遠征。
赤城駅には未だ、貨物取り扱いが残っていました。
(写真1)
6月16日、京成線。
用もないのに、初めて成田空港駅まで行ってきました。今の東成田駅ですね。
警戒厳重、パスポートを持っていないので、駅から外に出られませんでした(泣)。
当時はこの駅から空港まで連絡バスが出ていたはずです。
山万ユーカリが丘線、京成千葉線、新京成、北総開発鉄道を巡礼。
京成千葉線は、京成千葉駅が終点でしたが、その先には立派な複線レールが敷かれていました。
北総線。
当時、北初富駅に連絡線があって、新京成の柏駅から北総線直通電車が走っていました。
今、この立派な連絡用の複線線路はどうなっているのでしょう?
京成高砂駅まで開通後は、直通列車は全く走っていません。
もったいないなぁ。
(写真2)
7月28日、只見線。
只見線に初めて乗りました。
小出11:56→会津若松16:39
この後、今に至るまで何度となくお世話になります。何回乗ったかなぁ。
当時は未だ、ローカル列車は禁煙ではありませんでした。
でも、只見~田子倉間の長いトンネルは、禁煙だったのです。
「この区間でのおタバコはご遠慮ください」というアナウンスを、妙に新鮮に覚えています。
西若松駅の貨物列車が未だ健在です。
(写真3)
この時、会津若松駅がスイッチバック駅だと初めて知りました。
8月6日。
快速なぎさ、立川発千倉行きという珍しい臨時列車に、会社出勤前に乗車。
当時から、こんなことをしていました(笑)
立川5:45→五井7:44
8月18日。秩父鉄道、筑波鉄道。
上野発、熊谷駅経由、三峰口駅行き、という臨時快速みつみね1号に乗車。
三峰口駅の先にのびる怪しい貨物線を、よく覚えています。
この駅の話は、また別の記事にします。
この日、岩瀬駅から土浦駅まで、筑波鉄道に乗りました。
ほんのついでだったのですが、恐るべきことに、筑波鉄道に乗ったのは、これが最初で最後でした。
こんなに近くの路線だったのに・・・。
国鉄末期のどさくさで、それ以降、巡礼するチャンスに恵まれませんでした。
土浦駅の国鉄と共用の筑波鉄道のホーム。
機周り用の線路が、泣かせます。
(写真4)
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ちなみに7月1日。
私は会社の上部団体みたいなところに、2年間の派遣を命じらました。
ここは東京駅のすぐそばにあったのです。
丸の内勤務の始まりです。
でも、何故か当時、東京駅に列車を見に行こうとはしませんでした。
通勤経路が、地下鉄だったからでしょうか?。
今考えると、本当にもったいないことをしました・・・(泣)。
皮肉なことに、既に分割民営化という解体が決まっている国鉄本社のアノ巨大なビルを、毎日見ることになりました(驚)。
それと、忘れもしない5月のゴルフ。
昼食時に飲みすぎて、午後一番で酔っ払った勢いでクラブを振ったせいで?、腰を痛めてしまいました。
長い腰痛生活の始まりです。おバカさん!
でも、これを理由に、早々にゴルフからは足を洗いました。
無駄なお金と時間は使わないで、線路巡礼に専念できる環境が整いました(笑)。