しまなみ街道の沿線自治体は、人も仕事も流出してしまって大変だ、どうするんだ。
先週の朝日新聞にこんな記事が特集されていました。
その中で、今治市長の一言はすごかった。
「都会の繁栄は地方から若者を吸収して成り立っている。だから都会から地方に仕送りするのは当然だ」
地方を維持するためには、地方で公共事業を行うのは当たり前、それを地方交付金という税金でまかなうのも当たり前、もっと工事を発注しろ!という発想ですね。
卑しくも、自治体の長がそういうことを平気で言ってのけるとは・・・、本当にガッカリしました。
少なくとも、日本人は何処に住もうが自由なはずです。
だから、地方の若者は地方から、勝手に、出て行くのです。
地方に残った人は、何で残ったのでしょう。
残りたいから、です。
仕事がないし、行くところがない?
それは可哀想だけど、それが公然と「仕送りは当然だ」と言い放つ理由になるのでしょうか?
住めなくなれば、本来は「廃村」になるだけです。
昔からそこに人が住んでいたからといって、未来永劫そこに住んでもらわねばならない理屈はどこにもありません。
歴史的にみれば、そうやって人の住む場所は変わってきました。
日本中のすべての土地で、仕事と公共サービスが請けられなければならないというオメデタイ考え。
いったい、いつからこんな歪んだ思想が正論としてまかり通るようになったのでしょうか。
私の好きな公共交通も、こういう歪みをもろに被ります。
高速道路がほしい、飛行場がほしい、新幹線がほしい。
かわいそうな地方に仕事を与えるのは、仕送りとして当然だ。
でも、そんなものを作り続ければ、今度は既存の公共交通が破綻していきます。
新幹線を作ってもらえるのなら、在来線は廃止されても構わない。
第3セクターにして、さらに税金の仕送りをもらえば良い。
ますます、歪んでいきます。
考えが矛盾してますけど(笑)、公共交通を趣味とするものとしては、ローカル線の廃止はとってもつらいです。
経済的効率性を考え、鉄道以外でも公共性が維持できるのであれば、仕方ないかもしれません。
でも・・・。
せっかくの税金は公共交通維持には使われず、工事という仕事をばら撒くために使われてしまいます。
旧池北線の廃止なんかは、正直あたりまえと思っています。
でも、新幹線のためにこれ以上在来線が廃止になるのは、何とかならないのでしょうか(泣)。
本当に、「地方への仕送りは当然」なのでしょうか?
地方に住んだことのない私には、分かりません・・・。
日本のスミズミまで、人が住んでいなければならない。
そのためには、人間の数を増やし続けなければならない。
一般に「正論」または「常識」とされている考えが、私には理解できないのですが・・・。